＿＿＿ちゃんへ（カワウソ祭）

こんにちは。こんばんはかな？
初めてお手紙を書くので、どんな風に書き出そうか迷ってしまいます。
＿＿＿ちゃんが、このお手紙を何歳のときに読むか分からないので、
大人の友達に送るのとほとんど同じように書いてみようと思います。

カワウソのこと、お父さんやお母さんに聞きましたか？
全然知らないかもしれませんね。
でも、カワウソは＿＿＿ちゃんを、生まれてすぐの頃から知っています。
そして大人の友達と同じように好きで、同じように尊敬していますから、
こうしてお手紙をしたためているわけです。

もしかしたら、もう何回も周りの人に聞いたり、どこかで習ったりして
ウンザリかもしれませんが、2020年の春の話を少し読んでください。

春はとても気持ちがいい季節です。＿＿＿ちゃんは、春が好きですか？
寒かった冬が終わり、たくさんの花が咲き、緑は柔らかく伸びて
新しい命がどんどん生まれ、虫や動物も起きてくる。
幼稚園や保育園、学校や会社もみんな春に始まっていたので、
新しい場所や新しい友達、仲間に出会ったりもする季節でした。
何度でも毎年必ずやってくるのに、春はいつも特別だったのです。

でも、2020年の春だけは、世界中の人が友達や仲間に会えなくなりました。
同じ家族でも、お爺ちゃんやお婆ちゃんなど、離れて暮らしている家族には
しばらく会いに行くのは止めようということになりました。
世界の色々な国で、誰かに会ったとき、ギュッと相手を抱きしめたり、
頬にキスしたり、手を握り合う挨拶がずっと大事にされていたのに、
それらも全て、しばらく止めようということになりました。

家族以外の人に触ってはいけないし、近寄ってもいけないのですから、
まだ体が弱い赤ちゃんや、小さな子供たちにはなおさら、
どれだけ会いに行きたいと思っても、会うべきではなくなりました。

治す薬がない病気が流行っているのだから、仕方がないことですが
花が咲いたり、緑がキラキラしたり、海に温かな日差しが降り注いでも
友達とおにぎりを持ってピクニックに行けません。
仲間とぎゅうぎゅう集まってご馳走を食べたり、
赤ちゃんの友達を抱っこしたり、小さい友達をくすぐったり、
いつもの春の特別な楽しみがほとんどできなくなりました。

カワウソは大人の友達も、赤ちゃんの友達のことも大好きなので、
楽しい春に、誰とも遊ばないことは、とてもつまらないことでした。
それに、とても大事だと思っていた音楽や芸術の催しもお休みになり、
勉強をする場所も全部閉まって、仕事すらなくなる人もいました。
世界中の人たちも、同じように元気がなかったのかもしれません。
みんなで頑張ったのに、あまりにも沢山の人が病気になり、
ひどいときは死んでしまったのですから、
不安や悲しみで心が弱くなったのかもしれません。
病気のことに関わりのない、ケンカやもめごともたくさん起こりました。

そうすると、だんだん気分がクサクサしてきて、
美味しいものを食べてみても、面白い映画を見たり、本を読んだり、
画面越しに友達と話してみても、
元気がなくなってしまい、悲しい事ばかり考えるようになりました。

この先、春が終わって、夏になっても、
秋が来ても、冬が訪れても、
毎年あった楽しいことはほとんどなくなるか、
小さくみすぼらしいものに変わってしまう気がしました。
そして、そんなことなら、生きていたってつまらない気がしたのです。

でも、なんでこのお手紙を＿＿＿ちゃんに書いたと思いますか？
2020年の春、＿＿＿ちゃんはまだ小さかったけれど、
カワウソはお父さんやお母さんからあなたの写真や動画を送ってもらって、
背が大きくなったり、頬がふくふくとしたり、髪が伸びたり、
あくびをしたり、手や足をぴょんぴょんとするのを見ました。

家族ではないカワウソが、＿＿＿ちゃんの様子を見て喜ぶなんて
変なの、と思うかもしれません。
でもカワウソは本当に、アッハッハと声を上げて笑いたくなるくらい、
＿＿＿ちゃんが大きくなっていくことが嬉しいと思いました。
この先なんにも良いことがないなんてことは、まるっきり間違いで、
今も毎日こんなに面白くて嬉しいことがあるんだなぁと分かりました。

赤ちゃんや子供がちょっと大きくなるのを見るだけで、
こんなに面白くて嬉しいということは、もっと何年も先に、
もっと大きくなったのを見るのは、もっと愉快なことでしょう。

それなら、2020年の毎日がちょっとくらい苦しくて、つまらなくても、
元気を出して、頑張ってカワウソができる仕事をしようかなぁ。
子供の友達が楽しく大人になれるように、
助けてやりたいなぁと思ったのです。

長いお手紙になってしまって、退屈したでしょうか？
読んでくれたなら、ありがとうね。
さっき「なんでこのお手紙を書いたと思いますか？」と聞きましたが、
答えは、＿＿＿ちゃんにお礼を言いたかったからです。
何にもしてないよ～と思うかもしれませんが、
生まれてきて、大きくなっていくところを見せてくれて、ありがとうね。
それで元気をもらえたことを、＿＿＿ちゃんに伝えられたら満足です。

さて、カワウソは、カワウソができる仕事を考えて、考えたのち、
いったん人間に化けて暮らすのを止めて、お山に戻り、
より強力な狐狸系の化け学の復興を研究することにしました。
やっぱり気にくわない人間は一掃しようと思ってね。

だから、＿＿＿ちゃんがカワウソを全然知らなくても、無理はないのです。
もしカワウソに会ってみたくなったら、丑三つ時にお山の祠へ参り、青い松葉と魚の目玉を焚きつけて、鉄などの金気を三度打ち鳴らしてください。
呼んだのが＿＿＿ちゃんと分かれば、いつでも川から上がってきます。
でも危ないので、お父さんかお母さんと一緒に来てくださいね。

それでは、またいつか。

カワウソ祭
https://twitter.com/otter_fes
http://majires.tokyo/profile/
山から降りて里にまぎれ、人に化けて暮らすカワウソ。Twitterをやったり文章を書いたり、酒が好きなので「スナックカワウソ」と題してバーの店番をしたり、後は酒を飲んで楽しく暮らしています。酒うってくんろ。