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【第5回】だいたい250日後ぐらいに腎臓結石で緊急外来に運びこまれる留学生(Poripori2)

四日目

当然であるが語学学校は、語学力に自信がない者が行くところである。然らば、フランスの語学学校に集う者たちはフランスで生きていく為、不足している己のフランス語力を鍛えるという、ただそれだけを目的として来ると普通は思うだろう。しかし、フランスの大きい語学学校(大学付属の学校は除く)の多くが、数か月の滞在ぐらいでは生活に飽きることは絶対ないような有名な観光地にそれぞれ作られていることを考えてみれば、これらの存在意義に関して、なんとなく察しが付きそうなものである。私が通った語学学校は、(もちろん安くはない登録料を支払っている)留学生たちがその街での生活を最大限楽しむことが出来るよう、色々と配慮を巡らせていた。夜は映画の上映会があるかと思えば、バーに連れていかれたりもすれば、ダンスパーティーが催されるなど、留学生同士上手くやってください、ひと夏の思い出でも作ってください的な要らぬお節介が盛りだくさんであった。それはある種、「放蕩してください」と言われているようなものでもある。そして人によって程度の差はあるにせよ、「せっかく、こんないいところまで来たのだから……」と、羽目を外すことを許容する空気が全体に流れていた。毎日の宿題をいつやっていたのかは全く思い出せないが、授業についていけなかったという記憶もないので、まぁなんとかうまくやっていたのだろうと思う。
ヴィシーで出会った学生は、少なくとも皆、来た当初こそストイックに語学に励む姿勢を見せてはいたが、この空気に影響され、徐々に「どうすれば残りの期間を最大限楽しめるか」や「自国に帰るまでに、誰と仲良くなっておきたいか」といった快楽主義的な問題に対する興味を隠しきれなくなり、1か月を過ぎるころには、仲間内の会話のほとんどが誰と誰が付き合っているとか、関係を持ったとかそんな噂話になってしまっていることに気が付いた。恐るべきことに、私を含む大部分は、当事者たちを陰で冷かしてはいるが、実際には燻っていて野次馬のように群がっているだけであり、一部の特別不埒なやつらが成功を独占している状態を苦々しくも受け入れていたということである。
私はその中で最も不埒な男(不埒なのでFとしておこうか)と比較的仲が良かった。噂によれば、彼が関係を持った相手は無数にいるらしい。ある日、そんな彼が二人でジョギングにでも行こうと私を誘ったので一緒に行ってみることにした。私は、彼がどれだけ不埒なのかを例の噂話コミュニティーで知っていたので、その自慢話でもされるのかなと思っていたのだが、彼の口からは予想外にも「自身は幸福ではないこと」「理性と欲望のバランスが測れないこと」「本当は、そういった関係を持たず普通に過ごしたいと思っていること」「意思に反して、そう出来ないこと」などを打ち明けられ、何か「哲学的な観点からのアドバイス」はないかと問われた。私がどう答えたかは既に記憶にはないが、彼がその答えに非常に満足してくれたことだけは覚えている。
Fは、この出来事のすぐ後に、学校との間にまだしばらく残っている受講契約を打ち切って、ヴィザが切れるまでの数か月の間、パリで宿を持たず生活してみたいと言ってヴィシーを去ってしまった。私は、彼が去ってしまうその日、急に悲しくなってしまい、担任の先生に「耐えられないほど悲しい出来事が起こってしまったのでお休みさせていただきます。」とだけ、告げて授業を抜けて家に帰ってしまった。
続く

プロフィール
Poripori2
 中学受験で入ったスパルタ校の洗礼をうけ精神を病んだことから、10代のほとんどを引きこもりとして過ごす。その後、何を思ったか24歳で渡仏し、念願の大学生となるが、選んだ学科が運悪く哲学だったために、一銭も儲からない生活を送っている。31歳の今は博士課程に在籍。最近一児の父になった。名前に意味はない。

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