【ショートショート】アパレルショップ
トオルは、ごついトレンチコートを眺めていた。涎が流れそうな顔付きだ。
「いいでしょ」
アパレルショップの店員が声をかけてきた。
「かっこいいなあ」
「着てみなよ」
「いいんですか」
試着室でトレンチコートを着ると、急に寒さが押し寄せてきた。
目の高さに土塁が積まれている。
ひらひら舞っているのは雪だ。
どん、どんと腹に応える音響や絶叫が聞こえる。
トオルはあわててトレンチコートを脱いだ。
あたりはもとの試着室に戻った。
「なにがどうなっているんですか」
「タイムトラベルだよ。このトレンチコートを着ると、第一次世界大戦の戦場にいけるんだ。敵と闘うなら、タダで進呈するよ」
トオルはブルブルと首を振った。
「すぐ殺されちゃいます」
「じゃ、これもあげる」
ライフル銃が出てきた。
「腰にはこれを下げるんだよ」
手榴弾だ。
トオルの目が光る。
「戦場中継って一度やってみたかったんすよ」
トオルはYouTuberだ。戦場に戻り、スマホで撮影を始めた。
怖そうな軍曹がトオルの腰を指差している。
トオルは手榴弾を引き抜いたが、うまく投げることができなかった。土塁が吹っ飛ぶ。
敵が塹壕に雪崩れ込んできた。トオルはあわててトレンチコートを脱いで逃げた。
トレンチコートがと敵兵の目をふさぐ。敵兵がばさっとコートを払うと、後ろの兵隊にからまり、また払うと……
「わー」
次から次へと敵兵がかあらわれ、ショップは戦場になった。
(了)
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