【ショートショート】ふたりの私
「表へ出ろ」
と酒場で相手が叫んだ。
「おーい」
私は後ろを振り向いた。
「へーい」
店の真ん入口から声が返ってきた。タバコをもった私が近づいてくる。
「こちらの方が御用のようだ。お話を伺ってきな」
相手は目を白黒させている。同じやつがふたりいるのだ、驚いて当然か。
もうひとりの私が相手の胸ぐらを掴み返した。
「話を聞こうじゃねえか」
「お、おまえじゃあねえ。その隣のやつだ」
「こいつはオレの代理でな。オレと話をしたけりゃ、こいつを倒してきな」
もうひとりの私は酔っぱらいを連れて、酒場の外に出ていった。しばらくして財布だけ持って帰ってきた。
「たいして持っちゃいません」
「そうだろうな。人の話に横入りしてきやがった。うるせえっての」
私たちは精算をすませ、店を出た。
追跡者はいないようだ。
もうひとりの私は、父の遺産だ。父が私の誕生記念に発明してくれた成長するロボット。
まるで兄弟みたいに育ってきたから、離れる気はさらさらないのだが、税務署は膨大な相続税を要求してきた。「私」には数兆円の価値があるそうだ。人間の私は無一文だけどな。ははは。
というわけで、私はもうひとりの私を連れて街から街へと逃げ回っている。
数兆円もするようなすごいロボットなら、もっと洒落た手段で事態を回避しそうなものだが、なにしろ私そっくりに成長したから大した能力もなければ、危機感もない。おまけに短気である。
「さあて今夜のねぐらでも探すか」
「行きましょう」
たぶん潜在能力の一億分の一の能力も使っていないロボットは、現金だけ抜き出し、財布をぽいと捨てた。
(了)
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