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【ショートショート】即興のはじまり

 本屋に立ち読みに行くと、雑誌に新しいコーナーができていた。「即興」である。かなりの数の雑誌が並んでいる。
 「即興生活」「即興人」「即興散歩」「即興文芸」「即興英語」「即興奥様」「即興建築」。
「ははあ、なんでもあるな」
 即興でやっちゃまずいものも混じっている気がしたが、まあいい。私は「即興生活」を買い求めた。
 そしてすぐに影響を受けた。
 まず本の読み方を改めた。これまで一冊一冊順番に読んできたが、十冊ほど買いため、気の向くままに手に取る。混乱するかと思ったが意外にそれはないようだ。
 しなければならないことをするからしたいことをするに生活態度を改めると、ストレスが減った。
 気分が明るくなり、女性と付き合いたいという気にもなってきた。「即興恋愛」というマッチングアプリを使うと、すぐに相手が見つかった。
 新宿の即興広場(旧西口広場)で「即興人生」5月号を持っている女性を探した。即興交番の前にいるっていってたな。ああ、いたいた。
 私たちは即興的に付き合うことを決めた。
 即興のコツはテーマを決めることである。なんでもデタラメにやったら収拾がつかなくなる。
 私の即興生活はにわかなので、はっきりとテーマが定まっていなかった。その点、彼女は筋金入りである。強力な推しがいた。私もその推しを見ているうちに、彼のたしかな演技力に惹かれていった。
 推しもまた即興の人であるらしく、気ままにコンサートを開いたり、YouTubeを始めたり、ドラマに出たりした。追いかけるほうは大変だ。
 推しが芝居に出ることになった。二日ほど観てびっくりした。セリフも内容もすべて即興だったのである。舞台に出ている人も主演格の三人を除くと、毎日違っていた。
「私も出る」
「おいおい、大丈夫かい」
「これでも高校では演劇部だったの」
 彼女は舞台に駆け上がっていった。自由だなあ。
 私は推しに捧げる詩を書き散らした。千秋楽までには簡易製本して冊子にまとめ、物販テーブルに並べてもらった。
 けっこう売れたから驚きである。
 これが私の即興詩人への出発点となった。

(了)

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