【ショートショート】富士山伝
金持ちはなにを考えるか、わからない。
ニセコの高層マンションに住み始めた大富豪は、
「北海道に富士山を作ってみたいな」
と呟いた。
「ふつうの富士山じゃ元祖に負ける。どうしようかな。お菓子で作ろうか」
取り巻きの一人が、
「四〇度の気温でも溶けないチョコレートがありますよ」
と言った。
「それだ!」
富士山といえば、南北三十七キロ、東西三十九キロの長大な楕円形だ。面積は約千二百キロメートル。土地の買い上げだけでも大変な作業である。
必要なチョコレートの体積は千四百立方メートルに及ぶ。北海道で一気にチョコレート産業が過熱した。
トラックの行列ができて、毎日、工場から原野までチョコレートをピストン輸送する。
一年もすると、だんだん黒い山の偉容がマンションの窓から見えて来た。
「わたしの山だ」
と大富豪は満足げにうなずいた。
完成した北海道富士に初登山したのは、もちろん、大富豪自身だ。
「息が切れるな」
と言いつつ、頂上に立ち、北海道を見渡した。
それから一般人にも開放した。
まるで蜜を求める蟻のように長蛇の列ができた。山を登るひとびとは、ちょこちょこと回りの岩石ならぬチョコレートに手を出して口に含んだ。
「甘ーい」
「おいしーい」
子供たちは大喜びだ。
富士山チョコはブランドとなり、海外にも広く輸出された。いつの間にか、大富豪のもとには莫大な売上げが戻ってきた。
「金ってなぜか減らないなあ」
大富豪はため息をついたそうである。
(了)
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