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【罠の戦争】第三話感想文「犬飼大臣編完結。運転手牛尾の我慢」

ふたりのキーマン

 一話ごとにキーマンが登場する。今回はふたり。矢柴俊博演じる犬飼専任運転手の牛尾と、玉城裕規が演じる息子の俊介である。
 犬飼俊介は政治家二世でまったくいいところがない。ただただゲスで人格が破綻している。他人を踏みつけることをなんとも思っていない根拠なき「特別な人」である。未熟な若者の「悪」を隙なく演じきった玉城裕規は見事だった。
 牛尾は立場的には亨と同じ、虐げられる側の人間である。今回は主な登場シーンが四箇所ある。
 秘書室に事務員の小鹿が駆け込んできて「大変だ。大臣のクルマ、大変なことになっているよ」と告げる。駐車場に急行する亨。
「今日は俊介さんが悪い」
 とぽつりともらす牛尾。子どもの話になる。
 次のシーンで、亨と牛尾は定食屋で食事をともにしている。牛尾の息子は受験を頑張り、薬学部に入学したのだ。息子のことを語る牛尾はうれしそうである。うまく俊介の話題に誘導した亨は、まだ示談が成立していない被害者を知らないか聞くが、牛尾はうすく笑うのみ。電話にメッセージが入り、席をたつ。
 三つ目は噂を聞きつた亨が駐車場にあらわれるシーン。
「牛尾さん、大臣、総理となにかありました?」
「親子喧嘩、場所が悪かったです」
 俊介が幸介に百万円をねだったのだろう。大臣が激昂したところにクルマのクラクション。外に出てこぶしを振り上げると、それは総理大臣のクルマだった。
 亨と牛尾は駐車場の壁際で立ち話を始める。すこし口が軽くなっている牛尾。確実に距離が縮まっている。
 四つ目は、議員会館の地下駐車場だ。牛尾がクルマを拭いているとクラクションの音。ここで俊介が登場する。
「おれのクルマ、洗っておいて」
 と言って鍵を投げつける。受けとめ損ねた牛尾に向かい、
「トロいなあ。なにやってんだよ」
 と罵声を浴びせて去る。牛尾は屈辱に耐え床に転がる鍵を拾う。俊介の日常を描くシーンの白眉であろう。
「大臣は金も力もあるけど、子育てに関してはぼくらに完敗ですね」
 と言いながら亨があらわれ、今日は寒いからと缶コーヒーを手渡す。
 ついに牛尾は口を開く。犯人は俊介ではない。事故の翌朝はやくに大臣がホテルに呼び出され、やっかいな頼み事をされたというのだ。渋谷のプライホテルとその名前を明かしたところで、犬飼大臣があらわれ、なにを話していたんだと聞く。
 脅され、結局、亨が息子のことを嗅ぎ回っていることを白状してしまい、そのことを亨にメッセージする牛尾。震える手でスマホの待ち受け画面を見つめる。息子の入学式の写真である。
 地味に、自分を消して、地を這いながら生きてきた人の顔。事件がなければ、鷲津も牛尾のような顔になったのではないだたろうかと思わせる名シーンだった。

お手本のような急展開

 今回の一番の見所は、ラスト前の中華料理屋宴会場の会合シーンではないか。総理が決断を下し、一挙に政局が動く。総選挙が近い。幹事長の腹心一同が集う場所に犬飼が亨を連れて入っていく。
 約五分ほどのシーンであるが、怒濤のごとく話が動く。ドラマにおいて「急展開」というのはあって当たり前のようなものだが、このエピソードは話の方向性が変わるとか、テンポアップするとかというレベルではなかった。
 犬飼は政策秘書となった鷲津を紹介し、いきなり掌を返す。「長い間、世話になっておいて、こいつは恩を仇で返すそういう人間なんですよ。なあ、鷲津」と呼びかけ、「そんなに気に入らなかったか。オレの頼み事が。ならもういらねえ。クビだ。永田町から出ていけ」と突き放す。鷲津は沈黙を押し通す。肯定も否定もしない。シャンパンを頭から注ぎ続ける嗜虐的な犬飼。
「犬飼君は野蛮だねぇ」と幹事長が声をかける。「鷲津君。ここはひとつ頭を下げてやりなさい。今なら私が間に入る。代議士の顔を立ててやれ。それで全部水に流そう。なあ」
 これも意外な展開である。まさか政界の頂上にいる幹事長がたかが一介の秘書ごときに温情を示すとは。だが、亨はまだ黙っている。友人の鷹野が声をかけても動かない。長い沈黙の末に「キャンプに行ったとき、ゴミを捨てるやつがいたんですよ。ゴミ、持ち帰ったほうがいいんじゃないですかって」と口を開く。「よく言うよ。大臣のために、間違ったことも見て見ぬふり。なんなら自分も手を汚してきたくせに」。
 それから弱い者にも大事なものはあると切々と説く。黙って聴き入る政治家たち。結局、鷲津は鶴巻幹事長に対して許しを請わない。
 そこへ犬飼の秘書である貝沼が駆け込んでくる。二年前の増収事件で地元事務所に査察が入ったという情報だ。同時に自宅では、息子の俊介が逮捕されている。
 犬飼大臣は心臓を押さえて倒れる。心筋梗塞だ。ストレッチャーで運ばれながら大臣はいう。
「知りたいか、突き落とした犯人。オレも知らないんだよ、バーカ」
 犬飼孝介は最後まで愛嬌のあるバカであった。本田博太郎の名演である。

なぜ犬飼大臣は爆発したのか

 勢いに乗せられて観終わってから、それにしてもと思う。
 鷲津亨が息子の事件を探っていることは虻川も積極的に耳に入れていたし、犬飼にとっても既知の事実であったはずだ。なぜこのタイミングで、これほどまでに憎しみをぶつけて暴露したのか。ストーリーの流れでみると、犬飼が鷲津に面子を潰されたからとみえるのだが、それだけでは全体会合の中でわざわざ鷲津の秘書生命を絶つという行動には出なかった気がする。
 犬飼は犯人を知らなくても、自分の抱えている秘密が制御不能なほどの大きな爆弾であることに気づいており、それを暴こうとする鷲津を本格的に潰すしかないと判断したのだろう。そのきっかけとなったのが、牛尾の告白だ。
 鷲津の不服従に気づいたのではなく、その危険度を察知したというのが、今回のクライマックスの意味するところなのではないか。

可南子の秘密

 毎回、次回以降に続く秘密めいた光景がインサートされる。まるで挑戦状のような伏線である。
 今回は可南子の過去だ。回想シーンで、夜のビルの屋上が登場する。裸足の若い女が屋上の端に立ち「さよなら、可南子」。飛び降りるシーンはないが、たぶん死んだ。想像なのか、現実なのか、その光景を可南子は見ている。彼女は昔、女性のためのNPOに勤めていた。
 鴨居大臣の部屋には「NPO法人ウィメンズサポートハウス」の写真が飾られている。DVや犯罪被害にあった女性を支援する団体だ。それを見て鷲津は結婚前の妻もそのようなNPOに勤めていたと告白する。事件が解決したら、妻はまたそのような組織で働きたいと考えているとも。
 すごく気になる引きである。

復讐劇はミステリーなのか

 ところで、戦争シリーズは復讐劇である。
 復讐劇には、原点となる事件があり、犯人が存在し、回を追うごとに情報が増えていって、やがて真相が明らかとなる。警察や探偵が出てこないだけで、これはミステリーの構造である。
 とすれば、お約束として、意外な犯人はかなり初期のうちに登場しているはずだ。このドラマでいえば、第一回の犬飼大臣襲名披露パーティの中にその姿があるのではないか。
 主な人物を思い出してみる。犬飼大臣。鴨居大臣。鷹野議員。鶴巻幹事長。総理大臣。蛯沢。蛍原。貝沼。政治家はみんな怪しそうである。
 鷹野議員の提案により、鷲津亨は千葉十五区で立候補することになった。鷹野の動機はわからない。鷹野は幹事長をこう説得している。
「いまのあいつは、爆弾です。息子の事件の犯人を見つけるためなら、他の議員のあら探しもやる。表に出ては困ることもつつき回すでしょう。どこに転がるかわからない爆弾よりは、幹事長の掌で転がしておくほうが安全なのでは」
 幹事長をだまくらかしているのか本音なのか。ほかに自らの利益はあるのか。第三回では、亨のマンションをはじめて訪れ、可南子もまじえて楽しげに酒を飲んでいたが、そうとう複雑な性格であることは確かである。
 ラスボスの雰囲気を湛えた弦巻幹事長といい、鷹野議員といい、脚本の後藤法子は人物描写がうまい。

鷲津亨の沈黙

 草彅剛はどのように鷲津亨という人物を演じているのかということを毎回考えながら観ているのだけど、なかなか言葉にできない。
 三回通してみて感心したのは沈黙の表情である。
 鷲津亨は「うん」「うーむ」「まあ」「あの」などといった間投詞をいっさい口にしない。それがちょっと人間離れした感触を醸し出している。
 かつて蛯沢が鷲津のことを評して「鷲津さん、ときどき急に表情が変わりますよね。優しい人なのか怖い人なのか」と言っていたが、その不可解さをあらわすのに沈黙はいい手段である。
 険しい表情で鷲津は、弱い立場である自分の心を奮い立たせているのか、高速なコンピュータのように計算しているのか、一時的に感情を喪失しているのか、なにをしているのかわからない。
 草彅剛はあの沈黙になにかの感情を与えているはずである。
 なんだろうなあ。
 「我慢」かしら。
 また繰り返してしまうけれども、運転手の牛尾も我慢の人である。我慢の人ふたりが壁際に背を押しつけて話をし、ついに心を開くのはいいシーンであったなあ。今回はこれに尽きる。

(了)

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