「嘘の戦争」第九話感想「鷲津亨の栄光と影」
罠の応酬
鴨居大臣の告白で窮地に立たされるものの、鶴巻幹事長はまだ無力ではない。
亨との罠の応酬が始まる。これが第九話の軸である。
「罠の戦争」にはいろいろな罠のパターンが詰まっていて面白いのだけど、今回は「罠返し」の展開だ。
鶴巻幹事長としては、転落事件を転落事故として隠蔽した件をどうにか隠し通したい。そのため、署長の首を辰吉から羊山にすげ替える。かかわった人員の口を封じる作戦だ。
亨はそこに勝機を見出し、鷹野議員の協力を得て辰吉の隠れ場所(夫人の実家)を突き止め、熊谷記者とともに自白を迫る。あっさり落ちる辰吉。亨はたいしたことをしていない。裏切られた人間の悔しさを増幅しただけだ。
週刊誌を通じて自らの関与が報じられ、幹事長は記者会見に追い込まれる。よけいなことしなけりゃよかったのに。
幹事長は「秘書がやった」で逃げ切ろうとする。しかし、求心力は急速に低下し、竜崎総理に「幹事長辞任」を提案される。記者たちにそのことをリークする亨。記者たちは地下に走り、駐車場で幹事長を取り囲む。
「だまれ」
と叫んで崩れ落ちる幹事長。
どこまで計算していたのかはわからないが、もっとも効果的な形で亨の罠が炸裂したのだ。
一度目のリーク(辰吉の告白)は亨が自ら仕組んだものだが、二度目のリーク(総理の示唆)は状況を利用した即興の罠で、亨の頭脳が冴えきっていることを示す。
亨の闇堕ちの表現
冴えきっているといえば、脚本であろう。
亨の闇堕ちを象徴的なふたつの事象で描いた。
幹事長が「秘書がやった」と弁明した二十分後には、亨が週刊誌に出た自らの不正(不正会計)の件で政策秘書の貝沼を部屋の中に呼ぶ。無表情になって出てくる貝沼。処理しきれないときは責任をとらされると告げられたらしい。
また、内閣総理大臣補佐官に任命された亨は、いじめ被害者の朱雀をバックアップして民間団体を立ち上げようと画策するが、その朱雀から頼まれ、パワハラ疑惑のもみ消しを図る。相手は熊谷記者である。しかも、熊谷記者に頼む前に編集長に根回ししていた。
秘書、記事潰し、すべて幹事長の猿真似である。
亨の逆転劇を描くと同時に、闇堕ちを表現している。巨悪を潰したのではない。巨悪を引き継いだのだ。
鷲津亨の影
鷲津亨の影は、選挙違反や事務所の経費計上ミス、パワハラ記事のもみ消しなどではない。それらも影だが、ほんとの「影」は幹事長が倒れたニュースを自宅でテレビを観ているときの虚無的な笑顔だ。
そこに「弱い者の立場で権力と闘う」と公言してきた亨の姿はない。
内側からなにか気持ちの悪いものがぞろっと出てきた。
いいねえ、草彅剛だねえ。
言葉にしてしまえば「不気味な笑顔」だが、そういう言葉ではくくれない、ふつふつと身のうちから沸いてくるもの。勝つ快感、対立者を滅する蜜の味。誰よりも身近にいる可南子でさえ「今までに見たことのない怖い顔」と口にするような他者を拒絶する顔。
このとき亨はそばにいる可南子とも分かち合えない秘密を抱えた。
伏線?
第九話の冒頭近くで、事務員の小鹿さんが秘書室に入ってくる。
タブレットが開けないので助けに来たのだ。
パスワードを探して鷲津の机の中を探す。
「あったあった」
これだけのエピソード。なんとなく挿入されるはずがないので、なにかの伏線になっているはず。
一連の作業を見守っているのは蛯沢である。
蛯沢の質問
みるみるうちに元気になっていく泰生は病室で週刊誌を見ている。
「幹事長が隠蔽を指示!? 歩道橋転落事件に急展開 政界の闇に恐れず立ち向かう新人議員鷲津亨 真実を追い続けた夫婦の軌跡」という記事だ。
「なに見ているの」
という可南子に、明るい笑顔を見せる。
「ぜんぶ終わるし、復讐的なこと。おれが退院できたらもうハッピーエンド」
亨の回りの全員がそう思っている。
蛯沢が亨の部屋に入ってきて聞く。
「ようやく表にできましたね。鷲津さんはこの先どうしたいですか。(自分が亨にこの先どうするかを聞かれたときの回想シーン)幹事長が失脚したら、鷲津さんもなくなりますよね、議員になった一番の理由」
蛯沢は大団円ですねと言っているのだ。
それに対して、亨は、
「でも、オレと同じような思いをしている人はたくさんいる。弱い側の立場で、オレの議員としての力を使いたい」
と答える。
この言葉にどのくらいの真実が含まれているかわからない。そこに自己欺瞞があるかどうか、当の亨にさえ把握できていないところが、政治家の複雑怪奇なところだ。
逆転する立場
引退した鶴巻は影響力を残し、幹事長室にいる。
入室してきた亨に向かって、
「どう、狙われる側に回った気分は」
と聞く。
ドアを開いて虻川も入ってきた。私設秘書として雇われたのだ。事務所の不正会計を週刊誌にリークしたのは虻川だった。
幹事長は怪文書を取り出す。
幹事長も虻川も、怪文書とは無関係だという。亨の追い落としを計る第三者が存在するのだ。
鶴巻と亨。立場は逆転したはずなのに、亨は安定しない。
不穏な空気に包まれ、話は第十話に続く。
(了)
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