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【ショートショート】夜中の声

 玄関先に置いてある黒電話。
 ぼくはずっとインテリアだと思っていた。
 ある夜、トイレに起きて来たら、じりりん、じりりんと電話が鳴り出した。
 心臓が止まるかと思った。
 だって、固定電話は廃止されたって言ってたじゃん。
 じりりん、じりりん。
 電話の音ってどうしてこんなに脅迫的なんだろう。
 ぼくはとうとう受話器を取りあげて、
「もしもし」
 と言ってしまった。
「田中さん?」
 と女性のかすれた声が聞こえた。
「はい。田中です」
「ああ、ほんとに田中さんなんだ」
 ぼくは黙った。
「私、昔のハローページを見て、電話してみるのが趣味なんだ。たいていつながらないんだけど」
「ハローページってなんですか」
「個人の電話番号が載っている太い電話帳だよ」
「そんなのプライバシー侵害じゃないですか」
「昔は、そういうことはあまり気にしなかったみたい」
 ぼくはただの暇つぶしに付き合わされているのだろうか。
「お父さんはいないの」
「父はもう眠っています」
「そう。君ももう寝なくちゃね」
 電話はとつぜん切れた。
 その後、ぼくは二度と黒電話に出なかった。何度か、父の話し声が聞こえてきた記憶はある。
 やがて父が再婚した。
 新しい母の声はかすれていた。

(了)

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