見出し画像

【ショートショート】今日は何の日

 親子連れがうちの前を通りかかった。
 まだ小学校中学年くらいの男の子が、玄関前の旗を指さして、
「ねえ、あれなに」
 とお母さんに聞く。
「あれは旗よ」
「旗は知ってるよ!」
 と子どもは叫ぶ。
「なんのマークなの」
「卍はお寺のマークだけどねえ」
 とお母さんは言いよどむ。
 わかるわかる。あきらかにお寺の意味じゃないからね。
 今日は四月二十日。アドルフ・ヒトラーの誕生日である。
 なぜこんなぶっそうな旗を飾っているかというと、それはうちの家業と関係がある。
 父は旗作りの職人で、仕事をやめたいまでは趣味で旗を作り続けている。
 最近のひとは知らないかもしれないが、祝日のことを旗日と呼ぶ。旗をたてるからである。
 父親が次から次へとへんな旗を作るものだから、うちは年中玄関前に旗を飾り続けているのだ。べつにナチス万歳と思っているわけではない。
 近所のひとがうちのことを陰でこっそり「今日は何の日」と呼んでいることも知っている。
 さきほど父の部屋をちらっと覗いたら、大きなミシンでクレヨンしんちゃんの旗を作っていた。
 私は首を傾げ、スマホで「四月二十一日」を検索してみた。
 作者の臼井儀人の誕生日であった。
 私はため息をついた。
「たまには休みなよ」
「いいや、おれの目の黒いうちは旗日をやめない」
 父親は断言した。
 すでに旗日の定義から外れてしまっているが、指摘することはできなかった。父親の唯一の楽しみを奪うことはできない。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。