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【ショートショート】黄金色のコロッケ

 彼女は郵便受けから封書を取り出し、部屋のドアを開けた。
 封書をテーブルのうえに放り出し、冷蔵庫から水を取り出して飲む。
「ふーっ」
 ベッドに腰かけてため息をついた。
 彼女は医療事務の仕事をしているが、手取りはわずか十四万円。ワーキングプアだ。
 部屋代を支払い、税金と公共料金を支払うといくらも残らない。
 社会保険料は先月から値上げされ、公共料金の値上げももうすぐだと聞いている。
 彼女の生活はここ二十年近くずっと圧迫され続けてきた。外食を止め、ペットボトルを止め、間食を止め、弁当の購入を止め、惣菜を止め、化粧品を止めた。テレビは壊れたまま放置してある。スマホも売り払った。
 彼女は、区役所からの封書を破いて中身を取り出した。
 安楽死法案改定のお知らせである。後期高齢者に限定されて始まった安楽死だが、やがて前期高齢者も対象に入り、そもそも国が制限を加えること自体がおかしいのではないかと議論が続いていたのだ。
 とうとうすべての制限が撤廃されたと書かれている。
 彼女は四十歳という自分の年齢と月収を考えた。未来に期待できるものはあるだろうか。
 場所を見た。
「区役所の地下室か」
 彼女はくす、と笑った。いかにもそれらしい。
 気がつくと、カギをかけて、外に出ていた。区役所までは歩いて三十分ほど。商店街をなかほどまでいくと、すごくいい匂いが鼻を突いた。
 肉屋の店頭でご主人がコロッケを揚げている。
「ひとつください」
 彼女は小銭入れから七十円を支払った。
 さくっ。
「おいしい」
 思わず声がもれた。
 世界が色づいた。

(了)

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