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【 ひ ら ひ ら  桜色】

 ひらひらと、泣くように落ちていく花弁がやけに悲しく見えた。返り血に染まりながら落ちていく花弁がやけに哀れだった。

 フゥ、と目を閉じても、何度も何度も落ちてくる花弁はまるで、慰めているよう。泣いてもいい、と言い聞かせる母親のよう。だから、嫌なんだ。桜は。何時もそんな気分にさせるから。何時も涙したい気分になるから。



  ザックリ、と肩を切り裂かれて倒れていく者達はただただ、地面に横たわるとそこからピクリとも動かなくなった。視界のはすれで、綺麗な色のリヴリーが紅色に染まったのを見つめる。次の瞬間、そのリヴリーに向かってサッ、と緑の鎌が突き出された。あっさりとそれを飲み込んだ体は、誰よりも朱に染まって、堕ちて行った。

 プリケリマの目の前を、緑の鎌が横切っていった。自分の首筋が痛む。なるべく早く手を当てると、ドロドロと紅い液体が手にもこびり付いた。顔をしかめる間もなく、第二撃。スラリとした体からは、予想もつかせない早い動き。風に揺れるツインテール。大人びた、やんわりとした笑顔。大人。というのがまさに彼女にぴったりだ。マダム。といわれるほどもある。

 大して驚く様子も無く、慣れた手つきで啓蘭は黒く長いコートを風邪に靡かせながらも、スラリとした銀光りする小型のナイフをマダムに投げつけた。投げつけられた本人は笑いながら身を翻すものの、一時的に無防備になる。――それを見逃さなかった。

「/storm ローズウッド」

 淡々とした啓蘭の声が遠くで、近くで聞こえた。サワサワと踊るような風が一言で舞い上がり、ホッソリとした華奢なマダムの体を中に浮かび上がらせた。刹那――轟音。叫び声は聞こえずに、ただ逝ってしまった者達の返り血が雨のように降り注いだ。
 鉄臭い液体が雨のように降り注いで、自分のコートを濡らしていくのを他人事のように見つめてから、思い出したように啓蘭は首筋を押さえて紅い雨でびしょぬれのパートナーに手を差し伸べて、ニッコリ笑った。

「大丈夫ですか?」

 あぁ、と虚返事が返ってきたので、ほっと一息をつくと、先ほどから見ていた、それを見上げた。

             満開の   桜

 返り血によって本来の姿より、紅色だが満開で、綺麗だ。噂は本当だったらしい。ぬらぬらと光っているものの、それ本来の美しさは失っていない。ほう、と生き残った誰かが感歎の溜め息をついた。

「…フフッ、綺麗ですね。」

「…そう、ね。」

 啓蘭はプリケリマの首筋に応急処置を施しながら呟いた。プリケリマは応急処置を行われたまま、目線だけで啓蘭の姿を盗み見た。チャラリ、と揺れる右耳のピアス。長いコートの下に潜む、小型ナイフ。白のハイネックに白のズボン。群青色の瞳。水色の髪…確認するように見ると、プリケリマは聞こえるか聞こえないかの声で、呟いた。

「今度来るときは、桜を見るために、ね。」

 任務じゃなくてね、と呟くパートナーを見て啓蘭は、フフッ、と 笑 っ た 。

 ひらひら堕ちていく。こういう気分にさせるから、嫌なんだ。桜は。
 また、【誰か】と見たいって思うから嫌なんだ。返り血に染まってでも見たいって思うから     嫌。

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