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【Gradation】

空さえも、ほら

 紅よりも色濃く、蒼よりも儚げな色合いに染まる


 暗い、光の差さない場所を縫う様にして歩いていた。僅かだが、木の合間合間から零れる薄い日差しが、影を照らす。
ダラリ、垂らした片手の中で、大身槍の重さだけがリアルに感じる。
薄暗い森の中で、上質なスーツを纏った姿は影法師の様にひっそりと立ち竦みながらも、優美な絵姿にはなっている。
 肌や服に染み付いた血痕が、風貌の恐ろしさと美しさの紙一重を醸し出していた。ストレッチ具合に伸ばした左腕は、既に黒の色が薄れる程に赤が染み込んでいて、しっとりと命の重さを訴えていた。

 慈悲など、捨てたも同然。何時も浮かべている笑みが段々と凍り付いて行ってから、どれ位たったんだろう。表情を殺した状態で、空色の髪が淡く吹く風に絡められて、暗い世界に色を灯す様にサラサラ、音をたてて、

 また、赤に染まった。
自分の右方向から飛んで来た凶器を、素早くステップを踏んで飛び退き回避する。
避けると同時に、高貴な薄紫の視線が凶器と重なり合わせた。深緑の、金属的な輝きを放っている大鎌が目の前で振り回される。
 く、と喉を鳴らす様にして笑った瞬間、その鎌が標的を捕らえ、地面を削るが如く、轟音をたてて迫って来た。咄嗟の判断で、足に力を込めて地面を蹴り上げる。

 灰色の宙を、空色が舞う。思った以上に高く跳んだ成果で、今まで自分が立っていた場所に大鎌が音を立てて減り込んだ。普通ならば背筋がヒヤリとするのが道理。
なのに、何故だか今は好奇心にも似た気持ちだけが自分を支配する。自分であって、自分じゃないみたいな感覚に、溺れるのもまた面白いのかも知れない。

 体重移動を忘れない様に、と空中で体を捻って、敵の目に届かない闇に紛れた茂みに着地した。着地と同時に、素早い動きで聖槍の柄の部分で敵の足を払い除ける。
 突然の出来事、嫌な音を立てて崩れた足。脳に痛みが回る前に、驚きの悲鳴を上げて見事にバランスを崩した優美な巨体に、薄ら笑いを浮かべて煌びやかな輝きを見せる刃の部分を、容赦なく突き刺した。

 また、赤に染まる。

 頬に飛び散った血痕をうざったそうに払い除け終わると、終わると随分退屈な物だと目の前でピクリとも動かない姿を見下ろす。
淡い深緑の姿は、武器である鎌を投げ出して、二度と動かない証拠に、重々しく閉じられた瞼の下の瞳には、輝きが灯っていない。
 命が尽きた、それだけの事なのにどうして、どうしてこんなに心が掻き乱されるのだろう。好奇心と言うより、狂気の様な感情に、戸惑う事は無かった。

「…次は、何を葬って差し上げましょうか。」

 ボソリ、と呟いた言葉に、返答はいらない。
この苛々をどうにかしたい。この行為で、それが消し去られるとしたら、それでも良かった。ニヒルに、嘲笑を口元に刻んだフェイアントは、不意に目を見開いた。

 無感情に吐き捨てた言葉に、突如背後から当たり前の様な答えが返答されたからだ。しかもそれが、良く知っている知人の声だったのだ。

「…次は何が来るんだろー、ね?」

 からかう様な口調でも、その独特な話し方に思わず体重移動させて、視線を背後に向ける。薄紫の視線と、濃紫の瞳が、音も無く絡み合った。
父親の様な温和な表情を、必死で浮かべようとして、少々狂気の混じった温かみのある視線を娘に送ると、フェイアントは、「リーさん。」のんびりとした口調で名前を呼んだ。
それに答える様に、視線を落として笑ったプリケリマの口元だけに、付着した赤が生々しい。闇の中でも、白い肌に付着した鉄臭い紅は、異様に目立つ。

 そういえば、彼女もウイルスにかかっているんだったか。
吸血鬼ウイルスだったら、満ちるまで他人の血液を欲す。それに感染している危険人物の前なのに、何故だか落ち着いた気分で、フェイアントは笑う。
が、またもや不意に上がった、向き合う紫の視線が自分の首筋に注がれているのを見つけると、少しおどけた口調で言葉を紡ぐ。

「欲しいでしょう?血が。」

「…だったら?」

「私ので、宜しければ。」

 紳士的に、自分の首筋を指一本でなぞる。
自分も感染しているのだが、この血を飲んで、彼女は満たされるのだろうか。それとも、二つのウイルスに溺れるだけだろうか。どちらとも、物凄く面白い結果だと思う。まともな判断が上手く、出来ないのに、唇を零れ落ちていく言葉だけは、優美に甘い言葉を呟く。

「さぁ、どうぞ。」

 普段なら絶対有り得ない事、ネクタイを緩めて、Yシャツのボタンを開ける。そして、肩口が見えるように右手で、やや強引に漆黒のスーツを引っ張る。綺麗な線を描く、首筋が露になった。
プリケリマは、困った様に目を細めた。が、その視線は爛々と輝いて、そよ風に当てられている箇所に注がれている。素直な反応に、思わず口元が更に、笑み崩れた。

 少しの間が空いてから、彼女が足を一歩、踏み出す。
コツ、と軽い音と同時に、その瞳の輝きが更に増した気がした。フェイアントは、動かずにただその様子を見守っているだけだ。唾を飲み込んだ音は、どちらの物か。それすら、分からない。
軽い足音を響かせて、自分に向かって手を伸ばしたプリケリマを見下ろして、右腕に握っている聖槍を強く握り直した。白い指が伸びて、「お言葉に甘えて」とでも言うかのように、肩にソッと置かれる。

 そのまま、ゆっくりと良く知っている顔が近付いて来た。
見上げれば、優美に微笑んでいる父親の顔が良く見える。整った表情は、良く見慣れた安心できる表情なのに、この鼓動の高鳴りは何だろう。
首筋を、吐息が掠める。普段より乱れて、生暖かな吐息。一瞬、時が止まった様な錯覚を覚えた。
 舌なめずりの音が耳に良く届いて、ボンヤリと音がした方に視線を向ければ微かに開いた彼女の唇の中に生えた鋭い犬歯が瞬く。眩しくて、ゆっくり目を閉じたその時。

「…オトーサンの血だったら…感染しても良いのに…」

 熱に浮された様な、危うげな口調に閉じていた目を、開く。
首筋に顔を寄せた様に見えた彼女の視線は、自分の左右に垂れ下がった腕に注がれていて、その視線が切なくも甘く見える。
「光栄ですよ。」心此処にあらず、と言った表情で、武器を持っていない左手を伸ばして、かろうじてプリケリマの頭に乗せた。
 クス、と小さな含み笑いを零した彼女は、当たり前の様に乗せられた左手を掴んで、目の前に持って来る。行為を止めないフェイアントを良い事に、随分と優しく唇を開いて、ほっそりした指に口付けた。

 一度、余韻を楽しんだ直後に、もう一度開いた唇の中の犬歯が標的を見付けて、カチリ、音を鳴らす。小さく走った痛みに、喉を鳴らして笑ったフェイアントは「今は、これで十分」と囁いた娘の声に、また狂気的な笑い声を上げたのだった。


嗚呼、随分と面白いこの世界。

 全て壊して、壊して、染めて染めて綺麗に染め上げて。

Gradation―光り輝く空色がまた、赤に染まる。ほら、綺麗なグラデーション。

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