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【血まみれの薔薇を君に】


 純白の薔薇が、視界の端で見るも無残に散っていく。
鮮やかすぎる鮮血を真に受けて、真紅の薔薇に豹変すると、乾いた音を立てて薔薇は枯れた。
 涙が頬を濡らす。どうして、こういう時にあなたが居ないんだろうと涙が溢れる。


 ブロンドのウエービーロングヘアをふんわりと揺らすと、目にも留まらぬ速さで、目の前のジョロウグモに向かって回し蹴りが決まった。
 痛みにくぐもった声を上げる相手に、そのパキケは容赦なく、手持ちの日傘を突き出した。
先端には鋭くとがっていて、鋭利な刃物のようだ。その刃物が、風を切るうなり声を上げて、ジョロウグモの巨体に吸い込まれた。
 パッと、鮮やかに散る鮮血。それと同時に、巨体を大きく揺らして、ジョロウグモは地面に崩れ落ちた。

「見事だね。」

 後ろからかかってきた声に、ゆっくりと振り向く。フランス人形のような優しい顔立ち、スッキリとしているが、ピンクのゴシックロリータジャンパースカート。容姿、顔立ちとともに、その服は驚くほどに似合っていた。振り向いたときに揺れるブロンドヘアも、カチューシャも、碧色の瞳は瞬きをするごとに、不思議な輝きを宿していた。ニッコリと笑いながら、日傘の返り血を拭うと、パキケは柔らかい声で笑った。

「貴方が言うことじゃないと思いますわ。」

「キャロライナ。スカートが汚れてるよ。」

 声をかけられたムシチョウ、プリケリマは純白のスカートに微かにこびり付いている、返り血を指差し、倒れているジョロウグモを軽く見下ろすと、プリケリマは無造作にネクタイを結びなおし始めた。
 フフッと、優雅に笑うと、軽くスカートを叩いて、キャロライナは笑った。優雅で、お嬢様と呼ぶのにぴったりの笑い方だった。

「貴方が…って、私はそんなに綺麗に殺した覚えはない。」

 あら、と驚いたように目を見開くと、キャロライナは小さく笑った。
仄かに、香水か、薔薇の香りがした。見ると、怪物の森には珍しく純白の薔薇が咲いている。

「褒めて下さってありがとう。」

「いや、褒めた訳では。」

 ボソッとつぶやくと、キャロライナはウフフ、と笑うと、地面に落ちて、赤い鮮血を浴びたまま枯れた薔薇を取り上げた。
 ぬらぬらと、わずかな明かりに返り血が光る。その薔薇をさも愛しいというように、キャロライナは優しく見つめた。

「私はね、薔薇が好きなの。だから、この薔薇を枯らしたモンスターを、叩きのめしただけよ。」

「案外怖いこと言うね。」

 そう?と、軽く笑うと、薔薇をジョロウグモの隣にそっと置いた。
せめて安らかに、とプリケリマは口内でつぶやいた。
 キャロライナは、薔薇を見つめて小さく、本当に小さく溜息をついた。
―どうして、あの時貴方のことを思ったのかしら…?
 脳裏に浮かぶ、返り血。

     鮮やか過ぎるほどの鮮血


真っ赤に染まって染まって

          笑って
                純白の薔薇が紅 
                     

                        最後の悲鳴

       呆然と、        漠然と


                          血色に染まった貴方が、


 何かが砕けちる音、   


       
     ど  う   し て          私                は    


「キャロライナ?」

 ハッと、したように、キャロライナは顔を上げた。
そこには見慣れた、プリケリマの姿があった。眉を寄せて、何かを考えているようだった。

「…少し昔のことを思い出していたの。」

 そう、ずぅっと昔のことを、ね。
ニッコリと、キャロライナは笑うと、はた、とプリケリマの真っ白いはずのYシャツが紅く染まっていたのに気がついた。
返り血だ。ベットリと、その白い頬にも、血はついている。
ヒョウヒョウと、風がむせび泣くように舞って、薔薇を揺らした。

「…そろそろ大物が来るって。」

「…それは楽しみですわ。」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべると同時に、聞きなれた移動音が響いた。
それはそれは、大きなオオカマキリ。目をらんらんと輝かせて、大鎌を振りかぶっている。

「…死なないでくださいね。」

「お気遣いありがと。」

 プリケリマの手から放たれた雷にオオカマキリが黒焦げになる。
ものすごい悲鳴を上げるオオカマキリに向かって、キャロライナは走り出した。
刹那、何かを切り裂く、音が、響いた。


 枯れかけた純白の薔薇が、真っ赤な鮮血で埋め尽くされた。
真紅になった、真っ赤な薔薇は、満足そうに上を向くと、その血の雨を受け止めた。


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