【Gothic】

ワルツとタンゴ どちらがお好み?

 煌びやかなドレス、靡くシルクのリボン。




 ぽっかりと、目の前に広がるダンスホールの様な広大な敷地の真ん中で、何をするでもなくボンヤリと立ち竦んでいた。
ダンスホールと言っても、広さだけの話だ。優美ながら楽しげな雰囲気に付き物の、豪華なシャンデリアや煌めく大理石のホールは、勿論無い。薄暗く、かろうじて差してくる日光も微量な明かりも頼りない位、淡い。足元も、地面が剥き出しになっていたり、見慣れぬ草花が少しだけ生えているだけだったりと、観賞用には向かない。

 そんな空間ながらも、珍しい。鼻を鳴らす様な笑い声を零しながら、森にもこんな風に開けた場所があるんだな、と思いつつ、無造作に髪を弄る。
 憂いのある空色の癖っ毛は、ちゃんと梳かしつけたせいか、手触りが良く落ち着いている。深紅の鮮血の様に鮮やかな瞳も澄んだ輝きを灯して、僅かな日光に煌めいていた。一見、上流貴族に見える衣服を着こなした姿は、可愛らしいお人形の様にも見える。

 髪を弄りながら、頭の中に流れてくる音楽に合わせて鼻歌を歌う。流れている歌は、社交ダンスの定番、ワルツだ。繊細な音楽に合わせて手を取り合い、ステップを踏んで踊りたい。普段だったら飴を舐めたり、誰かと遊んでいる方がよっぽど楽しいのに、このバトンの効力も困った物だ。


 そんな考えにふけっていた時だった。
突然、背後から茂みを蹴飛ばした様な音が、音を聞き取るには過敏な耳に飛び込んで来たのだ。唐突に現れたサプライズゲストは、自分がゆったり流れる時を満喫しているのにも関わらず、静寂を簡単に壊してしまった。

 「争い事は嫌いですよ?」独り言を小さく吐き捨てると、フレディオは呆れた様子でガーネットの視線を背後に投げ掛ける。投げ掛けた矢先、少々冷めていた双貌が見開いた。視線はゆっくり和らぎ、唇は自然と弧を描く。
直ぐに視線だけでは無く、体ごと振り向いて、何ともあどけなく笑む。自然と片手を相手に向ける様にして、このサプライズゲスト、長身の彼女にやんわり、声を掛けた。

「こんにちは、麗しのレディ。」

 サプライズゲストに向けて、会釈を一つ。
その流れる様な仕草に、濡れ烏の髪を掻き上げて、怪訝そうに眉をひそめた相手を真っ正面から見つめて、笑みを浮かべたまま視線を走らせる。
深い紫の瞳を見返し、次に所々血が付着した白Yシャツに視線が移動する。白い肌に滲んだ赤があまりに痛々しくて、思わず顔を顰めた。

「お怪我はありませんか?レディ。」

 心配そうに掛けた言葉に、小さく頷いた白ムシチョウは此処の風景を随分面白がっている様子だ。何時も獣道としか言えない、入り組んだ道の中、突然こんな広大な敷地があれば誰だって驚くだろう。
僕も迷い込んだみたいなものだからネ。ちょっと小首を傾げて、「なら、良かった。」返答すると同時に、

「レディ。ダンスはお好きですか?」

「…嗚呼、フレディオもウイルスに掛かってるんだっけ…?」

 質問を質問で返したプリケリマは、妖しげな笑みを浮かべながら、ムシチョウ族特有の尾をゆったり、左右させた。
クス、と小さな笑い声を漏らすと同時に、丁度良い遊びを見付けた彼女は紫の目を細めた。

「ダンス、ね。思いっ切り体動かせるなら、好きだよ?」

「おや、激しいダンスをお好みですか?」

 フレディオは、年上の友人が所望した言葉に苦笑を零す。
暫く考え込む様な仕草をしてから、片腕を伸ばして相手をエスコートする様に、洗練された動作で手を広げた。
 思い切り体を動かせる様に、この森でスリルたっぷりのダンスを踊りましょう。

「ええ、レディのご所望なら、喜んで。」

さぁ、飽きるまで踊り明かしましょう。

ステップの踏み間違いには、お気を付けて。


 Gothicー優雅にエスコートする小さなキッド。

 閃く瞳から連想する、薔薇の色。

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