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【一緒に遊びましょう?】

 優しい夢を見た。

 見知らぬ誰かに手を引かれて、暗い森を歩く夢。
誰かが誰かは分からない。分かるのは聞こえる歌声と、自分の手を握る少ししかない温もり。ゆっくりゆっくり聞こえた歌。それは歌と言うより詩と読んだ方が良いのかもしれない。
 聞き取り難くい歌詞。外国語みたいで、殆んど聞き流していた中でやけに聞き取り易い単語を聞いた。聞いた瞬間、何故か安心して目を瞑った瞬間覚めてしまう、悲しい夢。


 視界がぼやけて、それがクリアになるまで案外時間がかかった。寝惚け眼のまま、シャピィは左右を見回して重い溜め息を吐いた。気分最悪、体調最低。久しぶりに見た夢が簡単に終わってしまった事も理由に入っていると思う。
上半身を起こそうと腕に力を入れた瞬間、掌の中に固い感触があった。丸くて冷たくて、だけどそれのせいで掌が勢いよく滑った。

「わっ!?…痛った…。」

 肘を地面に打ち付けた所でボヤボヤした眠気が一気に退散する。何のせいで転んだのか確認する為に多少のイライラを抱えながらも拳の中に握り締めた物体を見つめた。
「…チョコ…。」

予想外の甘い香りにやんわり笑む。それを見て、何と無く突然に連想ゲームの如くバレンタインという単語が頭に浮かんでもうそんな季節か、と一人笑んでしまった。
 時間が過ぎるのは早いなぁ、なんてニコニコしながら、今度は本気で起き上がって目を開く。薄い水色のビー玉のような瞳が陽光にキラキラ輝いた。
 今年はどれくらい作ればいいのだろうか――え?
と言った様子でふと、夢の中の誰かが頭に想像された。そこまで考えて、誰かの歌っていた歌詞が浮かびあがる。外国語で、聞き取り難い詩。何だったかな。うろ覚えだけど、やんわりと口にしてみる。

「Dear kind…何だったかな。」

 柔らかな黄緑のふんわりした髪を掻き上げて頭を掻く、そして腕を組む。緩やかに紡いでいたあの子の声はどんなだったかな。森の中が暗いが為に、多少明るく聞こえたような気がする。

「誰だったのかな。」

 疑問、答えなし。
 そりゃそうだ、と自己簡潔する。声しか手掛りがないと言うのに、そんな簡単に見付かったら奇跡だ、エスパーだ。でも、もう一つだけ浮かんだ手掛りがある。それを思い出して難しい顔をしながら頭の中でジグソーパズルでもするかのように単語を並べていく。

 覚める前に言われた母国語。それを聞いた時安心出来た事。一つ思い出すとリンクされた単語が次々浮かびあがる。

「一緒に、」

そうだ、そんな風な単語。幼子が友達を誘うように、何だったかな、嗚呼思い出した。

「一緒に―――」

「遊びましょう?」

 突如、自分の声ではない声が響いてドキリと心臓が跳ねた。
女性の声。それに、さっきはなかった何かの甘ったるくて苦い香りが島に漂っていた。何方、と聞こうと振り返った所に彼女はいた。
 白と濡れ烏色と深い紫。その色を持つムシチョウは悪戯っぽく目を細めた。その際に一方の足を前に踏み出した時、「カツン」とヒールの音がして夢見心地だった気分を振り払われる。

「あ、放浪さん?」

「じゃないって言ったら?」

 疑問を疑問で返された。戸惑いに顔をしかめると、直ぐ様その理由が分かってしまった。右頬についた濁った赤の色。まだ濡れて光る鮮やかな色合い。だからさっきからこの匂いが、と思った途端に「/wind」と淡々と告げられた言葉による北風が吹いて思わぬ寒さに「うわぁ!?」と妙な奇声を発して、目のしばしばを取る為にゴシゴシと握り拳で瞳の辺りを擦る。
それを見てか、クスクスと笑い声をあげた彼女は鋭い眼光を少しばかり緩める。先程までの冷たかった印象も少し緩んだ。

「知ってるの?」

「…え?」

「その歌詞。」

 聞かれていたのか、と苦笑を溢して何と無く頷いた。「そう。」と簡素に告げられると彼女は真顔に戻る。嫌な返答だったのだろうか、慌てて弁解しようと口を開きかけて、

「夢でよく聞く?」

「え?…うん。」

 質問を投げ掛けられアッサリ返答。
人のペースをあまり読まない人だな、と自己簡潔させて、疑問を持った。恐る恐ると言った様子で今度は自分が問う。
当の本人はそんな事を気にする様子もなく、掌を天に伸ばすような形で伸びをしている。まどろんでいる猫みたいな仕草に、視線を和らげて、慌ててキリリと引き締める。

「…あの。」

「んー?」

「何でこの島に?」

「オニヤンマから逃げて来たから。」

「…あの。」

「何?」

「知ってるんですか?夢の詩。」

 歌を詩と言ったのは、それが本当の名称のような気がしたからだ。ポツリと聞いた後に聞かなきゃ良かったかな、と眉を寄せる。なのに彼女は意図も簡単に、

「知ってる。」

と簡素に答え、右頬を拭う。赤がドロリと取れてその下の白が現れた。
 ポカンとした自分の目の前で、「もしかして知らなかったの?」とでも言うかのように首を傾げられた。

「結構有名だけど、ね。その詩。」

 そうだったのか、頭の中のジグソーパズルが音をたててはまる。何度か頷いて頭の中を整理するとシャピィは微笑む。そして、お礼でも言おうと笑いかけて、

「そろそろ行ってくる。」

 立ち上がって答えられた。え、と目をパチクリさせた瞬間。立ち上がってもう一度大きく伸びをしている彼女を唖然と見上げると振り返って首を傾げられる。

「また会えたら、ね。」

 ヒラヒラ、手を振られる。そこでハッとなった。行き先は多分オニヤンマの所なんだろう。…いや、違うかもしれないけど70%辺りの確立でそうだ。
モンスター退治なんてやる物じゃない、と言う思いを、いやいや、それは人個々の意思だという思いで打ち消して何か言ってあげようか、怪我しないで下さいとでも。しかし、自分の口から出た言葉は全く違った。

「シャピィです!」

 自分自身の思わぬ答えに「え?」と目の前の純白ムシチョウは首を傾げる。勿論自分も驚いた。失敗したか、と思いながらも言葉は止まらない。
名前を告げれば「/drive」で来てくれる可能性は少しでもあがる。そう思った自分の表情は自分が思ってた以上に明るく、満足気な表情だった。

「お暇でしたらまた遊びに来て下さい!」

 予想外、と目を瞬かせたムシチョウは思わずシャピィの顔を見つめた。晴れ晴れした表情。まるで、ジグソーパズルを完成させたような表情。それを見て呆れたように苦笑を溢すと、

「また何れ。」

 それだけ言い残して移動音を響かせ視界から綺麗に消える。それだけでも満足な返事で、シャピィは柔らかに微笑んだ。

Dear kind friend.

親愛なる優しい友達へ。

See you next again.
また何れ。

ほら、一緒に遊びましょう?

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