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【星を数えて】

悴んだ手に伝わる 冬の温もり

 見ているだけで凍えそうな夜の冬空を見上げながら、一つ二つ瞬く星の数を数え数え、吐く息がやっと白くなったのを再認識にして、「嗚呼、お腹が空いたなぁ。」とこんな風に思える。

 ね、そろそろお帰り?
小さな背中を押す北風が促すのは、正反対の優しい言葉。暖かい光を持った心安らげる場所に、手を繋いで歩き出そうよ。



 ひい、ふう、みい。

 夜風に吹かれ、濃厚な色彩を持ったシルクの空の中に散らばる、小指の爪程にもない大きさのダイヤの星。
例えによっては、それだけでおとぎ話の始まり方みたいに優雅で麗しい表現だが、現実はそうもいかない。
 ピリピリした冷たさに小さく身震いしながら、纏っている大きめの着物の袖を唇に持って来て、口元を覆い隠す様にし此処の箇所だけ寒さを遮断する。ふ、と生欠伸を噛み殺した様な呼吸をした途端、口元を覆っていた繊維越しに二酸化炭素を吐き出して、再度空を見上げた。

 夜風が薄い栗色の髪をサラリ、無造作に撫でたのを何とも鬱陶しそうに眉尻を上げ、瞳を微かに細める。黒々とした大きな眼が自然的に作り出された淡い光を映し出した。吸い込まれそうな位、柔らかな光が瞳の上をさ迷って、寒さに震える体とは裏腹に活発な脳内に想像の源を当然とでも言うかの如く、送り出した。
 あの、小さな星を口に含んだらどんな味がするんでしょうね。口内に満ちるのはたっぷりとした味わうだけでトロけそうな甘味か、それとも大火傷を伴う激痛か。…でも、金平糖だけじゃお腹は満たされませんものね。何か主食が…嗚呼、三日月が肉を切り分ける時のナイフみたいです事!

 反射的に湧いて来た生唾を、音を立てて飲み込む。うっとり、と想像に浸りながらも、寒い物は寒い。自身の胸の前で小さな掌を擦り合わせ、口を縦に開いて息を吹き掛ける。一瞬の温かさと、湯気の様な白い煙に安心した様子で「…こほん。」小さく、咳を一つ。

 ゆったりのったり、時は流れる。今も昔も変わらず―――と思いを馳せていた最中、背筋に急激に冷たさが伝わり、慌ただしい寒気が背中をなぞった。
 自然と華奢な背中に、張り詰めた警戒心が浮き上がる。肘辺りに生え揃ったカンボジャク独特の短い羽毛が瞬時に逆立つ物の、この冷たさから連想された誰かの姿を思い出した途端、高鳴った気持ちの行き場を無くした様に元の場所へ戻った。
 沈黙は破られない、でも無駄な体力を浪費してしまった。憤慨する様に鼻を鳴らしたカンボジャクに向かって、

「どーぞ。」

 その相手は軽い言葉を発して、何かを差し出す。見れば、真っ白い掌の中にスッポリ収まった正体は、暖色ベースに彩られたアルミ缶だった。
ちょっとの間、星空に向けていた視線を此方に向け、差し出された物のパッケージを見据えた瞳の色が、変わった。
具体的に言うならば先程よりも、もっと憂いを持って、例えるなら欲しい玩具を差し出された子供の様な、否、それよりも心底目当ての物を求める真っ直ぐな漆塗りされた黒の視線。

 素早く両手を伸ばして、口早にお礼の言葉を呟く。「頂きます。」の「いただ」辺りで差し出された缶の温もりが掌に伝わっていたのだが、細かい事は気にしない。
じんわり、悴んだ指に染み入る様に伝わる熱の余韻を味わう事無く、缶のプルタブを爪に引っ掛けて開けた時に、差し入れを持って来た相手が何かを思い出した様子で濃淡な紫の双貌を艶めかせた。

「それ、まだ熱いと思うから気を付」

 ごっ、くん。

 相手の意見を右から左へ聞き流しながら缶の縁に口付けて、中身を半分程一気に喉奥に流し込む。熱々のまろやかな甘さと、コーンを煮込んで風味を殺す事無く味付け、閉じ込めた缶の中身は香ばしい香りを鼻先に漂わせる。
 外気の寒さは相も変わらないのに、体内に満ちた温かさが妙に心地好い。指先に伝わる缶半分の温もりを、カイロ変わりにしながら落ち着いた気分で両手で握り、不意に何か思い出した様に小首を傾げて、リラは相手の表情を除き込んだ。

「何か言いましたか?」

「…いや、別に。」

 忠告のつもりで言ったのだけれども、こうまで見事にスルーされると逆に清々しい。自然と緩んだ唇で弧を描けば、プリケリマは自分の手に握った冷たい缶を無造作に握り直した。
金属の冷たさと、自分の指の冷たさを絡み合わせ、寒空を物憂げな紫が見上げる。

 隣り合った相手の視線を追いながら、今度は拗ねた様に鼻を鳴らし缶の端に軽く歯を立てる。同時に北風に揺らされたのは、儚い栗色の髪。強くつむじ辺りで結っているので、前髪は額の上には落ちて来ず、この暗色の視界にしては見やすい。
 小柄な体は、着慣れた朱色の羽織は色褪せながらもしっかりと身を纏い、凍えるまでとは行かない寒さをほっそりした体に伝えていた。
顔の表情はあまり読み取る事が出来ず、目を引く鋭い眼光を放つ眼の周りには、瞳を閉じさせない証の黄金色をしたピンがいくつも止められていて、まるで見えない何かと真剣な勝負をしている様だった。
 サバサバした性格、何事にも縛られない瓢々とした物言い。食料品には恐ろしい程執着を見せる姿。その全てが不思議ながらも、何処か異様な魅力に引き付けられる。

 チラリ、プリケリマは煌めく星から小さなカンボジャクに視線を向ける。空に広がる銀の星が深い夜の瞳に映って、柔らかい輝きを見せていたのをこっそり見据え、また視線を頭上に持って来る。
 瞬けば、チカリ。
黒をバックにした銀の金平糖は見れば見るほど、軽やかな音と同時に降って来そうな錯覚を覚える。

 しゃらしゃら、と

 まぁ、こんな風に。

 ひい、ふう、みい。

 何時の間にか星の数を追っていた黒眼の中で、銀の輝きが瞬いた。
両掌に伝わる確かな熱が、やがて微かにしか伝わらなくなって来た。またもや、詰まらなさそうに生欠伸を噛み殺した。
 こう、ずっと空を見続けていると何か妙な錯覚を覚える。もし、この星が全て世界に落ちて来たら、どうなるだろう?煌々と燃え続ける、空にしか光る事を知らない銀色が、地上で光るとしたら…それより、あの星が全部金平糖だったら、どんなに素敵だろう?口に含んだ瞬間、下の上を転がる甘さを想像するだけで、生唾が湧く。

「ムシチョウさん。」

 少々、興奮した口調でリラが口を開く。この素晴らしい思い付きを教えてあげようと声を掛けたのだが、その声の明るいトーンに驚きつつ此方に向いた視線を見た瞬間、

「いえ、何でもないです。」

 プイッ、とそっぽを向いた。予想外の出来事に、視界の端れでプリケリマが目を丸くしたのが見える。
また、笑われるのが落ちだろうか、眠っていた自分の警戒心が徐々に鎌首を上げたのをボンヤリと感じ取る。「何?」と、困った様な白ムシチョウさんの声が鼓膜を震わせば、「何でもないんですったら!」と、更に困った様な声がボリュームを上げて放たれる。

 そして、暫くの沈黙が守られてから、

「…変なの。」

 苦笑を零して、頭の上に乗せられた冷たい寒色。長い指先が頭の上を左右に動いて、髪を梳いているのだ。妙に恥かしい様な、どう対照したら良いか分からなくなって、不満の声と同時に眉をひそめる。

 寒空の下、星は沢山。

 掌に伝わる温もりが、小さく小さくなった所で、まだ不機嫌そうな表情を崩さずにこの温もりを、口内に流し込んだ。
甘ったるいコーンの香りと、凍て付く様な冬の香りはどうにも、自分の食欲を掻き立てるには最高だな、と、小さく考えを浮かばせながら最後の一口を、わざと音を立てて、飲み込んだ。


 だから、星を数えて。待っていてみよう。

 打ち明けるような事はせず、ただ淡々と 待ってみよう。

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