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【もう一度 笑って】

世界で一番儚くて 脆い

 切っ先で弾いた世界はとうに滅びる物であろうとも。


それでも刃に写らぬ表情は何時も 笑みを  笑みを 望んでいた。


 ハラリ、と目の前を薄桃色の雪が降る。
そんな比喩表現さえピッタリに見える景色を眺めながら、そのムシチョウは嬉しそうに微笑んだ。
微笑むと同時に、海の色をそのまま切り取ったような瞳が幸せを表すかの様に、和む。
 思わず手を伸ばしてその小さな花弁を一つ、握る要素で捕まえる。
ゆっくりと手を開くと、小さな花弁が掌の中で舞い、また春風によって空へと舞い上がってしまった。

「…綺麗でござるなぁ。」

 ポツリ、と独り言の様に呟くと、後方を歩く自身と同じ種族に、同意を求めるように振り返った。
木の日影を歩いていた彼女は、軽く流し目をしてから「そう?」と投げやりに呟く。
柔らかい常盤緑の髪を揺らしながら、軽く頷いてから、パチクリと目を瞬かせる。甘い香りに酔いそうな錯覚すら覚える花の美しさに魅了されつつ、天祈はあどけなく笑んだまま、話を続けた。

「プリケリマ殿は桜が嫌いでござるか?」

「…いや、そんな事は。」

 優しげな、それでいて暖かい視線を感じながら桜を見上げると、優美に桃色の花弁を纏った枝を風に靡かせて、日光を浴びて輝く美しさが目に映る。
ふっ、と鼻で笑い、上向きだった視線を元に戻すと、目の前の蒼の瞳と目が合った。
種族独特の尾も、機嫌が良さそうにユラユラと揺らしている人物を見下ろす様な形で見つめると、気まずそうに腕を組むと、プリケリマは逆に問い掛ける口調で、

「何で?」

 きょとり、と目を真ん丸くすると天祈は「何故でござるかなぁ。」と困ったように苦笑を零した。
春風に混じって甘い香りが漂う。それを追うように視線を逸らした。華奢な体の侍は一度、「うーん。」と唸る。質問の意味を考えながら、花見に最高の場所でござるな、と小さく思った。
それと同時に、何かを思いついたような明るい表情で、天祈はもう一度プリケリマを振り返った。
その表情に怪訝そうに眉を寄せた相手に対して、天祈は柔らかい声で言葉を紡ぐ。

「この先に茶屋がある。そこで花見をしないか?」

「…は?」

「何、日影もある。こんなに良い天気なのに、何もしないのはもったいないでござる。」

 ニコリ、と満面の笑みを浮かべられると、プリケリマは曖昧に「んー。」と粒やいた。
一応、同意のつもりらしい。それを聞いて更に笑みを深くすると、天祈は自然と手を差し出した。
その行動は予想外だったのか、相手はキョトンと頭上に?マークを浮かべた。それを見て、天祈は促すように手をもう一度差し伸べた。

 しかし、その手は急に引っ込んだ。
引っ込めると同時に、「メキリッ」と何かを折った音が無感情に響く。キッ、と視線を鋭くさせて音源を睨むと、フードを深く被った格好の男らしき人物が先程見た桜の枝を折り曲げている状態で居た。
先程見上げた桜の木の下の、下段の枝だけが何本か折れていて、見るも無残な姿へと変貌している。それを見た彼女の正義感が、押さえ切れなかった。そういえば聞いたことがある。この様に誰の者とも知らない桜の枝を折り、それを売って金儲けをする非常識な輩が居るという事を。
 花が好きな彼女だからこそ、許せなかったのかも知れない。だが、もう遅い。天祈は視線を幾分か鋭くさせて声を荒げた。

「何をしているでござる!」

 その声に、一瞬ピクリ、と肩を震わせた男は、天祈の方向を素早く振り返ると、脱兎の如く駆け出した。「待て!」と言い放ちながら自分も駆け出す。乾いた道の上を足音が響いていく。
元々足の速さでは勝てるはずがない。数十秒ほどで追いつかれそうになり、枝を抱えながら逃げる男も、大袈裟な舌打ちをすると目をつけた路地裏に駆け込んだ。
 その後を追うようにして路地裏に入ろうとした矢先、目の前で風を切り裂くような音をたてた金属バットをバックステップで避けた。避けると同時に、その路地の中に視線を走らせる。
桜の大枝を抱えた状態で一番後方に控えている者、それを背後に守るようにして、だらしのない笑みを浮かべた男の姿が10人程。自然と唸るような口調が唇から零れる。

「…やはり仲間が居るでござるか…。」

 逃げるからにはやはり、と検討をつけていたことが当たり、低く呟く。
何時もとは想像出来ない様な視線を相手に送りながら、身構えると、盗人が声を張り上げる。それが合図だったのか、雄叫びをあげながら突進をした男の首後ろに手刀を叩き込んだ。
 グラリ、と倒れこむ体を避けると同時にその背後に居た男の繰り出す拳を避けながら、遠心力を利用した回し蹴りを脇腹に叩き込んでから、もう一度バックステップ。
狭い路地の中で、静かに戦いを終えていく天祈は、視界の端で盗人が後ずさりをするようにジリジリと後方に逃げていくのを捕らえた。それを見つけ、

「逃げるのか貴様!」

 叫ぶも、この状況をどうにかしないと追いつけない。
歯を食いしばり、5人目の鳩尾に肘を叩き込む。このままでは本当に追いつけない、と焦りを見せたその時だった。

 あがったのは悲鳴。その悲鳴に目を見開くと、目の男が崩れると同時に路地の奥の様子が手に取るように見えた。
盗人が手首を掴まれ、ギリギリと握り絞められているような形で痛みに呻いている。その後ろでただボンヤリとその動作を行っている純白のムシチョウは、もう一度ギリッと相手の手首を締め上げてから手を離した。崩れ落ちる様にして自身の手首を庇うようにして蹲る相手に、プリケリマの視線は冷たい。
 獲物を見つけた、蛇のような視線。

 ゾクリ、とした。天祈は呆然とその光景を眺めていたが、慌てて同じように呆然としている輩を次々と同じ手順で気絶させていく。殺すまでは値をしない物の、あのプリケリマの笑みは冷たすぎる様な気がした。
最後の敵が倒れた瞬間、天祈はまた駆け出す。見ると残酷にも冷笑を浮かべた表情で、プリケリマが平手を振り上げる。チラチラと冷気が漂う中、

「駄目で、ござる。」

 凛とした声が鼓膜を振るわせる。
無感情な視線をよこしたプリケリマは、振り下ろそうとした手が何時の間にか空中で止まっていた事に気が付いた。何時の間に、という疑問を浮かべながら見れば、自身の手首を前方で掴むように止めている小さな手が写った。解こうと手首に力を込めるも、その手は中々離れてくれない。逆に押さえ込む様にして力を相殺している様にも見えた。

 しばしの間。それを終わりにしたのは、

「離して。」

「駄目でござる。」

「…どーして?」

 あまりに詰まらない終わり方。不満や苛立ちが募った様子で視線を鋭くさせた彼女の手を離した。
離された手は大人しく元の居場所に戻った物の、納得がいかないのか、視線は鋭くまだ痛みに呻く盗人を冷たく見下ろしたままだった。
不満が募った口調を聞きながらも、何か決意をした様な真剣な表情で、自分が思った事をはっきりと告げる。

「確かに小生も盗人は悪いと思う。だが、罪は何時でも罰と平等ではござらんか。」

「…何を根拠に、」

「少なくとも小生は、そう思う。」

 その言葉が最後だったのか、それを聴いた瞬間。納得のいかない表情を浮かべて、クルリと180°方向転換をされる。プリケリマはそのまま、無言でスタスタと前方に足を運び出した。
その光景を見て、ふ、と肩の力を抜くと同時に緊張感が解けた。軽く腕を回すと天祈は首だけを振り返らせて盗人を視界に捕らえる。
桜の枝が悲しげにそよ風に花弁を舞わせているのを片手を伸ばして捕まえると、それを軽く肩に担いだ。

 前方に視線を戻すと、もう小さくなった人影に向かって「プリケリマ殿。」と呼び掛けてから駆け出した。
数秒の間走り続けてやっと追いつくと、その肩に並ぶようにして歩き始める。ポカポカした陽気の中。一人は日向。一人は日影を選ぶようにして歩いて行く。
歩いて行くと同時に、わやわやと警帽を被った数人とすれ違い、立ち話にも近い報告をしてから、肩に担いだまだ花弁を舞わせている枝を彼らに渡す。
人の良さそうな笑みを浮かべてお辞儀をした彼らに軽く手を振ると、また前方に見える人影に追いついて、肩を並べた。フワリ、と一度だけ桜の甘い香りが漂ってしばし幸せな気分に浸る。

「…誰かが知らせてくれたのだろうな。」

「…。」

 答えた求めたつもりはないが、返答は無い。
怒っているのだろうか、と半場心配しながらヒョイと顔を覗き見ても無表情の状態。こういう状況は苦手で困った物だな、と頭を軽く掻いた時だった。

「罪と罰が平等、ね。」

 ボンヤリと独り言のような言葉が耳に届いた。
ヒョイ、ともう一度顔を覗き見る。その状態で今まで前を向いていた紫の瞳が此方を向いた。目が合うと同時に軽く首を傾げられた。何を言っているのだろう、ときょとりとしている中で、その意味を告げるかのようにまた声が続ける。

「平等なら、あの終わり方も平等?」

 納得がいかない理由の答えを求めるような声色。
目を瞬かせて、その意味を理解すると同時に先程の真剣な表情を浮かべた。自分に対しての正義や、思いを伝えようとする時の表情で口を開く。

「小生も罪や罰と堂々と言える者ではないでござる。だが、盗人の罪は盗人の罪。盗人の罰は盗人の罰と決まっているで御座るよ。
先程のプリケリマ殿の罰はあの盗人の罰には重過ぎるで御座る。」

 それから、と息を吸ってから。今度は幾分か表情を和らげて口を開く。
パチリ、と目を瞬かせた相手に対して、

「先程のプリケリマ殿の笑みより、今は幸せそうに笑って欲しいで御座るよ。」

 皮肉を込めた冷笑よりも、純粋にただ幸せに笑って欲しい、と。
心を込めて言うと同時に、目の前の人物はキョトンとした表情になる。それを見つめると、天祈は照れ隠しのように前方を向き直して、

「この先の茶屋で休憩するでござるよ。」

 そう呟くと、もう一度後ろを振り返る。そしてもう一度、最初のように手を差し伸べた。
あどけなく、でもしっかりとした笑みを作る。目の前の人物はまだ驚いた様子だが、次の瞬間には軽く肩を震わせる。
予想外の展開に、今度は自分がキョトンとした瞬間。肩の震えは笑いによって起こっている事だと理解した。

「な、何か可笑しな事を言ったで…御座るかな。」

「っ…いや?ただ…本っ当に…。」


 本当に、真っ直ぐな人だな、と軽くぼやかれると同時にその掌の上に手が重なる。
ヒヤリとした感触に軽く戸惑いつつも、その手を握るとニコ、と笑った。

 桜の花弁が舞うのなら、

               その桜を見ながら望んでいた。

何時までも 幸せに     笑みを               笑みを

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朔馬さんへ


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