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【永遠なんていらないのに】

続く 続く 続いていく

 リールの上を歩きながら考えた事がある。
この人生は止まる事も無く、ただ滑らかに進んで行く。
始まりがある。だが終わりはない。矛盾した点を不信に思う気持ちも無く、只ずっと歩いていた。



「後少しで五月も終わり、ですかぁ。」

「…後少しで梅雨も来るし。」

「…ちょいと、アンタ俺に喧嘩売ってるンですかぁ?」

 薄く開いた瞼の内から除く、金色がかった橙色がその言葉をぶつけた本人ではなく、薄い障子越しの窓の向こうをしげしげと眺めながら呟かれた。
何時の間にやら掌中に握り締めていたバンダナを頭上に持ち上げて、言わずと知れた丁度髪を結わこうか、としていた状態で固まったまま視線をユラリユラリと宙に流した。

 それに対抗するかの如く、反対側に向かい合うような形で座り込んでいるのにも拘らず、そっぽを向いた状態で「何が?」と、女の声が広くもなく、狭くもない和室に響いた。
音も無く視線を動かし、そのある意味では「喧嘩を売った発言」をした彼女を見つめながら、トビネは飄々とした口調でその答えを返す。

「雨、ですよ。雨。」

 言葉だけではなく、指先でツイ、と天井を指し示すジェスチャーまで付けて説明を詳しくさせると、トビネは先程までしようとしていた動作、髪を結い始める。短時間、しかも手馴れた動作でそれを行って見せると、ニヘラ、と表情を綻ばせた。
何処からか聞こえてきたのは、水が流れ落ちる自然ながら機械的な音と、それを受け止め、竹筒が満杯になったら自動的に透き通った液体を流し落す、戻る際に跳ね返る様な音を響かせる猪脅し。
 耳に心地良いな、とその音を鼻歌混じりに聞きながら、今度はゆっくりとそっぽを向いている相手に対して笑みを浮かべる。相手が見ようが見まいが関係無い。くくっ、と喉の奥で笑いを押し堪えると祈兎は胡坐を掻いた状態で飄々と外の景色を眺めつつ会話を進める。

「雨、嫌いなの?」

「いや、嫌いって訳でもないンですけどねェ…。」 

「じゃー、どーして?」

 投げやりにも聞こえる口調に、軽く片眉を吊り上げた。説明するには案外時間がかかると思うし、それ以前にどう説明したら良いものか分からないので、どう解決するか、と今の質問が頭を悩ませる。
が、直ぐに口元に笑みを戻して、軽く喉を鳴らす。相手に聞こえない様に、僅かに空気を奮わせる程度の声で「あー。」と発声練習の様な動作を行う。何度かそれを繰り返した後に軽く咳払いをしてから、祈兎はゆっくりと小さく声を響かせた。

「どうして、知りたいンですぅ?」

 その声色に、一瞬相手の呼吸が止まった様な静寂が訪れ、次の瞬間にはそっぽを向いていた紫の瞳が結構なスピードで此方に視線を集中させてくる。面白いな、と自然と視線が緩み、最終的には先程と同じ様に喉を鳴らすような笑い声を上げていた。その様子にキョトンとした表情のプリケリマは、「何、今の声。」と言いたげに眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。
先程までは緩々としながらも良く響く男の声だった物を、今の問い掛けた声は明らかに女の物だった。
しかも、何処か色めいて囁く様な何とも色っぽい声。その変化を意図も簡単に行って見せた祈兎は「面白いっすねぇv」と以前と変わらないテノールで呟く。

 パチクリ、と瞬きを繰り返したプリケリマは自分がからかわれている事に気付いたのか、「紛らわしい」とまたもや視線を逸らす。カコン、と鳴った猪脅しの音が響いて、嗚呼やっぱり耳に心地良い音だ。と一人頷くと、今度は相手が口を開いた。

「不老不死も大変なのかなって、さ。」

 ある意味気遣いでもある言葉をボソボソと呟くと、そっぽを向いていた視線が此方を向いた。
何秒かその視線が合っていたが、不意に頭上を見上げて祈兎は軽く唸った。一瞬困り顔をするも、直ぐ様、

「そンな事言われましてもねェ…。」

 ポリポリと頭を掻きながらボソボソ呟いてから、薄ら笑いの状態でプリケリマを見やる。
からかっているんだか、からかっていないんだか。呆れた様子にも見えるし、真剣に問うているだけにも見えた。
大変、なんだろうか。嗚呼、でも記憶が薄れられて行くと言うのは案外大変な物なのだろうか。
そこまで真剣に考えたところで、ボソリと思い出した様に唇を薄く開く。

「…まぁ、アンタよりは苦労してないンじゃねぇですか?」

 言い終わると同時に、相手の表情が見る見る内に不機嫌そうな顔に変化していく。
余計な事を言ってしまったな、と自身で解決すると「すいやせン。」と軽く謝罪の言葉を述べる。
頬を軽く掻くと、困ったように目の前の彼女を見据えると「別に。」と呟くと同時に、スルスルと白い腕が傍に立掛けてあった薙刀に伸ばされていくのが見えた。瞬時に自分も、腰のバックに無造作に手を突っ込む。手に触れた冷たくて、鋭い凶器とも言えるべき針を取り出すと、自然と自身の目の前に翳した。

 金属がぶつかり合う音が響いた。その少し後に猪脅しの音が虚しく耳に届く。
見れば、黒金と赤みがかった黒の金属がお互いの力で相手の武器を押し返している様な現状になっている。軽く咳払いをすると、祈兎はボソボソと恨ましそうに言葉を紡ぐ。

「…謝ったじゃねェですか。」

「それはそれ、これはこれ。」

 返答に少々の矛盾が感じられるが、そうですか、とニヤと口元を綻ばせる。
弾いたのは自分だった。弾くと同時に手に握る様にして持っていた針を素早く指と指との間に挟む。その際に針の長さが少々長くなり、鋭さを増した様に見えたのは気のせいではない。
桐屍と名付けられた武器は、持ち主の思い通りの長さになると言う便利で、恐ろしいとも言える。それを一番実感しているのは持ち主本人の祈兎だ。
弾かれた薙刀を直ぐに下段に構えると、「伸びろ。」と命令形の言葉が部屋に響く。ヤバイ、と思いながらも視線を部屋の中に走らせると、自身が見つめていた方向には窓。相手が居た方向にも窓。それを挟む様な構図で障子が二枚。畳を蹴ると同時に、今まで居た場所に白金の刃が突き刺さった。
恐ろしいなんて思ってる暇は無い。障子を思い切り蹴り開けて、隣の部屋に逃げ込むと、宙で白金がまた光る。それを桐屍で引っ掻くようにして弾くと、着地すると同時に今度は相手に向かって走り出した。

 それを見てか、相手も薙刀の長さを元に戻し、上段に構えた状態で振り下ろした。
パッ、と散った鮮血は二つ。どちらとも頬に鈍い痛みを感じて苦い顔をする。赤みがかった黒の金属に付着した血液を飲み込む様に桐屍の表面はゆっくりと乾いてきた。血を抜くという能力がある、この針はやはり恐ろしい凶器と言える物なのだろう。だが、逆にプリケリマの薙刀は血を浴びてヌラヌラと妖しげに輝いた。まるで、歓喜しているかのように。

「…相打ちって事っすねェ。」

 苦笑を零しながら、適当に左腕を伸ばして自身の頬に触れる。手の甲で隠しながら、なるべく指先で強く擦ると、その箇所の燃える様な痛みが消えた。それを確認してから穏やかに微笑むと、腕を下ろす。先まであった切り裂かれた後は、少しの赤みを残して消え去ってしまっている。やはり不老不死は伊達じゃない、祈兎は自傷気味の笑いを零すが、次にはその笑いが少しばかり薄らいでいた。
 相手も無造作に上げた左腕が、人差し指が切り裂かれた場所に添えられる。白い指先が赤をなぞると―――その箇所が凍りついたかの様に乾いていた。

「…私もあんまり苦労してないけど?」

 してやったり、と言うような笑みを浮かべるとプリケリマは小さく呟いた。
それが耳に届くか届かないかで「はいはい。」と祈兎は手を上げて言葉を制す。


 リールの上を歩きながら考えた事がある。


この人生は止まることなく、


「何だ。だったらまだ戦りますかぃ?」

 ゴソリ、と桐屍を右手に全て装着すると、既に獣のような武器と変化していた。
カコン、と響いたのは矢張り猪脅しの音だった。もはやそれも耳に心地良いだの言っていられない。今度は、これがスタートの合図のような音に聞こえた。

「…当たり前でしょう?」

 まだまだ遊び足りない、と言いたげにニヤと笑って見せた相手に、祈兎は「分かりやしたv」と温和な笑みを浮かべた。


 止まることなく進んでいくのならば、

そのリールを壊してでも自身の進むべき方向へ行ってやろうと、


永遠と言う物を代償にしてでも自身の赴くがままに進んでやろうと、


 心からそう思った。

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