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目隠し鬼とタンゴを

 享楽に溺れたいなら来るが良い。
拒む理由など、最初から持ち合わせてはいないのだから。

 太陽が欠けて月がたっぷり満ちた夜にでも、来れば良い。
ストロベリージャムよりも甘ったるい液体を一滴残らず飲み干したなら、高らかに笑い声を上げて飽きるまでステップを踏もうじゃないか。


 目の覚める様な月夜だった。
まん丸でも長細くもなく、満月を半分に切り分けた形をしている穏やかな銀色が、濃紺のビロードの空に佇んでいる。周りの背景が暗色のせいもあり、チラホラ輝く星達も同様に大気の間で瞬きを繰り返すのが異様に目立っていた。
それにしても、この半月の光は、何て冷ややかな光なんだろう。

 何せ、この両手に満ちた椿色を、こんなにもまがまがしく見せてしまうのだから。
徐に長く鋭い爪を一本揺らしたら呼応する様に、月光がぬらり。憂いを持った色の輝きは、何よりも美しく見えた。
 焦がれ、掠れ、それでも潤いを保つ濁った永遠の色―――。

 思わず、嬉々的な笑みが頬一杯に広がる。唇の端と端が吊り上がった途端、相対する影がユラリと天を仰いだ気がした。否、仰いだ。
したり笑いを漏らしつつある純白の、見目麗しいオオカマキリに向かいグルルルッ、と獣が威嚇する声が響く。

「なーに笑ってんだよゴラ。」

 吐かれた言葉に混じった、隠しきれない血生臭ささ。対を成す光によって輝きを変える双貌は、思い出そうとしても困難な記憶と、自分の意志で封じ込めた。
よって、相手をゆるりと見やった仕草をしたのだが、不思議な煌めきは輝かなかった。反射したのは不気味な雰囲気のみ。

「面白い事があれば…モンスターも笑うだろう?」

 一応、私達にも感情はあるのだからな。返答したのは何故だか嘲笑う様な余韻を含んだ、冷静な声が囁く。闇に溶けてしまいそうな位小さく放たれたのに、あまりに冷ややかな感情が空間を震わす。
目の前で血が飛ぼうとも、同族が息を引き取ろうとも、きっと揺るぐ事はないのだろう。
そんな想像が容易に出来てしまう位に、危険な匂いがする。

 同時に香った、色濃い罪の血の香り。

「…この状況が面白いかよ。」

「…嗚呼。それなりにな。」

 薄い光に、眩いプラチナブロンドがサラサラ。靡いて軽やかな音をたてる。
きっと、死の神が居たらこの者みたいな格好をするのだろう。一度見ただけで脳裏に焼き尽く、唇だけに笑みを称えた整っている顔立ちに、白いシャツ、黒のジャケットに、さまざまな宝石で彩られた線の細い体格。道化の様で、死神にも見える。
 突如、ジャラリと石が擦れる音が聞こえた。薄明かりに、赤、碧、黒が憂いを振るわせる。真っ白いオオカマキリは掌を零れ落ちそうになった甘い液体を、当たり前の様に口元に持って来て手を目の前に翳し―――軽く舐め取った。極々自然の動作にも見えるが、蜂蜜色の毛皮を纏った姿は、暗闇の中小さく唸り声をあげる。

「…何だ、弱肉強食に文句でも付ける気か?」

 グルルッ。
 獣が高く喉を鳴らす。オオシロは怪訝そうに眉を潜めた瞬間に低く低く、威嚇する声の中に「誰が何時文句何か付けたんだよコラ。」と、狂気的な笑みが満ちたのを、感じ取る。

 嗚呼、同じ匂いがする。
血と享楽に溺れた獣が笑う、声がする。

 見えない瞳の中、のんびりと笑った主の中でしか見たことのない鮮やかな孔雀石が煌めいた気がした。

「…俺様は…罪人には容赦しねェ主義だからな。」

 相対した相手の毛皮が、ザワリと逆立った。
狂気に捕らわれても、どうやら同じ考えを持つらしい。
殆ど同時に、オオシロとヴォルテッドの口角が吊り上がった。皮肉な程の目に映える笑顔。ヴォルテッドの唇がグッ、と開かれて長い犬歯が除く。

「特に、男にはなァ!!」

 宣戦布告。同時に、今のバランスを地面を蹴り上げた瞬間に前に持って来て、空中で相手に右足を伸ばして跳び蹴りを放った。
が、相手も一筋縄で行く筈もなく、軽々と伸ばした腕で思い切り軌道を逸らす為に払い退ける。潤いのある紅がツヤツヤした輝きを反射させる。

 払い退けた途端に、開いている片方の手を伸ばし、爪をヴォルテッドに突き付ける。けれども串刺しになる、と予想していた長身の影はその手を左足で勢いを殺し――その際に天を仰いだオオカマキリの表情は余裕を浮かべてた物を、曇らせた。
月光に輝く黒い艶のある物体が脳内に浮かぶ。あれは、

 低く押さえた、銃音が自分の右側スレスレを掠った。仰け反った状態で、僅かに視線を右へ寄せると、一筋に天へ棚引く銀の糸、と言う様な状況が脳内に浮かぶ。更に体重を後方へ押しやり、両腕を真っ直ぐ地面に伸ばして足のバランスを宙に浮かせた。そして勢い良く跳び去り、相手との間合いを広げる。
 瞬時に跳び去り、相手の片手で無造作に握られた鈍く輝く凶器をねめつける。ツヤのあるボディに、発射された重い金属の弾丸。それを無造作に握る指輪を填めた、ゴツゴツした指が全て、一気に感覚神経へ飛び込んで来た。

「…物騒な事だな。」

「あぁ?自分の手ェ見てから言えよ。」

 血まみれで、それでも月光に美しく映えるカマキリの両手。それにも増して、色濃い色濃い罪の香り。
変わり様が無い。この香りを好む、狂酔した虎のままだ。相変わらず、変われない。今は濃厚な香水でごまかしている物の、無かったらどうなるのか。
 恐らく研ぎ澄まされた嗅覚が『自分を』嗅ぎ付けて、そして、


銃を突き付け、


               罪に罰を


 ふと、虚ろな影が差した横顔を不思議そうに『眺め』た彼は、小さく溜め息を吐いた。罪の意識に苛まれる姿は、見ていてあまり心地良いと言える場面では無い。
僅かに、火薬の匂いが鼻孔へ流れ込む。暫く相手に包帯越しの視線を投げ掛けていたら、漸く正気に戻ったらしく前を向いた気配がした。

「…まさか、あの距離で外すたァな。てめー案外身軽じゃねェかよ。」

「フン、たかが猫如きの銃弾でやられる訳がないだろう?」

「あ?誰が猫だせめて虎と呼べゴラァ。」

 グルル、と相手の喉が鳴ったのを合図に、オオシロは鮮やかに笑いを零した。
こんな風に、リヴリーと自然に会話を交わす自分が信じられない様な、そんな気がした。
今度はヴォルテッドが不思議そうに眉を寄せる番だ。微かな笑い声が月に反射して、キラリ。暫く笑いが続いた後に、囁く様な声が耳に届く。

「言っておくが…墜ちるのは簡単だぞ。」

「…あぁ?」

「這い上がるなら今の内だ、とでも警告しといてやろう。」

 色彩豊かな宝石が、潤いのある輝きを見せる。それにもまして優美な誘い文句を放ったモンスターの姿は壮観で、見惚れてしまう程神秘的だった。まるで死の神の立ち姿の様にも見えてしまう。
が、すでに返事は十分だった。

 戦闘を拒む理由など、最初から無い。


 ニヤッ、と笑って見せたヴォルテッドが地面を蹴り上げ、月に浮かんだ。
それを見上げ、オオシロは若干柔らかな笑みを浮かべた唇を月光に光らせ、拳を受け止めるべく片手を伸ばす。

 享楽に溺れたいなら来るが良い。
拒む理由など、最初からないのだから。

太陽が欠けて月がたっぷり満ちた夜にでも、来れば良い。


 墜ちる事を恐れるな、人は誰しも墜ち行くが使命さ。


武器と武器とが受け止め合う鈍い音が響いた。

 さあ、共に落ちて堕ちて!


タンゴを踊りつつ、この世の虚ろさを語り明かそうじゃないか。

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