【catch,meet.To the sea!!】
さぁ、行きましょうか。 何処に? …海に。
涼しげな音を奏でると同時に、海の幸を足元にまで運んで来てくれるのは、寄せ波。
手を伸ばせば触れられるのに、捕まえようと掬った掌からは簡単に逃れて行ってしまう。絶対に囚われてはくれない。
逆に、無音で近付いて来ては、一瞬の内に全てを奪ってしまうのは、引き波。
直ぐ足元を撫でて行くのに、捕えようと掴んだ指先からは簡単に逃げて行ってしまう。絶対に帰って来てはくれない。
海は、優しい。優しくて、残酷だ。
昼間の猛暑は何処へ行ったのやら。
月光を浴びて、煌びやかに輝く黒髪を撫でて行く潮風の心地良さに、思わず目を瞑って思い切り息を吸い込む。ただ、何時も通りの呼吸をしているだけなのに、満たされた気持ちになるのは何故だろう。
凛と、透き通った水の様な瞳を無造作に開けば、目の前に広がっている、揺らぐ風景。上弦のほっそりした月明かりに照らされて悠々と存在する景色は、見ていて懐かしい気持ちが込み上げてくる。
靴を丁寧に揃えて砂浜の端に置くと、そのミミマキムクネはゆったりと洗練された動きで砂浜に足を踏み入れた。
昼間に太陽の光をたっぷり浴びた白いビーチは、まだ仄かに温かい。一歩一歩前に進んで行く度に感じる温もりが、自然と警戒心を解いてリラックスした気持ちにしてくれる。肩の力が自然と抜けて、頬の筋肉も自然と、緩んで来た。
また一歩、と足を進めて行く。だが、今度の一歩は方向を変えて、波を打ち上げる海に近付く一歩にした。白いほっそりした足が、ゆっくりゆっくり海に向かって行き、そして、近付いた波打ち際で、突然背後を振り返った。月明かりにボンヤリと照らされた顔立ちが、美しくも疑問の表情を浮かべている。
「どうしたの?早く来なさいよ。」
疑問符が浮かんだ言葉だったが、投げ掛けられた相手からは、「どーして?」と低く呟き返される。
クス、と優美に微笑んで見せると、視線を背後の彼女に送る。疑問符に疑問符を持たれた回答を返されても、困るのはこっちなのに、と曖昧に視線を伏せる。悩ましげに見えた友人の姿に、クスリと小さな笑みを零したプリケリマは、濃淡な紫でその姿を捉えて、薄く唇を開く。
「…楽しそーだ、ね。」
「あら?そうかしら…本当は昼間に来たかったのよ?」
「それはそれは。」
「…誰かさんが、昼の海には行きたくないって駄々を捏ねたからよ?」
少々唇を尖らせて、最後の一文だけは一気に言い捨てれば、相手は戸惑った様に視線を逸らした。気まずそうに、「そんな事言われても…。」と苦々しげな返答。
してやったり、と口元だけに涼やかな笑みを浮かべたシュリラは、不意に手を伸ばして、塩辛い海水を丸めた掌の中に収めて、掬い上げた。キラキラと輝く無色透明な水が、宙を跳ねる。
足元を擽る海水が、冷たくて気持ち良い。捕らえた海水は、自分の掌の中で僅かに揺れながら、小さな月明かりをゆったりと反射し続けていた。
「…捕らわれてくれるのも一瞬だけ。」
ポツリ、と。詩の一編にも似た言葉を呟くと、シュリラは手の力を抜く。
少しの間捕らわれていた海水は、また「ぽちゃり」と柔らかな音を立てて寄せ波に混ざるが、直ぐにやって来た引き波に吸い込まれて行った。
ぱちゃり、ぽちゃり。小さな水しぶきが自分の足首を濡らして行く。懐かしい様な、磯の香りを運んで来る潮風が頬をなぞる様にして去って行く。
「…海は、残酷ね。」
「…うん?」
聞かれないように、と呟いた言葉が、背後の彼女にも聞こえてしまったらしい。
疑問の余地を残さないように、「何でも無いわ。」と首を左右に振って見せると、シュリラは海の中にもう一度足を踏み出した。水を踏んだ事で、微かな音を立てて、水面上に浮かぶ月だけが頼りなく揺らぐ。
構う事無く、水を裂く様に足を進めて行けば、塩辛い水は、直ぐにふくらはぎ近くまで達する。途中で「シュリラ。」とのんびりと呼び止める声が聞こえなかったら、月が写る場所まで進んでいたかも知れない。プリケリマの声の余韻を味わいながら、サラサラと流れる水に視線を移す。
寄せ波は捕らわれてはくれないの。引き波は帰って来てくれないの。
「シュリラ。」
風邪を引くんじゃないだろうか、と心配して掛けた二度目の声に、彼女はゆっくりと振り向く。
口元に微笑を携えて、両手でまた、水を掬い上げながら、
嗚呼、海は優しいわ。優しすぎて、無情よ。
随分と、絵になる光景だった。彼女は心を許した者にしか、感情の起伏を見せない。だからだろうか、まれに見せる優美な笑みを浮かべて、上弦の月明かりに照らされて、海に浸かりながらも悠然と微笑む。宙を跳ねた水がキラキラと反射して、波に飲まれた。
少しの間、見とれていたのかも知れない。ボンヤリした脳内でそんな事を考えたプリケリマは、失笑を漏らした。
「…少し位遊んだって、バチは当たらないわよ。」
太陽がある場所に月が、蒼がある場所に、闇が存在している。
闇とお揃いの色の髪を優雅に靡かせながら、シュリラは涼やかな視線を彼女に送りながら、先ほどと同じ言葉を口にした。
「…どうしたの?早く来なさいよ。」
キョトン、一瞬頭の中で言われた言葉を整理して、プリケリマは小さく苦笑を零した。
けれど、今度は迷う事無く素足で波打ち際に歩み寄ると、艶然と微笑んでから、友人の姿に近付いたのだった。
引き波も、寄せ波も。全てを持っている海は優しい、優しくて無情だ。
捕らわれもしないし、二度と帰っても来ないのだから。
だったら?
だったら、私は捕らえに、迎えに行こう。
海は優しい、だから、捕らえに、迎えに行っても逃げやしない。
上弦の月だけが、水面上が波打つ事に、頼りなく揺れていた。
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