【見つめる先には何がある】

何かを 見つけ出すために

「欲  人が持つ物であり、願望の一種。」

 パラリ、と捲った辞典特有の薄っすらとして、少し力を入れれば破いてしまいそうな分厚い本を眺めながら、ボンヤリとそこのページを見下ろしていた。
何とも簡素な答えな物だな。と、諦め切れないような思いを抱いて次のページを捲る。

「追記」

 有り得てはならない場所に、有り得ない物を見た。
そんな細く、目立たぬような黒のインクがその言葉の文字の意味を促すようにコンピューターが打ち出す無感情な文字で刻まれていたのだ。無意識の内にその文字を指先でなぞり続きを脳に覚え込ませるかのように、小さく呟いた。


「生まれた時に始めて抱く感情でもある。」


 雷が、落ちる。
轟音と共に黒焦げされた哀れな獲物の姿に思わず口元が笑んだ。
嗚呼、本当に下らない。下らないけどなんて面白い。喉を鳴らすように笑うと、そのピグミーは片手に下げる様に持っていた日本刀の鞘を抜いて、放った。
 狙いを定め、地面を蹴る。

 今しがた黒焦げにした骸はゆっくりと光る霧になり、空気中に溶けて行く。
それが溶けた瞬間、今まで当たり前のように骸が横たわっていた場所に、大袈裟なほど巨大な鎌を振りかざしたオオカマキリが居た。
その威嚇の様子にも、○orange○は鼻で笑うと日本刀を振り下ろそうとされている鎌の間に挟み、弾き返した。
一瞬して重心が崩される。よろめいたカマキリは大きく口を開けて、それでも自分の使命、リヴリーを食らう事に専念したようだ。鋭い牙が生え揃った口を急降下させる。

 その口に目掛けて、○orange○は日本刀を突き立てようと己の武器を構えた。その時だった。

 後ろから突如何かを飲み込む風音が響いて、その音に振り替える間もなくその小さな、でも膨大な力を持つ台風はカマキリを意図も簡単に飲み込んだ。
風の向こうから悲鳴が届く。呆気に取られてから、舌打ちをした。本来ならば自分の獲物、つまり自分がその命を葬り去っても良い者である。真剣勝負を無理矢理中断させられ、不機嫌着まわりない表情で、○orange○は後方の「/storm」を使った相手に問い掛けた。

「何のつもりだ。」

 獣が唸るような低い声が喉から零れた。奥歯をグッと噛み締めて、振り返る。
ブルーグレーの瞳が怒りを込めて睨みつけられた。毛皮のコートの裾を翻らせる風が徐々に止んでいく。それは、獲物を仕留めてしまった合図だった。
 全く、と苛立ちを隠さぬ間々、○orange○はもう一度声をかける。

「わらわの邪魔立てをするつもりか?」

 まさか、と棒読み口調で放たれた言葉が発せられた場所を頼りに、日本刀を目の前に翳す。
何時もは血塗れて、妖しげに光か輝くそれが、今日は真新しい銀の色を反射させていた。
忌々しげな思いを振り払って、○orange○は地面を蹴った。疾走しながら日本刀を上段に構え、振り下ろす。
しかし、計算されていたのか。相手の三日月形の刃が当たると同時に、衝撃を軽く受け流される。
刃は交じり合った間々。時折木々の僅かな間から覗く日光によって見えた白い肌と、艶のある黒髪。
 人物特定。大体このような事をしてくる奴も一人か二人しか思い当たらない。と、眉間に皺を寄せた状態で、○orange○は口を開いた。

「何時からそこに居た。」

「答える必要性は?」

 ないしょう?と、皮肉気に口元だけを笑ませた相手に、○orange○は己から刀に力を込めた。
弾かぬなら弾くまで、と口元を歪めたのだが、相手がふと、詰まらなそうな表情を見せたので怪訝そうに目を細めた。その時、木々がざわめき出す。次の獲物が来るという合図なんだろう。だったら早く、ともう一度掌に力を込めた。

「狩り合いでもする?」

 目の前で首を傾げられる。その口元にも笑みは刻み込まれていた。
その瞬間、剣を弾いて宙を舞う。それと同時に、木の葉が悲鳴を上げる。風が吹き荒れ始める。
天地が引っ繰り返った様な錯覚を覚えながらも、○orange○は剣を空中で振り上げた。驚きに目を見開いた状態のスズメバチが、小さく咆えた。

 飛び散った血液と肉片を浴びた日本刀がギラリ、と光る。それを無造作に振り落としてからプリケリマに向かって刀を付き付ける。そして、何ともあまやかに笑って見せた。

「今のがわらわの一匹目だ。」

 そーこなくっちゃ、と目を細めて薙刀を振り翳した相手を視界の端れで確認してから走り出す。
移り変わる風景と同時に、黒々とした葉の茂みを飛び超える。飛び越えると同時に、目を爛々と輝かせたスズメバチ、ジョロウグモ。鼻で笑うと同時に手首に巻いていた包帯に凶器とも言える爪が食い込み、解ける。
 ぱっ、と白い糸状の物が広がると同時に、○orange○は軽く舌打ちを残し、宙を巡る枝に手を伸ばした。指先が、触れる。それと同時に自身の体重を引き上げた。

 危機一髪。宙で虚しく空気を噛み締めたスズメバチが此方に睨みを利かせて大きく咆えた。
くっ、と喉の奥で笑ってから日本刀を掴む。先程の本のページに書かれていた言葉に自分が笑みを浮かべたのは他でもない。それが合っていたからだ、自分に対して。
咆えるスズメバチに向けて、大きく枝をしならせて日本刀を突き付けた。


 これが、わらわの欲だ。
自分の中の何かが呼ぶ声を頼りに、今。その欲を断ち切ろうと必死で。
その何かをこの手に掴むまで―――――!

 舞った赤に染まりながら、○orange○は小さく笑みを零す。
そして、その笑みを崩さぬまま「それ見た事か。」と睨みつける。
笑みは崩さぬまま、まだ勝負は終わりではない、と。

 その 先には、

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○yuzu○さんへ

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