見出し画像

人にのめり込む社長

先日、ある社長のお話をお聞きする機会がありました。同社長は、「自社で働けてよかったと社員に言ってもらうことを目指す」をモットーにしているそうですが、大変印象的なお話をお聞きしました。

同社様では、社員の入社時に社長が1対1で丸2日間にわたってお話をするそうです。これは、(従業員数1000人などではない、中小に当たる)同社様の規模だからできていることだとも言えますが、なかなか他社ではやっていない取り組みだと思います。その2日間の中では具体的な実務の話はほとんどなく、会社の考え方や社員の生い立ちなどについてお互いに話すのが時間のほとんどだそうです。

社員の内面に対する社長の関心は極めて高く、同2日間の中で社員の話を聞きながら社員の家系図を作るぐらいの勢いだそうです。家系図を作るのは、「仕事も含めて物事のすべては、自分が存在していることを先祖に感謝することから始まる」という信念に基づいているからだそうです。

以前、こんな出来事があったそうです。
新たに入社した社員が奥さんと不仲で悩んでいました。入社時のオリエンテーションで、奥さんの生まれた出生地について社長が尋ねました。すると、生まれた後すぐ引っ越したため、出生地と幼少期を過ごした事実上の出身地が違うという回答でした。そこで、なぜ引っ越すことになったのかと、県以下の単位(市町村レベル)で場所がどこなのかを質問したそうです。すると、「引っ越しの理由は聞いたことない。市町村は、どこと言ってたかな。。」と、ぱっと思い出せない状態だったそうです。

それを見た同社長が、スイッチが入ったとのことで、「性格の不一致だとかなんだとかいう以前に、何十年も一緒にいてそういうことすら話してもいない状態だから不仲なんだ。」と切り出し、そこからは奥さんの気持ちが乗り移ったかのような社長のお話が2日間続いたそうです。

後日同社員から、「社長の言った通り、幼少期に引っ越した理由と、出身がどこの市町村なのかを妻に聞いてみました。それをきっかけにいろいろと話しました。そしたら、「ずっと一緒にいたい」と言われました。」と報告があったそうです。それを聞いた社長は嬉しくて、その場で号泣してしまったと。夫婦仲はそんなに簡単なものでもないと思いますので、この話が他の家庭でもそのまま再現性があるとは限りませんが。

いずれにしても、ここまでのめり込むのかどうかは別として、ここまで社員の内面にも関心を持っている、このような社長のもとで働ける社員は、本当に幸せだろうと思います。ちなみに、本コラムでも時々取り上げる「ストレングスファインダー」では、同社長の最上位資質は「共感性」です。相手の気持ちに対するアンテナの感度が高く、相手のことを自分事のように思える資質が高く、それを発揮しているというのも、自然体で上記のような行動がとれることにつながっているのでしょう。

業界全体が人手不足に悩んでいる状態で、同社様も例外ではないそうです。そうした環境下にあることから、過去には採用の基準を緩めて、一定の業界内スキルを持っている人ならあまり厳しく選別せず採用を優先させた時期があったそうです。その時期には、上記のようなオリエンテーションも行われていませんでした。その結果、その時期に採用した社員はその後ほとんどが退職してしまったそうです。その経験を踏まえて、採用にこだわる方針に転換したと聞きます。そして、採用した社員を理解する場を意識的につくろうということで、上記の社長との対話が仕組み化されたというわけです。その仕組みが、社長の個性とも相まって想像以上の場になったという経緯です。

その結果、同社長によるこうしたオリエンテーションを始めて以降、入社直後の離職者は皆無になったそうです(ただし、一定期間経過後はある程度あり)。そして、入社時に社長のオリエンテーションがあるということも、理解してもらったうえで入社しているそうです。人手不足解消に時間がかかったのですが、結果的によかったと言います。

ES(従業員満足)が先か、CS(顧客満足)が先という議論を時々聞くことがあります。私は、どちらでもかまわないと考えます。お客様、社会によいものを届けて貢献するという基本軸が日々の仕事で徹底され、ぶれなければ、ES・CSのどちらが先に拠り所になっていてもよい結果につながるでしょう。

同社様の課題のひとつは、社長が象徴的な同社様の経営観・人間観について、継続的に理解を深めてもらう機会をつくることです。入社時は上記のような機会があるのですが、それ以降はそうした場がないそうです。加えて、現場管理職の指示命令や日々のマネジメントが別の価値観や考え方でなされていることがあり、「社長の話と違う」と不満を生み出しているようです。

社長と接点の多い管理職は、日々社長の話を聞いて同社様の経営観や人間観の理解を深める機会がありますが、社員はそうした機会がなかなかありません。加えて、同社様では専門職あがりの管理職が多く、社長の言葉をうまく社員に翻訳して伝えることができていないようです。こうした課題背景を受けて、管理職を中心に理念浸透を深めるための対話セッションを行っていくこと、社長が直接社員に語り掛ける機会をつくることになりました。今後も進捗を聞いてみたいと思います。

<まとめ>
相手に関心を持つと、相手との関係性が変わる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?