偉いとは思いますけど、儲からないのは折り込み済みでやってくれ

思い切り頑張ってレジ締めをしたら最速記録を更新して、横浜方面まで乗換なしで行ける電車に乗れた。
明日は地元に一日帰省で友人たちと肉を食う。
横浜までは一時間余りあるし、せっかく座れたのだからなにか書こう、と思ってパソコンを起動した。池袋あたりから人がどんどん乗ってきて、疲れた人の顔を眺めるのなんかも実は結構楽しかったりするのだけど、もったいないから今日は文章を書こう。
疲れた人の顔を眺めるなんてはしたないからやめなさい、って感じだが、その疲れにも色々あって面白い。そもそも副都心線の急行が止まるのは和光市、小竹向原、池袋、新宿三丁目、明治神宮前(原宿)、そして渋谷の六駅で、池袋まではこんな時間(夜の十時過ぎ)に和光市と小竹向原から乗ってくる人はほとんどいないが、池袋、新宿、原宿、渋谷で乗ってくる人のタイプは結構違っていて面白いのだ。

ところで今日店長から、店が移転するって話を聞かされた。下がり続ける売上に対して家賃が高すぎる、ということらしく、館側との交渉も無事決裂し、年明けに一旦店を閉めて梅雨が開ける頃に新店舗をオープンするらしい。
詳しく聞いてみるとどうやらその話は六月頃には決まっていたらしく、なあんだ俺が退職願い出す前じゃねえか、と思った。僕がすっかり嫌気が指していた頃、会社も会社で戦略的撤退へと舵を切っていたのである。
書店が潰れる場に店員として立ち会う、という経験は結構面白そうだからちょっと残ってみてもいいかなと思ったりもするけれど、別に強い思いがあって働いていた店でもなし、思い入れは無いのでそんな思いはすぐに消えてしまった。潰れるっていうか移転だしね。

しかし、閉店ではなく移転するというのを聞いたときには素直に偉いな、と思った。普通の経営者が新しくなにか事業を始めようと思った時に、紙の本屋はまっさきに候補から外される事業だ。あんなん儲からないんだから。今回は新規事業では無いけれど、移転って聞いた時は、この会社は実はパトロンなのか?と思った。文化全体に対するパトロン。
去年の夏にエアコンがぶっ壊れたときの修理費も相当に高かったはずだし(館側は一銭も出さなかったらしい)その減価償却的なことも済んでいないだろう。什器を使い回すのか新しく用意するのかは知らないけれどどちらにしろお金はかかるはずだし、採算取れるようになるまで一体何年かかるのだろう。そしてその間も紙の本を求める人はどんどん減っていくというのに……。まあ、家族経営の小さな会社で駅前にそれなりに大きなマンションをもっていてそこの家賃収入もあるし他にも一応別の方法で利益が出ているから会社自体は潰れない、みたいなこともあるんだろうけれど。結局パトロンじゃねえか!だったら売上がどうのこうのとかうるさく言うんじゃねえ!

本屋を始めてから七十年近く経つらしく、やっぱり本ってのはなんだかんだで長く継がれていくものだな、と思ったりする。僕は古い音楽が好きだけど遡れても五〇年代までだし(クラシックはあれはまた別の話です)、映画はそもそもまだ産まれていない。もちろん技術的なものもある。録音やら録画やら、そういうことができるようになったのが今から七〇年近く前というだけかもしれない。
だけど僕達は七〇年以上に書かれた本の内容に手軽にアクセスできる。しかしそれより前にあった音楽や演劇は全て伝え聞いたものでしかなく、しかもそれを伝える役目を担っているのは本だったりする。

そもそも僕たちがそういった古文やらなにやらにアクセスできるのは、多くの人がそういう情報を求めているということだ。はるか昔に作られたものの中に、現代においても全く遜色のないものがあるという証拠である。そして、果たして今の音楽や映画に、それだけの時を耐えることができる作品がどれだけあるのだろうか。
だいたい物語やら哲学やらっていうものはもう千年前二千年前ってのも全然珍しくない。それらは文字が発明されて以来様々なものに刻みつけられて語り継がれてきたわけで、そうやって考えると電子書籍っていうのは単純に活版印刷が発明された、みたいなもんだよなと思うし、少しずつ紙の本が廃れていくのもむべなるかなというのがここ数年の僕の意見である。
物語にはそれを楽しむために最適なメディアの形というものがある。確かに電子で読んでも面白くないかもしれないな、という小説はある。しかしそんなことを言い出したら綴じられた本より巻物で読んだ方が面白いものだって存在する。だけど僕達は面倒だから巻物で読んだりしない。そういうことだ。

本というメディアが無くなること、電子書籍というものがいつか全ての本を焼き尽くすこと。それはたしかに少し寂しいけれど、でもそういうもんだよな、と思う。人類はそうやって発展してきたのだ。より新しくより便利なものを作り、その過程でなにか大切なものを失い、その代わりとなるものを生み出してきたのだ。

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