ベタ

ベタという魚がいる。
タイ原産の熱帯魚で、その優美なヒレとスローな佇まいがインテリアとして人気を博してた。

私が初めて見たのは友人宅。
彼女のお母さんのもとで国語を習っていた。

私たちが使う焦げ茶のダイニングテーブルに面してあるキッチンカウンター。
その上に置かれたサボテンの真横にある小ぶりな金魚鉢。
そこにベタは住んでいた。

ほとんど動かないベタは、
大抵は身体の濃ゆい青色を水面から屈折して入る西陽によって煌めかせていた。
うちにいたでっぷりとした下品な金魚とは違って、
身体を囲うヒレの0.01mmの動きまで繊細に意図して揺らす様子を
漢字ドリルをやりながら盗みみてた。

どんな時でも、どんな瞬間でもベタは変わらず優美だった。

一人一人が詩をつくってみんなの前で発表する授業。
動かないベタの不変の美をうたった詩を読んで、

「全然何いってるかわからない。」

と友人に言われとても落ち込んだ夕方も、ベタは濃紺の身体をただ流れるままに煌めかせていた。

海をテーマにした水彩画が
コンクールで入賞して大喜びした夕方も、
ベタはヒレをただ静かに靡かせるだけだった。

友人宅に通い始めて1年ほど経った時。
いつもと変わらない一日を過ごした夕方、
ベタがいつもと違った。

濃紺の鱗の隙間に深紅の色を抱き始めていた。
ヒレをたなびかせ、煌めく姿はいつもと一緒だった。

三日後、
ベタが死んだと友人から聞いた。

あれからしばらくして、
久々に友人宅を訪れた。

キッチンカウンターには変わらずサボテンがあって、真横には水のない金魚鉢が置かれていた。


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