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ザ・リトリートセミナーin神楽坂に参加して 〜後編〜

これは前回のブログ【ザ・リトリートセミナー in 神楽坂に参加して〜前編〜】の続きになります。

学びだらけの贅沢な時間

最終日。

初日からずっと師匠(根本裕幸カウンセラー)のセッションを何本も見てきた。普段見れない師匠のカウンセリング。なんて贅沢な時間なんだと思った。

恋愛、仕事、人生、親子関係、兄弟関係、パートナーシップ、様々なシチュエーションや関係性について細かく分析、解説していた。

僕にとってはそれがもう刺激的で楽しくて、たまらない時間だった。

「あ、自立と依存だな」
「親密感の怖れでしょ?これ」
「ほうほう、受け取れない問題きたぞ」

心理学を学び始めてまだ半年しか経たない身分なのに、ヒアリングしている段階から仮説を立てて、展開や方向性を「自分だったらどうしてるか」目線で考える。そして師匠と答え合わせする。

もちろんながら、僕の仮説は見事に砕け散りまくった。

根本師匠の展開する話術や心理分析は、僕の想像を超えすぎていて”目から鱗”なんていう枠には収まらなかった。
見ている視点やアプローチの仕方、投げる質問、クライアントの反応。その一つ一つの要素から、師匠はいろんなことを想像して、感じ取るのだろう。

正直、ポカンとする時がほとんどだった。

それでも師匠は分かりやすく噛み砕いて、みんなの反応を見ながら丁寧に丁寧に説明をしてくれた。

ところどころで入れてくる冗談が、いちいちツボに入る。

深すぎる学びの連続に、脳が揺れてクラクラした。脳から漏れるぐらいのアドレナリンが出まくっていた。

根本師匠の弟子になれた奇跡を噛み締め、喜びを感じた。

そしてまた新たに気づいたことがあった。

それは僕がこのリトリートセミナーに【カウンセラー目線で参加していた】と言うことだった。

涙が出なかった理由の一つに、これが当てはまるのかもしれない。
僕の感覚は変なのかもしれない。
僕がリトリートに求めていることは、他の人たちとは違ったのかもしれない。

でも本音を話すと、癒しよりも学びが多かったのが正直な感想だ。

割合で言うと、3(癒し):7(学び)といった感じ。

でもそれでいいと思った。

それが今の自分なんだから。

メッセージ

なんだかんだあっという間に終わったリトリート。色々とあり過ぎて、頭と心の整理がつかないまま名古屋に到着、帰宅。

疲れ果てていた。

結局この3日間はなんだったのか。今後の人生にとってどう活きるのか。

それは2週間経った今でもうまく言えないし、定義することなんて到底できない。する必要もない。

リトリートが終了して数日経っても、頭痛は続いたままだった。職場でも気づけばボーッとしていたし、なんだか体が重かった。

1週間経った頃からようやく通常の自分に戻ってきた感覚。気づけば頭痛も引いていた。

リトリートが終わってから、気をつけようとしたことが一つあった。

それは何かにつけて「リトリートに行ったから」という関連付けをあまりしないように過ごしていた。なるべく日々のやるべきこと、やりたいことに意識を戻し、普段通りの生活を送ることにフォーカスしていた。

でも、だ。

そんなことを今書いたくせに、最近になって心の奥底から一つの想いが、沸々と湧き上がってきたのだ。その想いに貼られた付箋には、こんなメッセージが書かれていた。

『もうお前はカウンセラーとして踏み出すべきだ』

それを読んで、何の違和感も感じなかった。

ストンっと心に落ちてきたような。
腑に落ちる、とはまさにこのことなのか。

これがリトリートセミナーへの参加とどうリンクしているのかもわからない。でもまずは第一弾として、こんなメッセージを自分の心から頂戴した。もちろん素直に受け取った。

これからジワジワ来るのだろう。リトリートで感じたものが、現実化してくることが。潜在意識と繋がる、シンクロする瞬間みたいなものがちょこちょこ現れてくるのだろう。

期待だけじゃなく不安だってある。
希望もあれば、恐れだって。

でもそのいつくるかわからない瞬間を楽しみにしながら、今後の人生を過ごしてみたいとも思う。

あの時感じた変な頭痛も、両耳からくるキリキリした痛みも。

何かしら意味付けできる時が、いつか必ずくるのだろう。

セミナールームからの景色

夢を見るまでがリトリート

最終日の最後の挨拶、

「この3日間で潜在意識が書き換わるから、今夜は夢を見るかもしれません」

と師匠が言っていた。

それが現実になった。夢を見た。それも2つ。

1つ目の夢は、先輩カウンセラーであるヤタさんこと椙山眞伍カウンセラーが、僕の目の前で講座をしていて、僕がそれを独り占めしている光景だった。本当に不思議で、不気味な感じがした(笑)

そして2つ目。一人で野道を散歩をしていたら、逆方向から(僕に向かって)散歩してきた親子がいた。その親子が連れていた黒いブルドッグに僕は指を舐められ、懐かれていた。指を舐められている反対側の手には、なぜかハムスターを持っていて、そのハムスターを親子に渡してしばらく可愛がってもらった。ハムスターを返してもらったら、一瞬でナマケモノへと変身し、僕の右肩にくっ付いてきた。結構大きなナマケモノ。すごく可愛かった。

2つとも意味不明すぎた。理解に困った。

リトリート後の夢ってこんなもんなのか。

非現実的ともいえる夢。この夢が僕にどんな感情を湧かせるのか、何かを教えてくれるのかは不明だ。

けど、こんな夢を見ることを含めてが、リトリートセミナーのだったのかもしれない。



導かれるように参加したリトリートセミナー。

あの日参加した人はリトリートをどう見て、どう感じて、どう解釈して意味づけしていくのか。全てはその本人次第だ。

表面的にはもちろん、しばらくは生活自体も何ら変わりはないだろう。

けど、これほどまでに潜在意識に触れる時間をとったことで、目に見えない無意識層で既に何かが一皮も二皮も剥がれているはずだ。そう信じているからか、これからの自分に根拠のないワクワク感を抱いてしまう自分がいる。

ひとまず今は目の前のこと。今起きている現実に目を向けること。

心理カウンセラーとして活動すること。まずはここからだ。自分の心からもらった大切なメッセージに、素直に従ってみようと思う。

神楽坂で感じたあの時間や空間、そしてエネルギー。

またあの感覚を感じたくなった時には、参加してみたいなと思う。

人生に息詰まってなくたって、辛い時じゃなくたって、ピンときた時がご縁の時。

次はどんな頭痛を味わうのか、どんな夢を見ることになるのか。

それもそれで、楽しみでしかない。

心理カウンセラー フミ



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