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親孝行という重たい年貢【オンガク猫団コラムvol.24】

ついこないだの早朝、オフクロから電話があった。高齢の親から、出し抜けに電話があると不吉なイメージしか湧かないものだ。こんなに朝早くどうしたの?とオイラは訊く。するとオフクロは何だか口ごもる。自分から電話しておいて、全く意味が分からない。少し間を置いて、ようやくオフクロが苦々しく言葉を発する。
「お前、これから仕事行くのか?」
「うん、そうだけど、何なのこんな朝早くから電話なんてさ」
「実はね…」と言ってから少し間を開けて解釈不能な謎笑いをする。じれったいのと、仕事に行きたいのが混じりあって、オイラは用件を取り立てた。
「頼むから、早くして。会社遅れるし」

ここで、オフクロは渋々語り出す。もうかれこれ10年以上前に、誕生日プレゼントだったか、もしくは母の日にオイラが贈った腕時計が最近壊れてしまったので、新しいのをプレゼントして欲しいと言い出した。何かの急用で、腕時計が必要なのであれば、駅前の大型家電量販店があるので、そこで買えばいいのに、と告げるとココは田舎だからあまり自分の欲しいようなヤツは売っていないとか意味不明の理屈をこね出す始末。結局、精神的に子離れ出来てなくて、息子のプレゼントという形で腕時計が欲しいという親のわがままが発動したというワケだ。

無理難題な注文じゃない。腕時計の一つくらい、贈ってやることはやぶさかではないけれど、かつてオイラは、親孝行という重たい年貢のプレッシャーの下、長男は親の面倒を見なくてはならないという終身刑を宣告され続けた過去がある。様々な要因があって、刑はそこはかとなく執行猶予になり、やがて気が付くと恩赦のような形になり、オイラに課せられていた十字架は霧消したかに見えた。

けれども、多感な少年期に呪文のように、言われて続けた「親孝行の刑」の恐怖が消えたりしない。もうそのことで恨んだりすることもないけれど、プレゼントの無心とかをされると遠い昔の嫌な思い出がせぐり上がってきてしまい、非常に不快な気持ちになる。いっそのこと、漫☆画太郎先生デザインの「ババアの腕時計」(文字盤にババアの顔があり、鼻毛が秒針になっている)でも贈ってやろうかな、というナイスな悪知恵が浮かぶ。けれどもその考えは、一瞬で消えた。だって「ババアの腕時計」はオイラが欲しいくらいで、人にあげるなんて、超もったいない、と思ったからだ。

今日は、息抜きに猫のいるカフェにランチに行った。色々と煮詰まることがあり、頭が煮ッツマングローブになっていた。その店は、看板猫がいることで有名で平日にも関わらずお客で盛況だった。看板猫は、幸運にもオイラが案内されたボックス席の向かい席にデンと横たわり、しばらくスフィンクスのようにじっとしていたので、猫を見ながらカフェ飯を食べることができた。こいつぁ春から「猫見」と洒落こんだという次第。まあそんな感じで少し元気を取り戻してから、西新宿の某家電量販店へオフクロの時計を探しに出かけたのだ。

以前頻繁に遊びに来ていた街に、何かの用事で久しぶりに訪ねると何ともいえない気分になることがある。頻繁に訪れていた頃と同じ空気感が色濃く残りながらも街は少しずつ変化していて、自分の知らないその差分がやけに他人行儀に映って、荒涼たる心境にさせられてしまうことって、ないだろうか。今日の西新宿もそんな感じがした。居心地の悪い同窓会に、無理やり連れてこられたような気分に近い。同窓会ってのは、得てして会いたくない人がいるんじゃないかと思うけど、それってオイラだけかな。歳を重ねて、会いたくない人の嫌な部分が少なくなっていても何だか鬱陶しいものだし、むしろ歳を重ねてその嫌な部分が高度に先鋭化している可能性もある。故にオイラは大規模な同窓会は苦手なんである。

さて、家電量販店にやってきてオフクロの好きそうな腕時計を見繕ってみた。安物の時計だったけど、包装をしてもらうとなんだか恰好がつくから不思議だ。善は急げということで、クッション付きのハトロン紙の封筒を世界堂で購入して、特にメッセージも入れずに新宿郵便局で郵送手続きをした。腕時計を封筒に詰める時、オイラはふと閃いた。あんなに早朝に時計を無心したのは、ひょっとしたら『私にはもうそんなに時間はないのよ』というシグナルか、深層心理のメタファーだったのではいか、という考えが去来したのである。いずれにせよ、腕時計が初期不良でないことを祈るばかりだ。

新宿郵便局を出ると、気持ちが軽くなったこともあるけど、かえって気が重くなったこともある。新宿で野暮用を済ませた後、方替えしようと思い立ち、かねてから立ち寄りたいと思っていたFikaに行き、復活祭の直前に食べる習慣があるという、セムラという北欧のお菓子を買って帰った。家に帰ってワイフと一緒に食べた。どこか懐かしくてエキゾチックな味がした。こういうひな祭りも悪くないのかも知れないな。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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