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愛猫から『コントロールできないこと』を学んだ話

(このnoteは2分で読めます。約1,800文字)
私は3歳の猫を飼っています。名前はフレディ。ノルウェージャン・フォレスト・キャットという長毛の猫ちゃんです。3年前のある日、お台場のペットショップで出会いお家にお迎えすることになりました。

3年が経過し、愛猫からはいろいろなことを学ばせてもらっています。一番大きな学びが『コントロールできないこと』です。

このnoteでは、愛猫から学んだ『コントロールできないこと』について書きます。

✅1、お台場でフレディと出会う

たまたまお台場に出かけたときに、アクアシティお台場の中にあるペットショップに訪れました。そこにまだ生後数か月のフレディがいました。とても元気な子猫で、抱っこしたときの可愛さはそれはもうたまりませんでした。

『この子を飼いたい!』という思いが強く生まれたのですが、値段がとても高く、社会人になりたての私に出せる金額ではありませんでした。

それでも、フレディをあきらめることができず何度かペットショップに通いました。当時いらっしゃったペットショップの店員さんと数回にわたり値段交渉もしました。最終的には店員さんが気を遣ってくださり、手の届く金額に変更してくれました。フレディをお迎えすることになったのです。

『この子と一緒に暮らしたい!』という思いと、お迎えするまでの大変さもあり、お迎えをしたときの嬉しさは計り知れませんでした。


✅2、フレディはコントロールできない!

やっとの思いでお出迎えできたフレディを『大切に育てたい!』という思いから、いろいろなおもちゃを買い与えました。

気持ちよく眠れるようにふかふかのベットを購入したり、自動で動く羽のついたおもちゃを購入したりもしました。しかし、フレディは全然ベットで寝てくれませんし、おもちゃで遊んでくれませんでした。

購入したそこそこの値段がするものではなく、Amazonの段ボールやリボンなどを好みました。Amazonから届いた荷物を開封して、段ボールをそのまま出しておくと、いつの間にかその中に入って寝ているのです。その場所が気に入りすぎて数日間段ボールを捨てることができない、なんてこともありました。

また、リボンで包装されているものをフレディの前に置くと、リボンを噛んだりして遊び始めます。リボンを振り回してあげると、喜んでそれを追いかけます。

私が意図している方向にフレディは向かいません。フレディはコントロールできないのです。

他にも、おトイレする時間をコントロールできない、というのもあります。仕事で日中家を空けなければならないとき、できれば出勤する前の朝におトイレをしてほしいと思います。しかし、出勤しなければならない時間になってもおトイレをしてくれません。

仕方なく出社し、仕事が終わって帰宅すると家の中をおトイレの臭いが充満しているなんてこともあります。当然ですが、おトイレをする時間を私がコントロールすることなどできません。

このように、フレディはコントロールできないのです。


✅3、世の中は『コントロールできないこと』で溢れている

私はフレディを通して『コントロールできないこと』を体感しましたが、世の中は『コントロールできないこと』で溢れています。対猫の場合は、そもそも言葉が通じないため、『コントロールできないこと』をあきらめることができます。

しかし、対人の場合は言葉が通じるがゆえに本来は『コントロールできない』ことを、あたかもコントロールできると錯覚することがあると思います。例えば、他人の考えはそもそもコントロールすることができないにも関わらず、『論理的に正しいことを言えば、相手も考えを変えてくれるはず。』と思ってしまうことがあります。

馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできないのです。それは『コントロールできないこと』なのです。

言葉が通じないペットなどを飼うことは、そもそも世の中は『コントロールできないこと』で溢れているということを教えてくれます。


✅4、まとめ

我が愛猫との出会いから書き始め、『コントロールできないこと』と思うことについて書きました。『コントロールできないこと』は世の中に溢れています。もしかしたら、それに気が付くきっかけは動物と接することかもしれません。

では、『コントロールでいないこと』に対してどう対処したら良いのでしょうか。過去noteを書いていますので、よろしければ、そちらも読んでみてください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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