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和平交渉の矛盾

違和感

露とウクライナの和平交渉を見て、どうしても不に落ちないことはある。

まず、露のプーチン大統領は2014年当初からユーロマイダンの結果国の支配権を握ったウクライナ政府は不法だと主張している。最近も同じことを繰り返している。ラブロフ外相の主張も同様。また、今回の露の『特別軍事作戦』の目的の一つとして掲げられているのは『ウクライナの非ナチ化』なのだ。現ウクライナ政府を始め、同国内のナチ化が深刻な状態となっていると露が主張している。そして、そもそもこの『特別軍事作戦』が始まるまでに、露が安全保障条約を締結しようとしていたのはウクライナではなくNATOだった。つまり、露がウクライナを相手だと思っていない筈だった。これらを踏まえると、ウクライナとの和平交渉の位置づけを正確に理解すると同時に、この和平交渉で誰が得するか、どんな得をするのかついて考えてみたい。

露国内の敵

2021年12月23日に実施された、恒例の露大統領の拡大記者会見でプーチン大統領がオットー・フォン・ビスマルクの『露と戦って勝利できない、露は内部からしか崩壊できない』という名言を口にした。近代史からみても、ソ連が崩壊したのは直接対決なのではなくやはり内部からの(所謂『第五列』による)ものだったと認めざるを得ない。ソ連崩壊後の1990年代、事実上主権を失った露は、資源の民営化(国外資本化)を始め、国際舞台での立場もほぼなくなっていた。皮肉なことに、そんな時代を『聖なる90年代』と称する輩(エリツィン元大統領の夫人の提案)。

 では、露の崩壊と『聖なる90年代』の再到来を狙う内部勢力とはいったい何者か?
一人ひとりの来歴等を語り始めるとこの話しが永遠に終わらないので、代表的なメンバーを数名へハイライトしておきたい。これだけで、露の内部からの崩壊を狙う勢力のポテンシャルを想像できる筈。

  1.  アントン・シルアノフ 財務相
    先週、露国会議員から、財務相の辞任を求める声が上がり始めた。その理由(の一つ)は、昨年末既に米露関係の危機的な近未来が見えていた段階で、財務省が対策を打たなかったどころか、国外蓄財を増やしたことだと言われている。シルアノフ氏が目を付けられ始めたのは、最近のことではない。2020年、ミハイル・ミシュスチン氏が首相に就任するや否や、シルアノフ氏の守備範囲をかなり狭めた。シルアノフ氏は、単純に公費の横領と思われる行為から、大統領令を無視する等、明らかにプーチン大統領を引きずり下ろす努力を絶やさず進めている。

  2. エルヴィーラ・ナビウーリナ 露中央銀行総裁
    ナビウーリナ氏の経歴が面白い。当然、露中央銀行にとって初の女性総裁。しかし、博士課程の頃、同大学の(当時既婚者で、子供を2人持っていた)教授(現在は夫)と子供を授かり、結婚するものの教授の夫が転職を余儀なくされる。当時所属していた共産党からも厳しく叩かれる。が、運よくソ連が崩壊し、経済に対してリベラルな思考を持っていたナビウーリナと夫(ちなみに、ヤロスラフ・クジミノフという。そして、露国会議員で同氏があのソロスと繋がっていると主張している人もいる)のキャリアがうなぎ登り状態に一変。経済復興大臣時代の高級家具等への拘りも有名。しかし、最も厄介なのは同氏の金融政策なのだ。就任当初から露産業を潰しにかかっているではと思われる程の政策ばかりだったが、最近話題になっているのは西側からの制裁を目の当たりにして尚利率を約2倍(結果20%)に引き上げたことだ。しかし、任期満了を迎えようとしていたナビウーリナ氏の中央銀行総裁に再登用に向けて、プーチン氏が露国会への打診をした

  3. セルゲイ・ナルィシュキン 露対外情報庁
    急遽生中継されることになったドンバス2か国の主権を認めるか否かを決める露国家安全委員会会合の場でのナルィシュキン氏の対応(パニック状態)が露国内でかなりの波紋を呼んだ。焦ったあまりのナルィシュキン氏『ドンバス2か国の露併合に賛成だ』と発言。後に訂正し『主権を認めることに賛成』としたが、口を滑らせたのではないかと、未だ露のネット界隈がざわついている。
    ナルィシュキン氏について述べておかないといけないのは、同氏がまずは縁の下の力持ち、やがてはプーチンの座を狙っているという噂が流れ始めたのは数年前で、有名なところではナヴァルヌィー氏の毒殺未遂。また、ナルィシュキン夫妻は2018年、リヒテンシュタインの投資会社経由での資金投入でハンガリーの永住権(所謂、黄金のビザ)を取得しようとしていた。つまりナルィシュキン氏は、西側にもプーチンにもいい顔をしながら状況変化にすぐに反応できる準備を図ろうとしているのではないかと思える。

  4. その他
    ドミートリ・メドベージェフ 露安全保障委員会 副会長
    ドミートリ・ペスコフ 露大統領事務副長 大統領報道官
    タチヤーナ・ゴリコワ 露副首相
    アレクサンダー・ノヴァック 露副首相(エネルギ担当)
    ミハイル・ムラシュコ 健康保険相 等々

ここではあくまで政府関係者にとどめているが、軍の司令官層から文化人まで幅広く、反プーチンと見せかけて実は反露の動きをとっている人が多い。

プーチンの狙い

憶測になるが、プーチンは独自で政府関係者を選ぶほどの権利を所持していない。これが一つめ。二つ目は、誰が『裏切り者』なのかは、最も分かっているのはプーチンの筈。従って、押し付けられた候補者と上手く付き合っていながらも、自分の命を守るのも然ることながら露のための働きをしないといけない。上述の国家安全委員会会合も突然生中継されることになったのは、プーチン氏の連帯責任狙いなのではないかと思える。この様な状況は露に限らず、大なり小なりどの国でもある話しだが、露は特に色が濃いと考える。
これも憶測だが、プーチンが未だ始末されていないもう一つの理由は、国民からの絶大な支持なのではないかと考える。先日のルジニキ・スタジアムを見た世間が(一年以上前に辞任している筈の米トランプ大統領の演説に集まる大衆を思い出し)少しずつ今まで味方を変えてくるのではと幽かに期待している。
一方、やはりそのプーチン大統領を、いや、露そのものを内部から崩壊させようとしている勢力も必死だろう。プーチンの思惑通りに物事が進むと、全員責任取らされ、過去の犯罪も暴かれる可能性があるからだ(いつか気が向いたらこの辺も少し詳しくまとめたい)。故に、露のウクライナでの特別軍事作戦においても、情報発信においても時折見える矛盾(決して軽視できない)が相次いでいるのではないかと考えている。冒頭の『和平交渉』もその一つだと見ている。あれだけ、大統領として認めないゼレンスキーと今の時点で、同じテーブルに座らせ、交渉させることで、一般国民にはプーチンが矛盾だらけに見えるだろうし、国外からはプーチンの負けに見えるだろう。つまり、ウクライナ政府と交渉するということは、その政府を認めることになる。ナチ化していると言ってきただけに、その政府と交渉すると、ナチと交渉したのではとみられる。言葉が悪くて申し訳ないが、プーチンがはめられかけている。これは露対ウクライナというよりも露国内(反露勢力のバックについている国外勢力・資金含む)に繰り広げられている戦いだと、ほぼ確信している。3月21日時点では、クレムリンの方からでた『会う用はない』というコメントを見て、今のところ、プーチン大統領が戦えているのではないかと見ている。そして勝てたら、同氏が間違いなく世界を変えるだろう(いいか悪いか別として)。

最後に

今回の投稿の前半に露のプーチン大統領がオットー・フォン・ビスマルクの名言を使ったエピソードを紹介した。終わりにも、同じくビスマルク氏の名言を加えたい。『政治の秘訣?露との良い平和条約を結ぶことさ』。昨年の暮れは、西側にとって露との良い平和条約を結ぶ最後のチャンスだった。そして西側はそのチャンスをものにしなかった。戦争は遥か昔からビジネスになっていることは言うまでもないが、きわめて危険なビジネスであることも忘れてはならない。

 今日はここまで。

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