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つまらない勉強を継続する方法

さて、何かを継続するというのは難しいモノです。

私も最近、ちょっとイキって統計検定1級の勉強をはじめましたが、やっぱり続かない。

もちろん統計検定の1級が取れたら、良い所に転職できたり、年収が上がったして、良いことは多いかと思います。

そんなことはムチャクチャ分かってます、でも続かない。

ではなぜ続かないのかというと、それはきっと「評価される」機会がないからだと思います。

「評価される」ことは好きか嫌いか

さて多くの人から「評価されることは嫌い」という言葉を聞きますね。

でも本当にそうでしょうか。

例えば生きていく中で避けて通れないのが就活。就活では学歴や性格、思想など自分という人間が評価されまくります。

そんな就活を「楽しい」とか「もう1回やりたい」なんて思う人は少ないでしょう。

ですが、自分の行きたい会社に対して自己PRやガクチカを全力で書いて応募をした後、「選考結果が楽しみ」だと思うことが結構あったかと思います。

それこそ書類選考を通過したかどうか、面接で合格したかどうか、気になって眠れないことがあります(面接結果が気になりすぎて、合格電話の受け答えを練習してました)。

でもその時感じた「気になる」というのは、ちょっとワクワクに近い感覚だったと思います。

「受かったかな、落ちたかな」とか、「あの質問にこう答えたのは悪かったかも」なんて思いながら、評価されるのをワクワクしていました。

これが多くの人に当てはまるとすれば、やっぱり評価されるというのはワクワクを感じる機会で、あまり嫌いではないように思います。

「評価されたい」という原動力

さてiPhoneが生まれたのは、「スティーブ・ジョブズがいたからだ」という言葉をよく聞きます。

たしかにスティーブ・ジョブズは社長としてAppleを牽引してきました。

ジョブズ(Jobs)という名の通り、私が編み出した「グッジョブズ」という言葉も大活躍するほど影響力があります(この言葉で場がキンキンに冷えた経験がありますが、これは完全にジョブズのせいです

しかし、本当に評価されるべきはスティーブ・ウォズニアックの方ですね。

最近は書籍やAppleの記事なんかでも「ウォズニアック万歳」の記事を見たりしますが、この人はほぼ一人でAppleⅠを開発した天才です。

なんじゃこれ

反対にスティーブ・ジョブズがしたことはほぼブランドデザイナーみたいなものですね。

じゃあウォズニアックはなぜAppleを開発できたのでしょうか。

その理由は上流を辿ると、「評価されたかったから」ということを公表しています。

じゃあちょっとこの根拠を見てみましょうか。

『仕事は楽しいかね?』という本の中にスティーブ・ウォズニアックについてこんな話があります。

「彼は世界を変えたかったわけでも、大企業のトップになりたかったわけでもなかった。それ以前──ついでだけど、そんなに前じゃない。七〇年代の半ばくらいだ──には、ホーム・コンピューターというのは、自分で道具を集めて組み立てるものしかなくてね。エンジニアだったウォズニアックもアップル・コンピューターというのを組み立てて、自家製コンピューター・クラブの仲間に見せた。大きな目標なんかない。ただ自慢げに見せただけ。

デイル・ドーテン. 仕事は楽しいかね? (きこ書房) (pp.35-36). KIKOSHOBO. Kindle 版.

つまり彼は「自慢げに見せたい」がために、より良いコンピュータを開発していたということです。

また他の記事では、「エンジニアとして尊敬されたい」ということを語っています。

とにかく私の目標は、正直なところ、産業を興すことではありませんでした。会社を興すためでもありません。

バークレー校出身の人々のような頭脳を持つ他のエンジニアが私の肩越しに、私が作ったものを見て、エンジニアとして尊敬し、「おっ、どうやってあんなことを考えたんだろう?」と言ってもらえるようになることです。

「カリフォルニア大学バークレー校2023卒業式スピーチ スティーブ・ウォズニアック氏」https://logmi.jp/business/articles/328910

この発言から見るに、ウォズニアック氏は「同業者から認められたい、評価されたい」という思いがあったからこそ、ここまでコンピューター開発を続けられたのではと思います。

英語の勉強を続けられたのはなぜか

今まで話してきた「自慢をする」「評価をされたい」という思いの原動力について、私の経験も語っておきます。

私は昔から英語だけはなぜか勉強を続けられました。

特に英語が好きなわけでも、英語を使わなければ死ぬといった状況でもありません。

でも他の教科や科目よりもなぜか苦ではありませんでした(まあ英語は『手段』なので『目的』と化すのは間違っていますが)。

正直言うとなぜ続けられたのか、いまでも不思議に思います。

別に私は海外で働きたいなんて1ミクロンも思ってませんし、使う場面なんて想像もしてません。

ただ、いま振り返ってみると、過去に「英語で論文が読めるのってカッコいいよな」と友人が言っていたことが始まりだと思います。

その言葉を聞いた純粋無垢で筋斗雲(きんとうん)にも一発で乗れちゃうような私は、「確かにカッコいいよなぁ」なんて真に受けていました。

そこから「カッコいいと思ってもらいたい、認めて欲しい」という思いが原動力になっていましたね。

また他にも、大学では「TOEICで○○点以上取れば受験料が返ってくる」とか、「○○点以上取れば金一封がもらえる」などの制度もあり、これらもモチベーションに繋がっていました。

たった「友人に評価される」ということだけで、こんなにも継続できるものなのか、いま思うと驚きです。

継続するための戦略

さて、今回の話を再現性があるように書き換えてみます。まあ簡単に言うとモチベーションの上げ方ですね。

例えば、資格を取得するといった目標を立てたとします。

この資格を取れることで年収がアップしたり、良い所へ転職ができたりなど、人によってそれぞれ動機があると思います。

しかし試験まで何カ月も時間があったり、それまでずっと勉強を続けるというのはやはり難しい。

「あ、楽しくない」と思って、パタンと辞めてしまうのがオチです。

じゃあ継続するためにはどうしたらいいのかというと、「評価されること」を積極的に取り入れるべきですね

よくあるのは問題集ですね。勉強した箇所だけ問題集で解いて、自分で自分を評価する。

問題集が無いときは、自分でテストを作成して、問題を解いて何点取れたか評価する。(テスト作るなら「テストメーカー」が便利です)

それこそnoteで同じ資格勉強している人を探して、相互フォローして励まし合うとか。

案外、勉強の内容というよりも、そのモチベーションを維持するための方法をまずは構築した方が良いと思います。

noteやブログなんかでも一緒です。

書いた記事が面白いと言われる、いいねが付く、誰かに紹介してもらえる、それだけで「次なに書こうかな」と自然に思うようになります。

そのためにはまず見てもらう、露出だけで見るとnoteならマガジンに入る、ブログならSNS宣伝がベストですね。

このようになるべく評価される環境に置くことで、「もっと頑張ろう」とか「次の記事にはどんな評価がもらえるんだろう」なんて楽しみになってきます。

さいごに

「能ある鷹は爪を隠す」ということわざがありますね。

能力のある人間はそれをひけらかすなと言う意味で使われます。

なんなら謙虚になれと言う意味で使われることも多いですよね。

でもそんなものはクソくらえです。

きっとその鷹は爪を隠しつつも獲物を獲る時はしっかり爪を出してるはずです。

自慢する人間はうざいですが、でも自慢できるスキルがあることは紛れもない事実。

できるだけ謙虚かつ大胆にアピールした方が人生は得です。

おわり

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