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私が本を読む理由 壁と卵、2つの原子力事故から

「高く堅牢な壁とそれにぶつかって砕ける卵の間で、私はどんな場合でも卵の側につきます。そうです。壁がどれほど正しくても、卵がどれほど間違っていても、私は卵の味方です。」
(Between a high solid wall and a small egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg. Yes, no matter how right the wall may be, how wrong the egg, I will be standing with the egg.)

エルサレム賞受賞式での作家・村上春樹のスピーチを、覚えているだろうか。2009年のことだから、もう10年も前になる。
なかでも有名になった「壁と卵」のたとえにおいて、最も興味深いのは、「壁がどれほど正しくても、卵がどれほど間違っていても」のフレーズだ。彼は作家として、正しい側に立つことではなく、弱い方に寄り添うことを選んだ。
文学とは、物語とは、世界の正しさを説くのではなく人間の弱さを許容するものだと、私は考える。彼の小説やエッセイの中でも、歪なシステムと揺蕩(たゆた)う個人とが、何度も形を変えて描かれる。

福島原発で揺らいだ「壁」の正しさ

2011年3月11日の福島第二原発事故。あの日、私たちは、これまで信じていた「正しさ」あるいは「正しいと見なされて来たもの」が、そうではなかったことを思い知らされた。「壁」とはシステム、原発はまさに大きなシステムだ。
もっとも、何度も「壁」の存在を問われてきたものではあった。勇気ある当事者やメディアによって、何度も「卵」の犠牲を意識された問題でもあった。しかし結果的に原発は、多くの「卵」のふるさとを破壊し、不特定の「卵」の希望や希望を奪った。
それでもなお、彼らは「想定外」だったと主張する。いかにも壁はいつだって正しくあったと言う。ここで疑問を覚える。彼らとは何者か?誰のための「壁」か?と。

20年前の「想定外」に関する個人的感傷

さらに遡り、1999年9月30日、東海村JCO臨界事故。
JCOの親会社に勤めていた父は、事件後、対応に追われ、ほぼ家に帰らない日が続いた。事故から83日目、東大病院のスペシャルチームによる“日本初の被ばく医療”の尽力もおよばず、作業者の一人が亡くなった。「大内さん、だめだった」。父が母に告げる声は、ひどく弱々しかった。葬儀には参列させてもらえなかったという。加害者側となった父の部屋には、原子力関連の本が増えた。やるせなさを父なりに理解したかったのだろう。私も子どもながらに隠れてこっそり読んだが、何が悪いのか、誰のせいか、わからなかった。ただ、得体の知れない無力感が残った。今日の東電にも、同じことを思う。
臨界の可能性を知らされずにバケツで作業をしていた、20年前の「想定外」。2人の作業者の死と667人市民の被ばくを経験しながらも、私たちは3.11を迎えた。「壁」の正しさを蹂躙する要素は、いつの時代もどこの国でも、果敢にぶつかっても空しく割れるだけなのか。

壁と卵、システムと私


奇しくも私自身、新卒で入社した電機メーカーの研修期間、東海村の隣駅に住むことになった。日立市やひたちなか市への吸収合併が進む中、東海村だけは自治体として残っている事実に、日本原子力研究開発機構の力を知った。立ち入り禁止の区域が多いのも、妙に明るい看板の標語も、印象的だった。
勤務先の工場には、原発関連の部門もあった。関係者以外立ち入り禁止の場内、原発に納める製品の作業区画は、さらに注意喚起する黄色いテープで区切られていた。原発の案件は予算が大きく、おもに“院卒のエリート”が担当した。
営業として初めて担当した大きな仕事は、福島県某所の太陽光発電所に入れる発電機の受注案件。被ばくで使い物にならなくなった農地をつぶし、発電所にするという。案件にかかわる大企業の計画書には、なぜか“希望”の文脈が使われていた。
どんなに卵が犠牲になっても、やはり壁は堅固だった。そして私も、いつのまにか、壁にぶつかる側ではなく壁に食べさせてもらう立場となっていた。

最後に少し、私が本を読む理由

長い文章になってしまった。
私だって、卵の側でいたい。しかし、いつのまにか、大学に、会社に、経済に、政治に、飲み込まれそうになる。壁に擁護され、あるいは、壁を無視し、それが落とす影にも無自覚となる。しかし、子ども向けアニメの唄ではないが、「そんなのは嫌だ!」なのである。
正しさを振りかざすのではなく、間違いを糾弾するでもなく、弱さを認められる人でありたいと思い、私は今日も本を読む。作家ではないから、読者としてできる範囲で文学というものを嗜む。なぜなら、弱さを内報することこそ、物語に与えられた唯一無二の可能性だと信じるからだ。

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