芋出し画像

狌人

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 その女は二十䞉時過ぎに仔銬にやっおくる。

 初めおその立ち姿を芋た者は、䞀瞥しお長身のしなやかさず頭の小ささずにたず釘付けになる。テレビに出おいる人かず、乏しい蚘憶をたどる。自身をかえりみお、これでも同じ人間かず男も女もちょっず卑屈な思いにさせられる。しかしなんでたた、こんな矎人が、いた時分、こんなずころに。

 背なを芆う黒髪には緩くりェヌブがかかり、グレヌのメッシュが入るず芋えるが、案倖癜髪かもずは口さがない酔客のひずり。あのモスグリヌンのロングコヌトにしおも、モノは良さそうだが、袖や裟にほ぀れが芋える。化粧気なくおあの芋映えだから、か぀おはモデルか金持ちの二号か、そんなずころだろうが、いたや萜ち目ずオレには芋えるけどな。

 女が座るのは、店の奥のテヌブル垭。その時間、垞連客はカりンタヌに背を䞊べるから、テヌブル垭は䞀芋客ず決たっおいる。コヌトを脱ぎ、カシミアの赀いマフラヌをほどくず、ゆったりした黒のモヘアのセヌタヌが珟れる。こちらは着叀した感じはしない。この店に唯䞀眮いおあるシングルモルトアむラ産をロックで泚文するず、黒のヌメ革のオヌバルショルダヌから文庫本を取り出しお繰り始める。早々に結界を匵る具合だ。カりンタヌの酔客は興味接々だが、女は赀の革カバヌをかけおいお、本のタむトルすら明かさない。

 コヌナヌに眮かれたオヌクのサむドテヌブルに安物の䞞いレヌスのプレヌスマットが敷かれ、その䞊にこれたた廉䟡な緑のバンカヌランプが灯るのだが、それを背光に女が本を読み始めるず、埃ず黎にたみれた店内が、映画のセットのように玠敵に泥んでくる。
 あずから店に立ち寄るほろ酔い客は、それが女の存圚感によるずは぀ゆ思わずに、ママ、暡様替えしたの、ず真顔で蚊いた。

 女はさしお長居はしない。零時を回るより前に垭を立぀。支払いを枈たせ、䞀瀌しお店を出る。
 ありがずね。たたいらしお。
 にこやかに芋送る仔銬のママだが、その声はどこかよそよそしい。お愛想ひず぀いわない。だから、平生なら䞀芋客を軜くいじる垞連客らも、黙っお知らぬふりするほかない。
 女が去ったあずには、なんずもいい銙りがあたりに挂った。

 日付を跚いでしばらくもしないで、客らは今床は男の䜎いくぐもった声を聞く。背埌で䞍意打ちを喰らう按配で、止たり朚の䞀人二人、初めおでもあるたいに、跳ね䞊がらんばかりに吃驚する。それを呚囲に笑われながら、憮然ずしお振り返る。
 黒革のハンチングを小脇に立っお、誰圌に頭を䞋げるのは、店の調理堎を仕切る短髪胡麻塩頭の倧男で、これが垰りぎわの挚拶をしようずいうのである。ゲンさん、ず呌ばれおいた。
 男を芋送っおから、客のひずりがいう。
「音もなくうしろに立぀の、いい加枛やめおほしいよね。どのみちカタギじゃねぇな、ありゃ」

 店の看板は衚向きは零時。しかし零時を過ぎおからが仔銬のほんずうの顔である。この頃では、平日でも二時過ぎたで、垞連客の誰かが根を䞋ろしおいた。
 本日止たり朚には客は四人。平日非番か昌過ぎから出の仕事で、いずれも倜族である。
「あの女、結構来おんの」
「ううん、今日で五回かな。いや、䞀々数えおるわけじゃないよ。ただ、ちょっず気になるこずがあっお、調べおみたの。あたし日蚘぀けおるから」
「やだ、ママ、悪趣味。この店来るの、やめるわ」
「もう遅いわよ。でね、八月は二回来おお、九月、十月ず月末に䞀回ず぀来おる。で、今日が十䞀月二十䞃日  っお、もう二十八日か。これヒント。わかる」
「わかった。絊料日。぀たりふ぀うの䌚瀟員っおこず」
「䌚瀟員なら八月に絊料二回もらわないでしょ」
「八月はい぀来おる」
「さすがトクさん、いい質問。八月二日がお初で、䞉十䞀日が二回目」
「なるほど。満月の倜か。八月はスヌパヌブルヌムヌンで、満月が二回あった」
「ご名答。䞀杯奢るゥ」
「なら、シングルモルト」
「やだ、アレ、狌女なの」
「そうかもよ」
「毛深いわけか」
「やめおよ、シモの話は」
「どこがよ」
 い぀もながらの“䞍毛“な第二倜の開挔。ずころがトクさんず呌ばれた叀株がふいに黙り蟌んだものだから、具合悪いの、眠いの、なにかあったの  ず、やいのやいの䞀座がせっ぀いた。重い口が開く。
「いやね、オレ、いた、思い出しちゃったのよ。これ、いっおいいのか、悪いのか  」
「なによ、もったいぶっお」
「どうしたの」
「オレ、栄江町でしょ」
 栄江町ずは、駅の反察偎の旧道沿いの地名。トクさんはその界隈の䜏人で、独り身ずいうのが皆の理解である。
「ラブホが二棟䞊んでる䞀角があるでしょ。あの向かいに公園がある」
「最近、玠人の若い立ちんがが、結構立っおる」
「そう。あそこ、垰るさ通りかかるんで、酔い芚たしに寄るこずがあんのよ。もちろん、ベンチで涌むだけよ」
「たたたた。おさかんで」
 しかしトクさんはクスリずも笑わない。
「埀来ずのきわに櫟やら抎やらの倧暹が鬱蒌ずしおいるから、それがちょうどいい具合の目隠しになっおね、人の出入りを芳察できちゃうわけ。そうするず、時々知った顔が珟れる」
 これがトクさんの底意地の悪い返しで、ニダリず笑うが、今床は客もママも、誰䞀人応じない。やがお誰圌の顔に、怒ったような面盞が剥いた。
「それこそ、悪趣味ず眵られそうだが、こちずらゞゞィで達芳しおおりたすからな、いいこずいいこずっお、䞋界を芋䞋ろす心地。たァ、この頃では酒を過ごすなんお、滅倚にありたせんから、今幎はそんなこず、倏の䞀床きりですよ。でね、その晩、オレ、ゲンさんを芋たんだよ」
「いいじゃない、誰がどこでなにをしようず」
 憮然ずしおいっお、ママは手元の汚れ物を掗い始める。
「もちろん。だからオレは黙っおたし、なんなら忘れおたんだ。それが、狌女の䞀語で思い出した」
「え、たさか、連れは、さっきの」
「女の顔は芋おいない」
「じゃあ、なんなのよ」
「あのずきも、立ちんがが䜕人か朚陰に寄っおたな。スマホをしきりず芋おるから、暗闇に䞋を向いた顔ががうっず浮いお芋える。いやそれにしおも、明る過ぎやしないかず蚝っお、顔を䞊げたら満月が䞭倩より西にこがれかかっおいた。そう、あの晩は満月だったんですよ」
 奢りのシングルモルトが目の前に差し出され、軜く䌚釈をしおからトクさんはそれを目の前にかざし、光に透けた琥珀を愛でおから、ちろりず嘗めた。
「酔いもいい加枛に芚めお、垰ろうずした、するず、匷烈な獣臭が錻を぀いた。動物園で嗅ぐような。ギョッずしお芋回すず、ラブホの出入りの隠しから、こちらが仰け反るほど倧きな犬が立お続けに二頭珟れお、すぐさた建物ず建物の隙間に消えた。いや、あれも、この頃深酒しお芋る倢たがろしくらいに思っおじき忘れたんだったが、いた聞いお、あれは犬なんかじゃなく、狌だったんじゃないかず思い出したんだよ。公園の立ちんがはスマホに倢䞭で、誰ひずり蚌人のないこずだけど」


🌓


 あの晩、四人いた垞連客のうちの䞀等若いのが、トクさんのした話にのちのちたでこだわった。垞連ずはいっおも、週に䞀床か二床、顔を出す皋床で、来るのが二十䞉時を回るのは、誰知ろう、きたっお颚俗で抜いたあずだったからである。店では陰で「青二才」ず呌ばれるこの男、人知れずある蚈画を立おたもので、あずは酔いの加枛に背を抌されるのを埅぀ばかりずなっおいた。
 その倜、男はカりンタヌの端に座り぀いお、爪のあいだをずきおり嗅ぎながら、焌酎のお湯割りをちびちびやっおいた。日付を跚いでたもない時刻、ゲンさんに背埌を取られ、たたもや䞍芚にも驚かされる。
「アンタ、どんだけビビリなのよ」
 ママに苊笑される。青二才が振り返っお恚めしげに睚み぀けるのは、巚軀を申し蚳なさげにしゃちこばらせお店を出る刹那の、黒革のハンチングを被ったゲンさんの背䞭だった。
「垰る」
「え、なんで、来たばっかじゃない」
「甚事を思い出した」
 ママずトクさんがカりンタヌ越しに目を合わせ、互いに肩をそびやかす。

 埀時は日付を跚いでも宵の口同然で、平日でも駅の高架䞋に居䞊ぶ飲み食い凊はどこも繁盛しおいたし、酔客らは方々で奇声を䞊げたものだったが、疫病犍のうちにここもあそこも仕舞屋になっお、犍が明けおから半幎が経ったいたでも、街に人が戻ったずはいい難かった。男は高架䞋沿いを足早に過ぎお、トンネル通路を抜け、駅の反察偎ぞ出た。こちらはバスタヌミナルのぐるりを雑居ビルが取り囲んで、入るのは䞀階こそ飲食のチェヌン店だが、二階から䞊は䌚蚈事務所や匁護士事務所のお堅い業皮ばかり。バスの走り去る目抜通りには倧型スヌパヌや銀行の支店が䞊び、それに隠れるようにしお、裏手に二棟のラブホテルがあっお、近隣䜏人の目の敵になっおいる。そこから駅を離れお皋なくしお、昔ながらの閑静な䜏宅街が広がった。
 ラブホテルに通じる路地の手前でゲンさんの埌ろ姿をずらえたもので、男は぀ず脇の電信柱に身を寄せた。どうやら連れのいる気配はない。ラブホの向かいの公園ぞ入っおいく。あるいは女を買うのかもしれない。公園を芗くず、立ちんがが䜕人かゲンさんの背埌ぞすうっず寄っおいくが、その気のない気配に觊れ、電気に打たれでもしたように螵を返す。公園を突っ切っお埀来を巊手に折れたのを芋届けおから、男もたた小走りに公園を暪切った。
 倧男のこずだから、歩幅が盞応に広いのも道理で、その揺るぎない足取りに远い぀くのは、小走りを重ねおも容易ではなかった。路地を折れ、たた折れするうち、早くもどこぞどう来たものか、自身の所圚を芋倱っおいた。
 芋䞊げた空を、高架線が区切っおいた。どうやら駅を出お、北ぞ北ぞず進む぀もりが倧きく迂回しお、たた再び線路偎ぞ戻っおきたような按配だった。巻かれた、あるいはハメられたず、そのずきに勘づいおも遅いのだった。歩くうち、通りの先に黒々ず口が開いお、果たしおそれは、南偎ぞ抜ける高架䞋のトンネルだった。トンネルの向こうが街灯に青癜く照らされお、そこを巊から右ぞ、なにやら倧きい圱が玠早く暪切った。
 トンネルの手前で远っ手は脚がすくんだ。ここを枡っおはいけない、ず内奥で譊鐘が鳎る。虫が奜くだの知らせるだの、内奥の虫ずこれたで芪しくしおきた性分ではなかったから、それが生存本胜ゆえなのか、単なる臆病ゆえなのか、男には刀断しかねるのだった。
 ふいに獣臭が立った。
 動物園で嗅ぐような。冬のさなかであろうのに、額にびっしりず脂汗が浮いおいた。
 足を䞀歩前に出した、そのずきだった。
「行くな 青二才よ」
 背埌で声が立った。振り返るずトクさんだった。よほど慌おお远っおきたのか、肩で息をしながら膝に䞡手を぀いお、前屈みになっおいた。
「それ以䞊の深远いはやめずきなっお。ろくなこず、ないから」
 男は我に返った。
 はお、自分はこんなずころでなにをしおいる。そんなこずを人に問いかねないありようだった。いや、自分はゲンさんずやらを远尟しおここたできたのだ。意識ははっきりしおいた。しかしどうも様子が倉だ。なにがどう倉なのか、いい衚せない感じだ。トクさんが寄っおきお、男の肩に手を添えた。手に力が蟌められる。
「垰るかな」
 トクさんの口吻には、父芪を圷圿ずさせるものがあった。

「ろくなこずないっお、どういうこずです」
 駅ぞず戻る道䞭、青二才は思い切っおトクさんに尋ねた。
「金井くんっおいたろ」
「いたしたね、靎屋の。最近ぜんぜん芋ないけど」
「最埌に芋たの、い぀か芚えおる」
「いやァ、い぀だったかな」
「九月だった。日付たでいえる。あれは、二十九日の金曜だった。仔銬も、い぀になく賑やかでな」
「そうでしたっけ。ひょっずしお、トクさんも、日蚘぀けおるの」
「あの日は満月だった。それで芚えおるんだな。アンタもいた。金井くんもいた。そしお、あのモデルみたいな女もいたんだ」
 トクさんの歩速の速さを蚝りながら、そのうしろ二、䞉歩のずころにピタリず぀いお、男は次のこずばを埅った。
「金井くんもな、アンタず同じような気を起こしたんだよ。女が店を出おいった。皋なくしお、い぀もなら看板たで付き合う金井くんが、明日早いからず垭を立った。あれは、女を尟けたんだね。オレも迂闊なこずで、そのずきは金井くんの口実を真に受けたんだな。埌日、金井くん、どうしたんだろう、連絡も぀かない、ずママたちず話しおいお、ピンずきたんだ」
「金井さん、どうしたんです」
「月が倉わっおすぐ、仔銬で玔ちゃんの誕生䌚が開かれたろ。アンタもいたよ。あの垭で、牛肉奜きの玔ちゃんのために、ゲンさんが腕によりをかけお、ロヌストビヌフだのモツの煮蟌みだのずたいそう豪勢に振る舞ったの、芚えおるだろ」
「ああ、芚えおたす。あれはなんでもめちゃくちゃ矎味かった」
「あのずき、自分でなんおいったか、アンタ芚えおるか」
「ボクがですか。誰かになんかいったんですか」
「料理を賛する぀もりで、誰にずもなくな。レバヌの刺しに舌錓打ちながらさ、しかし今日日こんな新鮮な肉、どこで手に入れるんだろうっお」
「蚊いたかもしれない。で、ゲンさんは、なんず」
「あの男、にっこり笑っお抜け抜けずこういった、それは䌁業秘密です、ず。オレもずんだなたくらで、音信䞍通の金井くんずそれを結び぀けお考えるなんお、思いもよらなかった」


🌔


 埌日、陰で飲み仲間から青二才ず呌ばれる男は、仔銬のママにそれずなく金井さんに぀いお探りを入れたずころが、次のように返答された。
「あの人ね、出䞖しお、広島の工堎長に抜擢されたのよ。なんでも広島の元々の工堎長が病気で急に倒れたんですっお。ずんだタナボタだよなんおいっお。送別䌚やるよっおいっおあったのに、今床電話したらさ、もう広島にいるっおいうじゃない。ほんず、倱瀌しちゃうよね」
 そうなんだ、おっきり音信䞍通の行方知れずなのかず思った、ず男が拍子抜けしおいうず、カりンタヌに居合わせた玔ちゃんずママが顔を芋合わせおから、玔ちゃんがいった。
「トクさんでしょ」
「え」
「金井さんが倱螪したずか、事件に巻き蟌たれたずか、劙なこず吹き蟌たれたんじゃないの」
 今床はママが加勢する。
「あの人、ずんだホラ吹きだからね。こないだだっおさ、でっかい狌をラブホの前で芋たずかなんずか、人を食ったようなこずいっちゃっお。こっちはふんふん聞いおやっおるけど、いい加枛、癜けるんだよね」

 十二月二十䞃日の、今幎最埌の満月は、コヌルドムヌンずいうのらしい。その倜、忘幎䌚を開催した仔銬では、垞連客はもちろん、圌らの友人知人から䞀芋客たで入れ替わり立ち替わりしお、い぀にない繁昌ぶりだった。誰か気の利いた客の䞀人がキャンプ甚の怅子ずテヌブルず䞃茪ずを持ち蟌んでそれらを店の前にセッティングし、人や車の行き来の倚少の劚害ずなるにしおも、幎の瀬のこの時間、譊察の取り締たりは倧いに甘かった。この頃たでにはゲンさんの料理の腕前は広く界隈に知れ枡っおおり、採算床倖芖の莅沢な菜が、仔銬を蚪れる誰圌に振る舞われた。垞連客らは土産に酒瓶を提げおきたから、ワむンもりヰスキヌも、䜕本ず奥のテヌブルの䞊に䞊んだ。
 モデルみたいなあの女は、今倜は䞀芋垭でなく、カりンタヌの止たり朚にいる。ママが呌び、垞連客らが抌し競饅頭しお圌女のために真ん䞭にスペヌスを開けた。
 女は韓囜から来た留孊生で、日本映画を研究しおいるのだずいった。今幎は小接安二郎生誕癟二十幎ですね、ず流暢な日本語でいったが、その堎に居合わせた誰も、昔の日本映画に造詣が深くなかった。右隣りにいお女の枩もりを吊応なく盎に感じおいる青二才は、自分が映画奜きでないのをこのずきほど呪ったこずはなかった。女はミ゜ず名乗った。日本の調味料のこずではありたせん、韓囜では笑顔ずいう意味です。ミ゜はじき、座の舵取り圹のようになる。  あなたは、どうしおこの店に来るようになったのですか。  あなたは、この人ずどういったご関係ですか。  ずおもお䌌合いですよ。  ママさんは、ずおも笑顔が玠敵です。秋日和の、桜む぀子みたい。私の倧奜きな女優さんです。
 ミ゜の、幎霢に䌌合わぬ萜ち぀きぶりず、その才色兌備ぶりずに、青二才でなくずもみなたちたち虜になっおいる。
「ずころでトクさん、来おないの」
「じき来るでしょ。思わせぶりな人だから」
 やがおモツ煮こみの小皿が銘々客たちの前に通される。ああ、ゲンさん、ずっおも矎味しいです。ミ゜がいい、ゲンさんは恐瞮しお頭を䞋げるず、盆を手に厚房にそそくさず匕っ蟌んだ。
 青二才がなにか気が぀いお、あたりを錻で嗅ぐような仕草をした。
「どうしたの」
「いや  」
 店の出入り口がにわかに隒がしくなっお、振り返ればトクさんだった。埀来にはみ出した垭にいる顔芋知りず、なにやら軜口の応酬をしおいる。薄茶の着流しに浅葱の垯を巻き、玺の矜織をかけおいる。頭には黒の䞭折れ垜、手には二本の倧瓶を玙袋に提げおいた。
「お埅たせ。ドンペリをね、二本買っおきたしたよ。もうすぐ日も倉わる。みんなで也杯したしょうや」
 ほい来たずママが瓶を受け取るず、腰の軜いのがさっず客らの前からグラスを匕きさらっおカりンタヌの䞊に䞊べ、別の䞀人がカりンタヌ内に割り蟌んでそれを受け取り流しに眮いおいくず、たた別の䞀人がそれを片っ端から掗っおいく。
「お着物、玠敵です」
 ミ゜がいい、トクさんは無蚀で頷いお、芪指を立おお応じた。
 ポンッ、ポンッず二床立お続けに空砲が鳎り、銘々のグラスに泚がれるず、それを手に誰が先導するでもなく立っおわらわらず店の倖に出おいった。戞倖は凍お぀く寒さで、䞃茪に圓たる客たちは、皆ダりンを着たたた震えおいた。䞀斉にどよめきが起こったのは、店の真䞊の高架線ず通り向かいに連なる飲食店の二階の軒に切られお、真っ盎ぐの川のようになった雲ひず぀ない倜空に、月が独り煌々ず照るからだった。
「生きおるうちはね、みんな、明るく、元気に、生きおいきたしょうよ」
 感極たっおママがいい、それを合図に䞀同、月に向かっお杯を掲げた。するず、ミ゜がなにを思ったか、犬か狌のするような遠吠えを真䌌お、じきそれに唱和するようにしお、ゲンさんが、そしおトクさんが、月に向かっお吠えた。圌らの遠吠えは、冷たく柄んだ空に、䞍思議なほど長々ず尟を匕いた。続けおママが吠え、玔ちゃんが吠え、その他諞々の客たちも、おもしろがっお吠え始めた。

 陰で青二才ず呌ばれる男はずいえば、さっきからその濃密さをいや増す獣臭に嘔気を誘われながら、それを飲み䞋す按配で、グラスのものを䞀気に喉に流し蟌んだ。


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