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敗れざる者、それは美学か新たなる挑戦か。

編集部の稲川です。
先週は大相撲初場所で平幕力士の大栄翔関が13勝2敗で、埼玉県の力士として初めて優勝を果たしました。
十両でも同じ追手風部屋の剣翔関が12勝3敗で2回目の十両優勝を果たし、追手風部屋が平幕・十両のワンツー優勝を飾りました。

いまだにコロナが猛威を振るい、出稽古が禁止されるなか、力士の多い追手風部屋は相部屋力士での稽古ができる環境で有利だったこともありますが、迷いのない押し相撲を貫いた大栄翔関は、毎回見ごたえのある勝負を繰り広げてくれました。

さて、私はスポーツ観戦が好きで、その影響を受けたのが前回も紹介した沢木耕太郎氏です。
前回は『深夜特急』をお勧め本としましたが、今回は私が影響を受けた沢木氏の別の本についても紹介したいと思います。

◆スポーツは一瞬を切り取るドラマである

スポーツの奥深さを知ったのは、沢木耕太郎氏が描いた『一瞬の夏』という作品。

一瞬の夏

この作品は、当時駆け出しのルポライターだった沢木氏が、世界チャンピンを期待されたカシアス内藤の4年ぶりのカムバックを綴ったものです。

もちろんカシアス内藤というボクサーはリアルではないので知りませんでしたが、作品を通して、男たちの夢と人生を賭けた姿が目に浮かぶほどのインパクトを与えてくれました(私の生まれた年に東洋チャンピオンになっています)。

カシアス内藤
本名は内藤 純一。兵庫県神戸市生まれ、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフとして神奈川県横浜市で育ち、その強打から東洋(OBF)ミドル級チャンピオン、世界ミドル級1位まで登り詰める。
リングネームはモハメド・アリの改名前の名前「カシアス・クレイ」からとったもので、現役当時は「和製クレイ」「東洋のクレイ」などと呼ばれた。
のちに輪島功一を倒して世界チャンピオンとなる韓国の柳済斗に、敵地韓国で敗れて初黒星を喫すると、以降は負けが込み、1974年に舞台から姿を消す。
その4年後の1978年に突然の復帰を果たし連勝するも、翌年の東洋ミドル級王座決定戦で朴鍾八にソウルで敗れ引退。
27勝(13KO)10敗2引き分け。

こう書くと、カシアス内藤という選手の実像はまったく見えてきません。
しかし、『一瞬の夏』では、プロモーターとして関わる沢木氏、内藤を撮り続けるカメラマン、そして、ボクシングトレーナ、エディ・タウンゼントを通し、もう一度世界チャンピオンを目指す姿が、心の内とともに描かれています。

ちなみに、エディ・タウンゼントは6人の世界チャンピンを育てたボクシングトレーナー。
最後の弟子である井岡弘樹の初防衛戦で、病をおして病院からタンカで観戦に訪れ、試合開始直前に意識不明となり病院へ搬送。
井岡が12回TKOで初防衛に成功した知らせを病院で聞き、Vサインをして息を引き取ったという有名な話があります。

これほどまでに熱い男たちが目指す世界チャンピオンとは何なのか。『一瞬の夏』には、その一挙手一投足が見事に描かれているのです。

1リング

それでも世界チャンピオンになれなかったカシアス内藤。そこにはボクシングという相手を倒す一瞬の一打に欠けていた、内藤自身のメンタルの弱さがありました。
それは何だったのか。ここでは触れませんが、沢木氏が描いた“一瞬”は、彼らが駆け抜けた一瞬の時間であり、またカシアス内藤が放てなかった一瞬のパンチだったのかもしれません。

スポーツの一瞬は、勝敗を分ける一瞬。

その輝きのために努力するアスリートたち。

しかし、はかなくも勝者の裏には、必ず敗者がいる世界。

沢木氏が取り上げる敗者の世界は、美しき裏側を見せてくれるのです。

そんな世界を描いた作品に『敗れざる者たち』があります。
ここには、『一瞬の夏』で登場したカシアス内藤ほか、プロ野球、マラソン、競馬で敗れていった世界が登場します。

敗れざる者たち

今思うと、私のスポーツ観戦の中心はまさにこれ。格闘技、野球、競馬なのに気づきました。
沢木耕太郎氏の影響を知らぬ間に受けていたということになります。

◆勝者にだって心の闇があった

敗者たちを描いた沢木氏。
いっぽうで、スポーツの世界には華々しい活躍をした選手たちもいます。

沢木氏は、そんな勝者たちもいつか引退という、表舞台から去る者たちの世界も描いています。
『王の闇』という作品では、そんな人たちが登場します。

王の闇

交通事故で即死した、世界フライ級チャンピン大場正夫選手。
マラソンランナー瀬古利彦(現在、東京オリンピックのマラソン強化戦略プロジェクトリーダー)。
元WBA・WBC世界スーパーウェルター級チャンピオン輪島功一。
など。

そこには引退が迫る選手たちの心の葛藤がありました。

テレビでは、「あの選手は今?」とか、現役をあきらめずに挑むプロ野球選手たちの「トライアウト」などが取り上げられています。

昨年のトライアウトでは、新庄選手が挑戦する姿が話題になりました。あの明るい新庄氏はロートルに夢を与えてくれましたが、そんな挑戦し続ける選手たちにも心を打たれます。

最近では、12月31日に行われた格闘技のRIZINの試合で、45歳の格闘家ミノワマンが戦ったのが印象に残っています。
私は偶然にも彼にスパーリングのトレーニングをしてもらったことがあるのですが(あくまで素人の運動として)、まさか彼がRIZINの舞台に登場するとは思いませんでした。

相手は元力士のスダリオ剛選手。ミノワマン選手とはデビュー2戦目ながら、初戦でその強さを見せつけた23歳。

しかも年の差、22歳。

結果は1Rで負けてしまいましたが、沢木氏が彼を描いたらどんなドラマがあるのだろうと思わずにはいられませんでした。

敗者が見せてくれる姿は、私たちに何かを残してくれる。それがスポーツの奥深さなのかもしれません。

◆勝者と敗者って何だろう? 勝者も敗者もない世界。

最後に、スポーツの世界ではなく、今を生きる私たちの社会について、沢木耕太郎を通じて感じた場面があります。

『深夜特急4 シルクロード』のなかにそのシーンは登場します。
沢木氏がバスでシルクロードを旅するのですが、「いくらかかる」「いくらなら乗せる」といったお金のやり取りがたくさん出てきます。
そして、バスに群がる金をせびる子どもたちもまた、たくさん出てきます。
バスには外国人バックパッカーが乗っており、そのお金目当てに停車するバスに寄ってくるのです。

沢木氏は、子供たちにお金を恵むことはしないと決めていました。

そんな時、ボロ1枚をまとった、本当に金のないオランダ人の青年を目にします。宿で客の残り物をもらっていたその彼が、同じバスに同乗していたのです。

外国人なら金を持っているだろうと、子供たちはその青年にもまとわりつきます。
そこに2人の男の子が金をくれとやって来ました。
彼は何をしたのか・・・。

眺めていると、彼は急にポケットに手を突っ込み、効果を掴み出した。恐らくはそれが彼の全財産だったのだろう。掌を広げるとそこには六つのリアル貨があった。一リアルは四・五円、つまり五円玉が六個あったということになる。彼はそれを子供たちの眼の前に差し出し、二つずつ三つの組に分けた。何をするつもりなのだろう。私はその展開を意外な思いで見つめた。
彼は何のためらいもなく、掌の上で仕切った二つずつの硬貨を、一組はひとりの男の子に、一組はもうひとりの男の子に、そして一組は自分に、と身振りで説明した。子供たちはわかったというように大きく頷くと、嬉しそうにリアル貨を二つずつ摘み上げた。それを見て、彼もまた嬉しそうに二リアルを一方の手に取った……。

沢木氏はこの光景を見て衝撃を受けたと書いています。

勝者と敗者を描いた、氏がこだわる世界観が一変した、そんな瞬間だったのではないかと私は勝手に思っています。

以上、2回にわたり沢木耕太郎作品を取り上げました。
私にとってかなり影響を与えていたことも改めて思いました。

あなたもそんな本があるかもしれませんね。
本の素晴らしさ、まだまだお伝えできればと思っております。

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