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怒りの感情を長期記憶化させない方法

フォレスト出版編集部の寺崎です。

これまで数回にわたって「脳がイヤな記憶を忘れられない仕組み」を『「イヤな気持ち」を消す技術 ポケット版』(苫米地英人・著)から抜粋してご紹介してきました。

理論編はこのへんで終了としまして、今日は「じゃあ、どうすればいいの?」という問いに答える実践編をふたたび『「イヤな気持ち」を消す技術 ポケット版』から抜粋してご紹介します。

まずは「怒り」の感情を長期記憶化させないための認知科学的手法です。

怒りを鎮めるには一つ上のゲシュタルトをつくる

 イヤな記憶は、つき合い方次第で、いかようにも自分に有利に統合することができます。ケース別にその処方箋を紹介してみましょう。
 
★怒り
「あいつのことだけは、決して許すことができない」

 
 組織の中で仕事をする以上、人間関係のイヤな体験の記憶は誰にでもあります。大事な席でひどい恥をかかされたとか、組織のために命令を遂行したのに捨て駒にされたとか。組織に裏切りはつきものですが、とくに自分が信頼を寄せていた相手からの裏切りは耐え難いかもしれません。
 
 人間の感情というのは、人間に対して起こります。
 相手が物である場合は、憎悪や嫌悪などの感情はそう簡単に起きません。自然災害の場合でも、よほどの大災害パニックが起こらないかぎり、その記憶が人間を長期間苦しめることは稀です。
 感情は基本的に人間に対して向けられ、人間関係の中で強化されたり弱められたりするわけです。
 なかでも、相手に対する怒りの感情は、利害の一致する仲間か、利害が対立する敵に向けられることがほとんどです。仲間でも敵でもない相手に対しては、人間はきわめて無関心といえます。
 
 私たちは、利害の一致する相手から受けた裏切りにはことのほか弱いものです。
 相手が最初から敵ならば、裏切られたり罠にはめられたりしても、それはもともと想定の範囲内です。予想されたことが起こっても記憶に残らないのと同様に、感情にも残らないわけです。
 ところが、仲間だと思っていた相手に裏切られると、強い感情が起こります。
 なぜなら、それは思ってもみなかったことだからです。
 その体験は、前頭前野につくりあげられたブリーフシステムに反するのです。
 そして、似かよったことが起こると、扁桃体が海馬にその記憶を増幅させて引っぱり出させます。その度に、「あいつのことだけは、決して許せない」という情動が強化されていくわけです。
 そうした情動的記憶を鎮めるのは、実は簡単です。相手が何者かわからないというのなら困難かもしれませんが、はっきりと存在するからやりやすいわけです。
 
 その方法は、ひとつ上の抽象度のゲシュタルトをつくることです。
 裏切りというのは、相手が意図的にそうするものです。
 裏切るつもりがなければ、単なる過失ということになり、それがイヤな体験の記憶としていつまでも残る理由がなくなります。
 相手が意図的にそれをやった場合は、たしかに悪い奴は相手かもしれませんが、本来その原因は自分にあります。
 いささかきつい言い方に聞こえるかもしれませんが、それは自分のせいであり、自分が悪いのです。
 私がここで自分のせいというのは、その裏切りは相手と自分の人間関係の中で起き、自分がいなければ起きなかったことだからです。
 それは相手だけの問題ではなく、必ず自分にも関係しています。
 とはいえ、責められるべきは自分だ、という意味ではありません。
 
 あなたが社長で、目をかけていた社員に会社の金を横領されたとしましょう。そのときに、ひとつ上の抽象度のゲシュタルトをつくるには、「こいつ、許せない!」と相手に向かってカッとなるのではなく、まず「あ、自分のせいかもしれない」と自分のほうに向き直ることです。そして、「なぜ、あいつを採用したんだろう? 次は、もっと人物をよく見て採用しよう」と、それを防ぐ方法を考えるのです。
「あ、自分のせいかもしれない」で始まる内省は、自らを客観的に見て、評価することです。そのときに考えたことは、すべて、前頭前野による評価になるわけです。
 
 一方、「こいつ、許せない!」という情動のゲシュタルトには、前頭前野の評価がいっさいありません。
 それをそのままにしておけば、「その体験は嫌だ!」というゲシュタルトが凝り固まり、「許せない」「許せない」「許せない」という情動が無限にくり返されていきます。
 そこで、「なぜ、その『嫌だ』が起きたのですか?」、もしくは「次は、それをどう防げばいいですか?」と自らに問いかけ、前頭前野を働かせ、その体験を評価するのです。
 面白いもので、イヤな体験を評価し、前頭前野を働かせることをくり返していると、「許せない!」「嫌だ!」という情動がものの見事に鎮まっていきます。
 この効果のほどを実感したいなら、あらゆるイヤな出来事が身近で起きたときに、これを試してみてください。
 泥棒に遭った、後味の悪い喧けん嘩か をした、優しく接するべき相手にひどいことをしてしまったなど……。その際に得られるのは、傷が新しい皮膚に覆われ、何事も起こらなかったかのような癒えた状態に戻るような効果です。
 
 ひとつ上の抽象度のゲシュタルトをつくることによって、イヤな味わいの情動が薄らぎ、徐々にその体験が失敗をくり返さないためのありふれた記憶に変わっていくことを、じわりと理解できるに違いありません。
 これが、情動的にイヤな体験をトラウマにすることなく、長期記憶化もさせない一番の簡単な方法です。

IQを高めれば怒りを鎮めることができる

 男性よりも女性によく見られることかもしれませんが、夜、ベッドに入ってから情動的にイヤな体験を思い出し、カッカカッカと怒って興奮し、眠れなくなることがあると思います。
 これは、情動的な体験の記憶が扁桃体と海馬による増幅効果によって引っぱり出され、その情報が視床下部にまで伝わって自律神経系が興奮し、目が冴えてしまうわけです。
 この場合の解決法は、第1章で述べたように、前頭前野側から介入してやることが有効です。脳は階層性を持っており、前頭前野は大脳辺縁系の扁桃体や海馬にあっという間に介入することができます。
 
 前頭前野と大脳辺縁系は、どちらかが必ず主となります。
 同時に主となることはありません。

 前頭前野が主に働いているときは大脳辺縁系が従となり、大脳辺縁系が主となるときは前頭前野が働かないのです。片方がまったく働かないというわけではありませんが、どちらかが必ず優位になっているわけです。
 カッカカッカと怒ったり、ドキドキして不安が高まったりしているときは、大脳辺縁系が優位になり、前頭前野の活動が低下している状態にほかなりません。
 したがって、前頭前野を働かせ、大脳辺縁系の活動に介入することによって、本来、その状態は即座に収まるはずですが、それをうまくできない人が多いのです。
 
 前頭前野側からの介入をスムーズに行うためには、ここでも、ひとつ上の抽象度のゲシュタルトをつくることがコツです。
 読者のみなさんは、ガス・ヴァン・サント監督の映画『グッド・ウィル・ハンティング』をご覧になったことがあるでしょうか。
 この中に、ちょうど前頭前野側からの介入を行う話がでてきます。ひとつ上の抽象度のゲシュタルトのつくり方の例としても参考になると思いますので、ちょっと紹介してみましょう。
 まず、あらすじは、ざっとこんな感じです。

 マサチューセッツ工科大学で清掃員をして暮らす心を閉ざした少年が、学生たちでもなかなか解けない数学の問題を、簡単に解いてしまいます。
 彼は、読んだり見たりしたことをすぐに理解し覚えてしまう才能を持ち、とりわけ数学に特別な才能を発揮しました。
 その天才少年が、マット・デイモン扮する、ウィルです。
 彼のことを知ったフィールズ賞受賞の数学科の教授が、その非凡な才能を開花させようとします。
 ところが、ウィルは、数学こそ期待どおりに進歩しても、閉ざした心を容易に開くことができず、一流セラピストたちをことごとくバカにし、遠ざけてしまいます。
 最後の頼みの綱に、教授はウィルを、かつて大学時代のルームメートだったショーンのもとへと送り込みます。ショーンは、ウィルと同じような貧しい境遇で育ち、天才と謳われながらも妻を失ったことがきっかけで落ちぶれてしまった心理学者です。
 今はコミュニティカレッジの教授に身をやつし、まるで妻を救えなかった自分に罰を科すように生きています。
 そして、その出会いが、ウィルには心の扉を開くことを、ショーンには囚われの過去から抜け出ることを促し、新たな旅立ちのシーンで映画は終わります。

 さて、ウィルがショーンに初めて出会ったとき、彼はショーンが描いた妻の肖像画に対して辛辣な批評を行い、知識をひけらかし、彼女のことを侮辱します。
 ショーンはウィルのことを「許せない!」と感じ、その次の面会のとき、ちょうどここでのテーマと同じように眠れない夜を過ごしたことを告白します。
 このときのショーンの台詞は、作品の肝に当たる独白なのですが、ひとつ上の抽象度のゲシュタルトをつくることのお手本のような内容といえます。
 非常に長い台詞ですので、ここではその一部分だけ紹介してみましょう。

「このあいだ君が絵についていったことを考えたんだ。夜中まで眠らずにね。そして、あることがひらめいて、その後は本当に安らかな眠りについた。
 それ以来、君のことは考えもしなくなった。
 何がひらめいたか、わかるかね?
 君はまだ子どもだ。
 自分で何をしゃべっているかまるでわかっていない。
 ボストンを出たことはないんだろう?
 僕が君に美術のことを訊ねたら、君はたくさんの美術の本に書いてある知識を話すだろう。
 たとえば、ミケランジェロ。君は彼についてたくさんのことを知っている。
 すべての作品、政治的野心、法王との確執、性的な嗜好。でも、きっと君はシスティナ礼拝堂に行くとどんな香りがするかわかっていない。
 君はじっさいにそこに立って、あの美しい天井画を見上げたことが一度もないんだ。一度もね。
 僕が君に女の話を訊き けば、君は好きなタイプをいろいろ挙げるだろう。
 女と寝たことだってあるかもしれない。
 でも、君は愛する女の隣で朝目を覚まし、心から幸せを感じることがどういうものなのか、僕に教えることはできないんだ」
 
 一読すればわかるように、この台詞でショーンが問題にしたのは経験です。
 当たり前のことですが、人生の手触りは、実際にそれを経験した者にしか語ることはできません。ウィルは一見、どのような知識でも持っている大人に見えながら、生まれ育った街以外の眺めを見たことがありません。彼は、そういう人物がいくら亡妻を侮辱したからといって怒りの感情を持つのはバカげているし、むしろ憐むべきことだと考えたのでしょう。そう考えることによって、前頭前野を優位にしたのです。
 その結果、彼は安らかに眠りにつきました。私が彼の立場でも、やはり安心して眠りにつくでしょう。
 
 完璧な論理によって前頭前野の介入が行われたことで、大脳辺縁系の活動が抑制され、心底リラックスした状態が生まれるからです。相手に対する怒りを、逆に相手に対する憐憫に変えることは、その瞬間に大脳辺縁系優位の攻撃性を鎮める、前頭前野の介入テクニックです。
 ショーンの例が示すのは、果たして自分が感じている怒りはまっとうな怒りか、その正当性や根拠を疑う姿勢でしょう。
 それを疑うときは、必ず前頭前野が働き、IQが高まります。
 人間はIQが高まった状態に自分を持っていくことで、大脳辺縁系優位の攻撃性を抑えることができます。したがって、夜ベッドに入って怒りや不安などの感情が高ぶってしまうときは、それがなぜ生まれるのか、それはまっとうな感情なのかという点を自分に問いかけ、前頭前野を働かせることです。
 そうやって、IQが高まった状態でぐっすり眠ることができれば、そのイヤな記憶が長期記憶化されることもないわけです。

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怒りに駆られたときに「くそっ、ムカついた!ぶっ殺してやる」という状態は大脳辺縁系が働いている状態なので、いつまでも怒りは収まりません。

その場合、前頭前野をフル活動させて、一つ上のゲシュタルトをつくり、IQを高めていくことで「怒りの長期記憶化」を防ぐこと。

そんな方法論でした。

フォレスト出版にも『怒らない技術』というベストセラーがありますが、このテクニックも非常に日常生活に役立てられるのではないでしょうか。

ぜひ、お試しください。


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