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ノンフィクションのジャンルを切り開いた大先輩のベストセラー作法十か条

今月、東京から神奈川へ引っ越す予定です。

所帯を持ってから4度目の引越し。42平米くらいの狭いマンションでの夫婦2人暮らしから始めて、子どもが生まれてからは少しずつ広い部屋にステップアップしてきました。

最終的には3LDKのそこそこ広いマンションの生活に落ち着いたわけですが、部屋が広くなるにつれてモノも増える。

引越し業者に見積もりをお願いしたら、「かなりモノが多そうなので、段ボール100個は必要ですね」と言われました。なので、不用品の整理、断捨離を思い切って始めているのですが、先日こんなコピーを発見したのです。

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こ、これは!

2012年にフォレスト出版に転職したとき、太田社長から手渡されたもの。

当時、フォレスト出版の編集部はいろいろワケあって人員が総入れ替えしました。先に入社したメンバーは相当バタバタしてたみたいだけど、いわば「新編集部」のなかで最後のほうに入った自分は、ある程度は体制が整った状態でジョインした感じでした。

当時は社長が編集長を務め、編集部員は社長本人から薫陶を受ける体制です。いまでいう1on1の機会が定期的にあり、あるときこんなやりとりがありました。

社長「寺崎、おまえはなかなかすぐに人と打ち解けないタイプだろ?」
 「そうですね・・・。そうかもしれません」
社長「人が変わろうと思ったとき、どのくらいの時間が必要だと思う?」
 「うーん・・・3週間、いや、3ヶ月くらいですかね?」
社長「違う。人は『変わろう』と思った瞬間に変われる」

やべえーー。
ガチでジコケー(自己啓発)の会社に入っちまったと思いました笑

そんな社長から手渡されたのは『カッパ軍団をひきいて』(学陽書房)という書籍のコピー。

著者は神吉晴夫氏。光文社の設立メンバーであり、カッパブックスの創始者。出版界のレジェンドです。かんき出版の創業者でもあります。

我々が手掛けるビジネス書のジャンルをもっと大きくくくると「ノンフィクション」にカテゴライズされますが、このノンフィクションのジャンルを開拓した先人が神吉さんです。

これ、じつはもらった当時はパラパラとしか読んでいなかったのですが、いま読み返してみると、めっちゃ勉強になる!

そんなわけで、『カッパ軍団をひきいて』より、今でも参考になる記載をかいつまんで紹介したいと思います。

まず、一世を風靡した松本清張の才能を発掘したくだり。当時、光文社は新興出版社で小説は手がけていませんでした。

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小説出版で大をなすには、花形作家、有名作家に信頼される大所の出版社、伝統のある金持ち出版社でなければならぬ。無名の出版社に残された道は、今は無名だが、やがて有名になるであろう新人作家に賭けるしかない。

(中略)

「恥をお話することになりますが、私、推理小説といえば、江戸川乱歩さんの一連の『少年探偵団』ものを読んでいるくらいで、あとは、江戸川、横溝、木々といった戦前の作家の二、三の小説しか知りませんでした。先生のお作品を拝読して、目が開かれた思いです。そこで『点と線』ですが、どこかの出版社から単行本として出版したいという話がきておりましょうか」
 まだ、ないと清張さん。それではというと、厚くて紅い唇に、例の人なつっこい微笑をうかべながら、
「光文社から出版してもらえるなら、印税なんかいりません」
 まさか印税なしというわけにもいくまいが、この素朴さに、私はおどろき、あきれ、惚れ込んでしまったのである
 当時は、二、三の新聞社をのぞいて、まだ、週刊誌が今ほど多くの出版社から出ていなかった。新人作家松本清張も、作品を発表するチャンスの少ないのを歎いていたのだろう。朝日新聞社の広告部に籍をおいていた関係で、光文社は小出版社のくせに、新聞広告を大々的にやってのけることを早くから知っていた。この出版社から単行本の出版を申し込まれ、早く広い世の中へ出たいと、先生は先生なりに、賭けをしたのだろう。芥川賞になったくらいでは、あまり注文がこなかったらしい。
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「フォレスト出版から出版してもらえるなら、印税なんかいりません」

こんな風に言われたいですね。最高に痺れるフレーズです。「新人作家に賭ける」という点もものすごく共鳴します。

光文社は当時としては珍しく、小さな出版社ながら新聞広告をガンガンやる会社だったそうで、そのことを新聞の広告部にいた松本清張さんが知っていて、新興出版社に作家としての命運を賭けたわけです。

結果、大ブレイクします。

昭和53年時点で、『点と線』の初版刊行以来、およそ17年にして「カッパ・ノベルズ」には、松本清張の長編推理小説が51冊、総発行部数は1900万部を突破!『点と線』『砂の器』はミリオンセラーとなります。

カッパ・ブックスを旗印にする光文社の快進撃は続きますが、昭和60年4月、日本経済新聞社の「日経広告手帳」という雑誌から依頼されて、神吉晴夫さんが「ベストセラー作法十か条」というものを発表しています。

これは貴重な情報です!全文公開します。

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その十か条とは、私の十年に亘る体験から割り出されたもので、今日もなお、古くなっていないと思うので、左に摘記してみよう。

①読者層の核心を、二十歳前後に置く。二十歳を中心にして、上は二十五、六歳から下は一五、六歳までをねらう。

②読者の心理や感情のどういう面を刺激するか。その刺激の性質によって、大ヒットする可能性もあれば、どう宣伝してみたところで、中、小ぐらいのヒットで我慢しなければならぬというのもある。つまりテーマ(題材)の問題である。
 若い世代の純粋な感性に訴えるもの。あるいは素朴な正義感にこたえるもの、これは大ヒットするテーマである。

③テーマが、時宣を得ているということ。読者の心理は、一種の流行を追うようなもので、去年大いに歓迎されたからといって、今年も、夢よもう一度と願ったところで、そうは問屋がおろさない。

④作品のテーマが、はっきりしていること。なんとなく良い作品、つまり問題性のすくない作品は、宣伝の演出がしにくい。ピタッと来るキャッチフレーズが見つけにくいからだ。

⑤作品が新鮮であること。テーマはもちろん、文体、造本にいたるまで、「この世で、はじめてお目にかかった」という新鮮な驚きや感動を読者に与えるものでなくてはならない。

⑥文章が「読者の言葉」であること。つまり、二十歳を中心にした読者層が、日常使う言葉で話しかけること。書かれてある内容について、予備知識がなくても、読んでみたいという気があれば、すらすら分かるものでなければならない。

⑦芸術よりも、モラルが大切であること。ベストセラー読者は、小説を読んでいる時でさえ、文学を鑑賞するというよりも、むしろ、そこから実生活の生活信条を引き出そうとする。登場人物の生き方を自分自身の生活に引きくらべて、いろいろと考えめぐらすのだ。
 その意味で、「生きる」ということを根底にもったものであることが必要だ。どんな思想の持主にも共通した、この問題をねらっていくことだ。二度とないこの人生を、もっと幸福に生きるためには、どうしたらよいか。それを具体的に追求して行く。

⑧ベストセラー読者は、正義を好むということ。世の中のあらゆることが、不つり合いであればあるほど、読者は、不義をにくみ、不正を正そうとする。そういう読者の心からの願いを代弁してくれる作品は歓迎される。

⑨著者は、読者より一段高い人間ではないということ。専門家が、専門の知識について書く場合は別である。しかし、人生問題を語る場合は、著者と読者の間に、人間としての上、下はないはずだ。著者はすでに読者の胸の中にモヤモヤと存在しているあるものを、意識して作品の中に「形づくる」のだ。企画者と著者と読者の三者が、作品を通じて共感共鳴する――という私の主張は、ここから出てくる。

⑩ベストセラーの出版に当たっては、編集者は、あくまでもプロデューサー(企画、制作者)の立場に立たなければいけない。「先生」の原稿を押し頂いてくるだけではダメである。編集者が分からない原稿は、分かるまで、何度も書き直してもらうこと。「欲望」の場合も、はじめ千枚あった原稿を、著者と相談しながら、約三百枚に書き直してもらった。
 しかし、こういうことはいえる。出版プロデューサーも結局人間だ。彼が読者の一人として感動した作品でなければ、どんなに巧妙に宣言したところで、読者を感動させることはできない
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いまなお、エバーグリーンな言葉のオンパレードですね。「狙う対象読者が二十歳」という点がいまとは少し違和感ありますがが、KEMIO『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』のヒット、あるいは映画やアニメなどの他業界のヒット作品をみると、もしかしたら書籍編集者の場合、単に出版プロデューサーたる編集者が高齢化していることがあるかもしれません。

神吉さんが企画して大ヒットさせた代表作には『頭のよくなる本』『英語に強くなる本』があります。当時を知らないのでいまいちわかりませんが、とにかく売れた本だそうです。

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 岩田一男教授の英語の本の原稿は、私の共感を得た。だいいち、面白かった。たのしかった。アメリカでは、公衆便所で用をたしたいときには、ドアのそとから「サムワン、イン?」というそうな。なんて、こんな愉快なことを書いた英語の本があったろうか。それに英語の本で、内容がタテ組みは、この本がはじめてではないだろうか。
 題名も仮題の「新しい英語の学習法」では、せいぜい1万部どまりだるう。内容がよい。それだけでは駄目だ。とにかく、私同様に、英語コンプレックスにおちいっている多くの日本人には、この本の名は、面白く学べる本だというフンイキを持たせたい。
 先に出版された「頭のよくなる本」がいい例だ。何回も何回も題名会議が開かれた。ああでもない、こうでもない。やっと、「英語に強くなる本――教室では学べぬ秘法の公開」となって、おちついた。発売後二ヶ月半で、“パンのように売れる”といわれて、念願の百万部を突破した。ミリオンセラーである。
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古今東西、やっぱりタイトル会議は大事なんですね。

ところで、当時のカッパブックスの企画会議はどんな感じだったのでしょうか。当時の様子を伝えるくだりがありました。

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 まず、企画会議。ここでは、ベテランも新人も、全員が毎週二つか三つの企画提出を要求される。各自が持ちだした企画は、編集長以下全員によって、徹底的に追及され分析される。企画力のない者、あっても表現力の不足している者にとって、この会議は、まことに針のムシロに座っているような気分である。
 くどくどと説明していると、「要するに、キミは、その本で何を訴えたいんだね」とやられる。そこで、また的確に答えられないと、「いったい、キミの企画はコアは何だ」と決めつけられる。
「まずい食べものに、いくら味の素をふりかけたって、それでうまい料理になるかね。キミの説明は、材料の悪さをごまかすために、いっしょうけんめいに味の素をふりかけているような感じだね」
 こんなふうにやられると、たいていの部員は、冷や汗を浮かべて立ち往生してしまう。午後から企画会議などという日は、ほとんど私たちの食欲は失われていたものだった。
 そのくせ、少々見当はずれであっても、主張のはっきりした発言や、主題の明確な企画に対しては、「旗幟鮮明で多いによろしい。勇気をもってやってみたまえ」と激励してくれる。こんな言葉に勇気づけられ、まっしぐらに仕事にとりくんで、ベストセラーを続出させた仲間も少なくない。
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なるほど、なかなか厳しい会議スタイルです。ダメな企画には徹底的にダメ出しして、「これは!」という企画には激励する。企画会議はこのぐらいコントラストがあったほうが、いいものが生まれるのかもしれません。

ところで、潜在意識や無意識をテーマにした書籍をフォレスト出版でも多く出していますが、カッパブックスはこうした「催眠術」などのテーマを書籍出版の世界ではじめて手掛けた事でも知られます。

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 私は黄小娥という、中国人と紛らわしい女性の「易入門――自分で自分の運命を開く法」とを出版した。やがて、易ブームが起こるのであるが、そのころ、ある会合の席で、新潮社の社長、佐藤義亮さんに、はじめてお目にかかった。
 佐藤さんは、以前から、私の出版態度が、よほど気になっていたのであろう。「神吉さんは、“易”のようなものまで出版されるのですか」と、半ば、あわれむような調子で言われたのを覚えている。
 いまから思えば、この佐藤さんのことばは、そのころ一般の知識人、教養人、つまりインテリに共通する考えであったのではなかろうか。“易”といえば、ミイちゃん、ハアちゃんが夜の街頭で、うす暗い提灯に照らされながら、易者先生に、男運や金運を見てもらっている、そんな情景を思いうかべたのであろう。私がカッパ・ブックスで取り上げたのに、眉をひそめた。ことばをかえていえば、世間の常識を無視した、私の出版態度がお気に召さなかったのである。
 なるほど、インテリ出版をこころざす出版社の社長らしい態度である。私は決して不服ではなかった。さもありなんとさえ思った。しかし、私は私で、言い分はあった。私の言い分はこうだ。私にとって、大事なことは“易”を出版のテーマにするかどうかということではない。“易”を、どういう角度から取り上げるかが問題であった。

(中略)

 単に、“易”一つの問題ではない。これまでの、いわゆる一流出版社が、低俗として、出版の企画の対象にも取り上げなかったテーマ、たとえば”催眠術“なども、そうである。頭から低俗なものとして、軽んじてしまえば、それはそれですむ。しかし私は、そうした一切の先入観念は捨てようとした。この先入観念を捨ててこそ、私の出版人としての生存はなり立つ。多くの庶民大衆の心の中に生きているものは、すべて、いちおう、出版の企画として取り上げてみようと心がけたのである。
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素晴らしい!

こうした先人がいるからこそ、我々がいる。

この本には「カッパ大将のことば」という名言集のようなパートがある。印象的なフレーズをいくつか紹介して、本稿を終える。

「企画の精神が浸透した本でないと売れない」

「批評するとは、その代案を出すことだ。でなければ、出版の企画者でありえない」

「理詰めで考え、計算してかかる。しかし、さいごは、その理詰め、計算を一切忘れて、行動する」

「学校で教わったことを、唯一のモノサシにしてくれては困る」

「著者とのあいだは、公明正大にしておくこと。それを忘れては、やがて著者からも軽んじられ、読者からも見放される」

「文章は――たるんだやさしさではなく、ピーンと張りきったやさしさ」

「概念で、ものを見るな。概念で、考えるな。概念で、発言するな」

「話題を提供せよ――ベストセラーの秘訣のひとつ」

「編集が”量”で競争するようになったら、世は末である」

(編集部・寺崎翼)

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