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編集者は「電子書籍」をどう考えているか?

こんにちは。
フォレスト出版編集部の森上です。

2020年も1カ月を切りました。ご承知のとおり、新型コロナをきっかけに、ビジネスシーンにおける各業界の常識がガラリと変わってきています。コロナ前からも「VUCAの時代」と叫ばれ、変化が求められてきましたが、コロナ禍で一気に前倒しになったことは誰もが認めるところでしょう。

▼「VUCA」とは?

出版業界も例に漏れず、さまざまな変化が求められています。その中の1つに、「電子書籍」があります。電子書籍市場は年々着実に伸びてきており、弊社も含め、多くの出版社が電子書籍を出しています。

今回は、そんな「電子書籍」に対して、編集者はどう考えているのかをテーマにまとめてみたいと思います。今までにもすでに多くの編集者がnoteをはじめ、あらゆる媒体で語っているテーマであり、今さら感があるのは否めませんが、編集者の端くれとして20年以上書籍編集に携わってきた身として、この場を借りて個人的な見解を書いてみたいと思います。なお、弊社の編集者全員の考えではなく、あくまで私個人の考えであることを踏まえて読み進めていただければ幸いです。また、対象ジャンルは、マンガやコミックを除く、一般書籍となります。

無視できない存在

冒頭から結論じみた話で恐縮ですが、ずばり、電子書籍は「無視できない存在」だと考えています。

出版社として、いくつかのメリットがあるからです。主に次の3つです。

◎売上が右肩上がりの市場である。
◎製作コストが紙の本より低い。
◎在庫を持たなくていい。

売上面からみると、電子書籍を出している出版社はどこも、電子書籍事業の売上は右肩上がりだといわれています。1回電子書籍を出してしまえば、半永久的に売場に置かれ続けます。売場面積が限られているリアル書店では、売れなくなると売場から外される可能性があるのですが、そのリスクが電子書籍にはありません。電子書籍の刊行点数が増えれば増えるほど、ネット上の売場に置かれる商品点数が増えるので、おのずと売上は上がっていきます。

弊社の場合、完全サイマル化をしており、新刊は基本的に、紙の本と電子書籍を同時発売しています。新刊とは別に、まだ電子書籍化されていない既刊本を、順次電子書籍化をしています。刊行点数がおのずと増えるので、売上が上がるのは当たり前といえば当たり前です。

製作コストからみても、現在、出版社が出している電子書籍の大半は、紙の書籍の電子書籍化ということもあり、紙の本に比べて多くのコストをかけずに商品化することができます。いわゆる、二次利用です。わかりやすいところでいえば、紙の本でかかる印刷・製本費はかかりません。

また、紙の本には絶対に必要になる在庫も、電子書籍なら在庫を持つ必要がなくなります。紙の本だったら、売れて在庫が少なくなれば、印刷・製本費をかけて重版する必要が出てきますが、電子書籍なので、そもそも「重版」という概念がありません。

出版社の社員としては、このようなメリットがあるため、電子書籍は無視できない存在なのですが、編集者として無視できない理由があります。

それは、紙の本ではなく、電子書籍で本を読む人が確実に増えているという点です。1つのコンテンツを一人でも多くの方に届けるためには、紙の本だけで届かなくなっているという事実です。これを無視することはできません。

「目的は何か?」という点から逆算した場合、ジャンルにもよりますが、弊社がメインジャンルとしているビジネス書や人文・心理ジャンルの書籍の目的は、紙の本を届けることではなく、そこに書かれている内容です。必要としている人に必要な内容を届ける手段の1つとして、電子書籍は大きな存在価値があると感じています。

呉服業界と出版業界の共通点

以前、同僚と電子書籍について話しているとき、その同僚が興味深い話をしてくれたことがあります。「出版業界は、呉服業界とよく似ている。電子書籍を無視して、紙の本だけにこだわっていたら、呉服業界と同じ道をたどることになる」というのです。

実際のデータを見せてもらったのですが、呉服業界は、洋服の登場により売上が右肩下がりとなります。その中で、洋服にはない呉服の魅力を伝えたり、伝統技術を継承するなど、呉服業界の関係者による必死の努力の甲斐もあって、今も一定の市場をしっかり確保しています。大手呉服屋さんが明治時代以降における近代的な百貨店の発達の礎となって、生き残りを図った歴史があります。ただ、呉服そのものは、洋服の登場前のような市場規模にはなっていません。街を歩く日本人の大半が洋服を着ているのに、洋服の存在を無視して、呉服だけにこだわっていては衰退の一途をたどるしかありません。

これを出版業界に置き換えると、電子書籍ネット上の文字コンテンツ(ブログやnoteなどを含む)が洋服に当たります。近い将来、というか、すでにその流れが加速していますが、読者の大半がスマホやタブレットで電子書籍や文字コンテンツを読んでいるのに、紙の本だけにこだわっている。その未来は決して明るくないのは誰もが想像に難くないでしょう。

電子書籍を無視するのではなく、紙の本と電子書籍の共存する方法を模索することが、出版社として、編集者として求められる今後の課題だと考えています。

紙の本であるべきもの、紙の本でなくてもいいもの

このように考えていくと、「紙の本である理由」が問われてきます。紙でないと味わえない魅力を伝えられるのは、どんなジャンルの本か? ということです。

私の個人的な意見ですが、究極的には、デザイン・芸術・アート系(画集・写真集など)ではないかと思っています。紙ならではの質感や奥行き、色の発色、造本など、本そのものが1つの芸術作品になりうるものです。小説などの文芸書も、作家さんが紡ぎだした文章、世界観に合わせた装幀、文字組み、書体などが1つの芸術作品といえます。あとは、しかけ絵本をはじめとする児童書ぐらいでしょうか。

弊社がメインで扱っているビジネス書、人文・心理関連書、実用書などは、紙であるべき理由がはっきり見いだすことができないのです。あえて考えられるものとしては、「所有欲」を満たしてくれるもの(本そのものをインテリアとして考えるなど)でしょうか。

ただ、Mac組版が一般化する前、写植での書籍づくりを知っている最後の世代の身としては、級数表や歯送り表を使って、本文の版づら、文字組み、書体、級数(文字の大きさ)、字送り、行送りなど、企画に合わせてそれぞれを指定していくのは編集者の個性やこだわりが出せる機会であり、ジャンルを問わず、紙の本だからこそ表現できる貴重な場でもあります。タブレットやスマホ上で、読者が書体やを自由に変えられる電子書籍では伝えられないものです。これは、読者の目線というより、書籍編集の目線からの話ではありますが……。

話を戻します。情報を発信して届ける媒体としては、紙の本であるべきジャンルは限られており、多くは紙の本でなくてもいいと考えられます。

電子書籍のデメリット

書籍編集の立場からすると、先に少し触れた「本文デザイン」以外にも、電子書籍にはいくつかのデメリットも感じています。

まず制作過程におけるデメリットです。

いくつかあるのですが、その1つに、「校正ミスが多くなる」というものがあります。これは、私の校正力の低さが大きく影響していると思われるのですが、実際の紙にプリントアウトした校正紙で校正しているときよりも、PCの画面上で直接校正しているほうが、なぜか誤脱字を見落とすケースが多発するのです。人間の体感覚が影響しているのでしょうか、なぜこんなところを見落としているのかと自分で自分を疑いたくなるぐらいです。なお、自社他社問わず、知り合いの編集者でも同じような体験をしている人が多くいるので、なにか理由があるのではないかと思っています。というか、「自分だけではない」ことをいいことに、理由があるはずだと思い込んでいるだけなのですが……。私の場合、校正作業はできるだけ紙で実施するように心掛けています。

次に販売におけるデメリットについて。

ご存じのとおり、電子書籍は、出版社でなくても、廉価で個人でも誰でも出版できる世界です。これは、今まで出版社か、自費出版という形でしか出版できなかった時代に比べて、誰にでも出版のチャンスが生まれ、今まで埋もれていた才能が世の中に出てくる、とてもすばらしい世界だと思います。

ただ、それは売場自体が玉石混交のフラット世界であるともいえます。販売されている書籍点数も、紙の本に比べて圧倒的に多くなります。そうなると、ただ単に電子書籍を出版しただけでは、見つけてもらえない、埋もれてしまう場合が多いわけです。電子書籍では、著者や出版社のマーケティング力、発信力、そもそも囲い込んでいるファン数が大きく影響します。「この人が書いた本だから買う」「この人が編集したから買う」「この出版社が出しているから買う」といった「ヒト(または会社)検索」が勝敗を分ける世界だと言えます。

また、「紙の本vs電子書籍」を論じる際によく言われることですが、ネット書店では、紙の本をリアル書店で販売されているときには存在した「書店の店頭で偶然に目にした本を買う」という購買行動の機会がきわめて少なくなります。なぜなら、ネット書店では目的買いが多いからです。出版社側からすれば、読者が興味のない、知らないテーマには、なかなかリーチされにくいわけです。

それも影響していますが、電子書籍の売上が年々伸びているとはいえ、1点当たりの売上規模がまだ小さいのが現実です。利益率も決して高くありません。紙の本がなく、電子書籍(ボーンデジタル)でベストセラーがなかなか出てきていないのが現実です。

紙の本であれば、リアル書店での1アイテム当たりの売場面積を広げる(1面だったものを2面以上に広げるなど)ために、出版社の書店営業が各書店さんに対して営業をかけることができました。しかし、ネット書店では電子書籍1点当たりに与えられる売場面積は基本的に平等です。広げるにはネット書店内での広告枠を買って露出を増やしたり、プロモーションをかけることになります。また、リアル書店に比べて、ネット書店の数は限られています。リアル書店であれば、各書店チェーンが全国にいくつもありますが、ネット書店の数は片手で数えられるぐらいの寡占状態です。

オールドメディアとニューメディアの関係

過日、芸能界の重鎮的な存在ともいうべき、元・芸能事務所の幹部の方からうかがった、とても興味深い話があります。近年、人気YouTuberたちがテレビに積極的に出演していることについて話が及んだときでした。

「森上さん、映画が全盛だったときにテレビが登場した際、映画関係者がどう感じて、テレビに対してどう言っていたと思う? 俺もまだ生まれてないときだから、先輩から聞いた話なんだけど、当時の映画人は、『テレビなんて、あんな紙芝居みたいなもの、たいしたことない』と半ばバカにしていたそうだ。ところが、どうだ。すっかり市民権を得たテレビというメディアは、映画というメディアを凌駕するまでになった。今度は、YouTubeだ。テレビの人間は、YouTubeが出てきた当初は、当時の映画人がテレビをバカにしたように、テレビの人間は、『素人がやっているYouTubeなんて、俺たちプロからしたらたいしたことはない』とバカにした。ところが、どうだ。この10年でYouTubeがテレビを凌駕しつつある状況だ。『映画 → テレビ → YouTube』という映像メディアの歴史の流れがよくわかる話だろ」

私が勉強になったのは、ここからです。

「でもね、テレビに出ている俳優や女優が、簡単に映画に出られるかといえば、そういうわけではないんだよ。映画に出るにはそれなりの高いハードルがある。それなりに選ばれた人しか出られない世界なんだよ。だから、テレビの人間は映画人をリスペクトしている。世の中への影響力は、映画よりテレビのほうがあるのに、だよ。今はYouTuberがテレビに出始めている。でも、YouTuberがテレビに出るには、YouTubeの中でそれなりに人気がないと出られないだろ? やっぱりテレビとYouTubeの間に高いハードルがあるからだよ。だから、YouTuberたちはテレビに出ている人を含めて、テレビの人間をリスペクトしている。今や、テレビよりYouTubeのほうが影響力を持ちつつあるのに、だよ」

影響力という意味では、「映画 < テレビ < YouTube」となっていますが、リスペクトという意味では、「映画 > テレビ > YouTube」という真逆の関係が成り立っているというのです。

そして、最後に飛び込んできたひと言に、大きな衝撃を受けました。

「一番の問題はね、そんな関係が成り立っているのに、オールドメディア側がニューメディア側にリスペクトされていること、つまり、その価値に気づいていないことなんだよ」

これは、紙の本と電子書籍の関係に近いかもしれない――。

映像メディアとは違って、幸いというべきか、紙の本も電子書籍も、基本的に我々出版社がハンドリングしています。そのハンドリングしている立場にある出版社や編集者が、紙の本と電子書籍それぞれの価値に気づけているのか? その価値を明確に認識し、それぞれの価値を最大化させれば、とてもおもしろいことになると確信した瞬間でした。

紙の本と電子書籍の使い分けをするために

時代の変革期のエピソードと言えば、スティーブ・ジョブズも引用したと言われている、馬車から自動車に移行した際のヘンリー・フォードが言ったとされる言葉を思い出します。

「馬車に乗っている彼らに何が欲しいかと聞けば、彼らは『足の速い馬が欲しい』と答えるだろう」

馬車に乗っている顧客の声をいくら聞いたところで、自動車という新市場を生み出すのに必要なエッセンスは出てこないというわけです。

紙の本と電子書籍それぞれの価値の認識と上手な使い分けのヒントは、出版業界の枠を超えたところにあるのではないかと考えています。

先ほど紹介したYouTuberたちは、自分たちの価値もテレビの価値もしっかり認識しています。彼らがテレビに出る理由はテレビが持っているマスへのリーチ力であり、テレビ出演が自分のYouTubeチャンネルにフォロワー獲得につながればいいと考えているから。テレビのギャラはいっさいあてにしていません。なぜなら、キャッシュポイントをYouTubeに置いているから。

紙の本と電子書籍の使い分けも、結局はキャッシュポイントをどこにつくり、どこに置くか。これに尽きるのではないかと、あらためて感じています。

だから、電子書籍は、出版社にとっても編集者にとっても、無視できない存在であり、さらに未来を切り開く重要アイテムだと認識しています。

▼今回の記事に関連した内容を、Voicyにて同僚とともに2回にわたって話しています。


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