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教室の三角形『#2000字のドラマ』

 三時間目が終わり休み時間になる。各々が各自の目的地へ移動。
 目的地に集まると、プロ野球の結果、ドラマの内容批評、恋ばな、他のクラスの悪口。様々な雑談がリーダー格の机を囲んで始まる。

 その様子を窓際の一番後ろの席から眺めたり、雑談をBGM代わりに本を読んで休み時間を過ごす。

 昨日買った本を読もうと鞄から取り出す。すると、思いがけない声が。
「藤堂!それ、どこで手に入れたんだ?」
 僕の前の席に座る井上だ。それってこの本のことか?
「隣町のショッピングモールの本屋で」
「あそこか!店でかいもんな!」
 柔道部で中二とは思えないほどでかい井上のでかい声が鼓膜を攻めてくる。
「これ、探してたの?」
「そうなんだよ!テレビでやってて、読んでみてーって思ったんだ」
 井上の声は工事現場の騒音なみだ。

「井上、うるさいよ!」
「高橋の声もうるせーよ!」
 今度は隣の席の高橋だ。いつの間に戻ってきた?騒音なみだったのが、完全なる騒音になった。
「珍しいね、藤堂と井上が喋ってるの、あっ!テレビで紹介してた本!探してたの!」
 バスケ部でこちらもでかい高橋の声が響く。
「どこで見つけたの?」
「お前には教えねーよ」
「井上には聞いてないでしょ!藤堂に聞いてるの!」
 教えるから、こんな距離でその音量はやめてくれ。
「隣町の」
「あんたがこれ読んだところで理解できる?柔道バカのあんたが?」
「お前だってバスケバカだろ!女がでかい声でギャーギャーうるさいんだよ!」
「女とか関係ないでしょ!あんたのほうがうるさい!」
 始まってしまった、この二人の言い合いはクラスの名物になってる。他のクラスから見物客が来ることもある。いい迷惑だ、そして、どっちもうるさいよ。

「井上、高橋、またお前らか!授業始めるぞ」
 先生遅い。各々が各自の席へ戻り着席。井上と高橋もお互いをにらみながら着席。四時間目が始まる。


 給食が終わると、各自が各々の目的地へ移動。今度は校庭や体育館、図書室など様々、井上と高橋は教室にいない。やっと読むことができる。

 
 読み進めるうちに疑問が浮かんだ。井上と高橋、本読むのか?部活命のあの二人が本を読む姿······想像できない。


「藤堂、その本どこで見つけたの?」
 高橋が本を二冊持ってる、図書室で借りてきた?
「隣町のショッピングモールの本屋で」
「あそこねー、あそこの本屋でかいもんね」
 でかい人はでかいと言いたいのか?
「藤堂、いっつも本読んでるよね」
「······うん」
「オススメの本ってなにかある?」
「······オススメ?」
 
 なんでそんなこと聞くんだ······特に意味はないか。

「高橋は普段どんな本読むの?」
「うーん、例えばこんな本」
 二冊の本の表紙を見せているが、意外だ。推理小説とSF小説。小説読むんだ。

「こいつ、小説読むんだって思ったでしょ?」
「いや、思ってないよ」
「絶対ウソ、顔に出てたよ」
 高橋が笑ってる。なんか恋愛小説の1ページみたいだ。

「これ、読んだことある?」
 昨日読み終えて鞄に入れたままの小説を手渡す。
「読んだことない。でもこれ、恋愛系?藤堂、こういうのも読むんだ」
「······まあ、作者が好きだから買っただけだよ」
 しまった、普通に手渡したが、そうなるよな。気持ち悪いと思ったか。
「おもしろかった?」
「······うん、おもしろいし、いい話だった。読み終えたあと爽やかな気持ちになった」
「へー、どんな話だろー、読んでみたい。探してみる」
「貸そうか?もう読んだし」
「えっ!?いいの!?ありがとう!」
 そんな喜んでもらえると思わなかった。

「いつ返せばいい?」
「いつでも」
「いいの?読むの遅いよ?」
「いいよ。読み終わったら感想教えて」
「わかった!ありがとう!」
 高橋の声をでかいと思わない、騒音とか思ってたのに。

「そういえば、井上って本読むの?」
「知らなーい、もし読むなら図書室で見かけそうだけど一回も見たことないなあ。あんなでかい声のやつがいたらジャマだけどね」
 自分の声はでかいって自覚ないのか?
「お前の声もでかいぞって思ったでしょ?」
「えっ······思ってないよ」
「顔にハッキリ出てたよ」
 高橋の笑顔をこんな距離で見るの初めてだ。不思議と気持ちが安らぐ。


 井上がいつものように汗だくで戻ってきた。
「ねー井上、あんた小説読むの?」
「なんだよ急に」
「藤堂が持ってる本、探してたんでしょ?」
「ああ······ちょっとだけどな」
「なに読んだことあるの?」
「ああっと、あれだよ。名前忘れた」
「本当に読んでるのー?」
「うるせえ!バスケバカ!」
「なにキレてんのよ!柔道バカ!」


 井上はやっぱ本読まないな。じゃあなんでこの本を探してたのか······教室の掲示板には今月誕生日の人の名前が掲示されている。

 来週、高橋の誕生日だ。

 数分前の僕だったら、なんとも思わなかった。今の僕は、帰りにこの本も貸すか、もう一冊買って来週渡すか、思考を巡らす。

 高橋に貸した小説にこんな文章があった。
 
『恋愛は無条件に人を変えてしまう恐ろしい魔物だ』

 その意味をやっと理解することができた。






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