【自己啓発】「自分らしく生きる」のではなく「人間らしく生きる」と考えたほうがいい理由と解決策
結論からお伝えすると...
自分らしく生きようとするから
苦しくなるのです。
こんにちは。
あなたのキャリアを
失敗させないコンサルタントのタルイです。
週一でnote更新しています。
今回の記事は20代から30代の人で
「自分らしく生きる」とは何?
とお悩みの方に向けて書きます。
いつもいきなりですが、
あなたはアンデルセン童話の
『裸の王様』はご存知ですか?
服好きの王様に対して、
詐欺師の仕立て屋が
「この服はバカには見えない服です」
と売りつけると
王様も周りの人も
「自分だけが見えていない」
という恐怖から
「見える」と言い張ってしまい
結果的に何もないものが
価値を持ってしまうというお話でした。
今日はこのような話を書いていきます。
そうです。
自分らしい生き方なんて、
誰にも見えていません。
◆お釈迦様は言った「すべてのものには実体がない」
私がまず最初にお伝えするのは
自分らしく生きることに固執すると
苦しくなるということです。
お釈迦様は「諸法無我」という言葉で
諸法=すべてのものには、
無我=実体がない
と諭しました。
例えば水です。
気体として水蒸気にもなれば
固体として氷にもなります。
はたしてどの状態が
「水の実体」でしょうか?
水が外部環境で
相対的に変化するように、
人もまた環境で相対的に変わります。
会社での自分も、
家族や、恋人の前の自分も
すべて自分です。
そして相手が変われば
自分の対応も変わります。
極端に態度が違うと
カメレオンなどと揶揄されますが
大小の差はあれど、
変わるのが普通です。
オフィシャルも
フォーマルも
カジュアルも
それぞれに自分があって当たり前。
相対的に自分が変わるのが普通であって
ゆえに「自分らしさ」という
絶対は存在しません。
TPOをわきまえず
自分らしさにこだわるのならば
それを「自分らしさ」とは言いません。
粗野で野蛮でわがままな人間と
分類されます。
ちょっとテーマから逸れますが
以前、サッカー日本代表が
「自分たちのサッカー」を掲げて
ワールドカップで
惨敗したことがありましたね。
サッカーは本来11人ではなく
22人(正確にいうと審判の数も)でやるスポーツです。
つまり自分たちだけでなく、
相手がいるのです。
自分たちの目指すやり方に固執して
妄信したことと
対戦相手に応じて戦術を変えられない
バリエーションのなさが
敗因であったと考えられます。
このように自分のやりたいことが理想と
そこにこだわるあまり固執し続けると
うまくいかない現実に苦しむことになります。
◆ファッションと働き方の変化が「自分らしく生きる」を生んだ
お釈迦様は「諸行無常」という言葉で
世の中のものは常に変化するので
これと断定できるものがないと言ってます。
20年前と今の20代から30代を
取り巻く環境で変わった例として2つ
ファッションと働き方の変化を
考察します。
現在の40代から50代(私の世代です)が若いときは
今よりも
「自分らしいファッション」への
こだわりが強かったと思います。
しかし現在は、ファストファッションの台頭で
シンプルにミニマルな服が流行しており
個性的なデザインは好まれないようですね。
現在の20代から30代の人は自分の外面よりも
内面に「自分らしさ」を求めているように感じます。
「働き方」も変化しました。
終身雇用がなくなり
一つの組織の中での自分の位置づけに興味がなくなり
自分なりの価値観や意見に強くこだわる人が増えました。
これは日本の企業も
欧米型のキャリアを取り入れて
ゼネラリストではなくスペシャリストな人材を
重宝するようになったことも要因としてあがります。
◆「自分らしく生きる」ことが自己実現ではない
次に私がお伝えするのが
「自分らしく生きる」は
心理学でも矛盾点が多いということです。
▼コチラの図をごらんください。
有名なマズローの図です。
「自分らしく生きたい」とはこの図では
自己実現欲求のことです。
ですが...
これは間違いです。
結論からお伝えすると
心理学的に言えば「自分らしく生きたい」は
承認欲求と社会的欲求のことなのです。
▼コチラに詳しく書きました。
本来の自己実現欲求とは
これはマズロー本人も証言してます。
「自分らしく生きたい」と考える人の特徴は
自分らしくありたいと常に考えて
書籍な自己啓発セミナーで学ばれたりします。
また、自分の憧れの人が発言された
「自分らしい生き方」「成功」「お金」
といったワードに反応し
自分もそうあろうと考えている人が多いです。
つまり、もともとは個性的で自己主張の強い
唯我独尊なタイプではなく
生きる過程で、誰かに自分らしくあるよう教わり、
自分らしさを出していくように努力している人ですから
向上心が強く努力家であるとお見受けします。
つまり、「自分らしく生きる」という欲求は
承認欲求を自己実現したい欲求なのです。
そして、「自分らしく生きたい」と考える方は
セミナーやオンラインサロン等で共に共感しあえる
仲間があり、グループを形成しております。
このグループ活動に対して
所属していない人からの誹謗や中傷があれば
ものすごい勢いで怒ったり報復したりします。
この欲求はまさに社会的欲求であると言えます。
この気持は良くわかります。
私も飲食業界のことをバカにする人がいたら
倍返ししたくなります。
こちらの図にまとめましたが
承認欲求も社会的欲求も欠乏欲求です。
欠乏しているから求める性質のもので
本来の自己実現欲求とは性質が違います。
誤解なく伝えたいのですが
承認欲求も社会的欲求も悪いことではないのです。
欲求を持つことが悪いこととすれば
人はみな植物人間のようになってしまいます。
問題は自分らしい生き方にこだわるあまり
考え方が固執することです。
●相手に合わせて自分を変えなくてはいけないと苦しむ
●環境の変化に対応できなくて苦しむ
●とめどない欠乏欲求から開放されないて苦しむ
これらから開放されません。
◆人間らしい生き方を『受け入れる」ことから
解決策はシンプルです。
「自分らしく生きる」のではなく
人間らしく生きてみましょう。
人間らしい生き方は科学と歴史が教えてくれます。
こちらにも書きましたが
私たち人間は他の動物に比べて一年早く生まれるそうです。
その理由は
人間は他の動物に比べて脳が大きいために
一年遅く生まれると頭が大きくなりすぎて
産道から出れなくなってしまうからです。
動物的にいえば早産なため
人間は生後すぐに「立てない」という
”出来ない問題”に直面します。
ですが、生まれて最初に劣等感を体験することで
人は成長できるのではないかと私は考えてます。
人間は本来、自分には負けたくない生き物なのです。
もう一つ別のお話。
今から1800万年前に
地球の熱帯雨林が縮小しサバンナ化したことで
ゴリラよりもケンカが弱く
チンパンジーよりも木登りが上手くなかった
人類の祖先は
森林から追われるように
荒地のサバンナに逃げるように移り住みました。
その集団生活のなかで食物を分かち合うことで
助け合いをしていきました。
ここから人間に他者を思う優しさが生まれたのだ考えます。
もう一つ別のお話。
我われの祖先はサバンナで生きていくのに
猛獣などと遭遇するリスクに備えて
素早くそれらを回避する意思決定が求められたことから
バイアス(思い込み)を生み出す脳も持ち合わせてました。
しかし、このバイアスは現代においては誤った判断や
自己決定するエラーの原因ともなっています。
太古の昔は有益だったバイアスが
現代では脳のバグ扱いになるなんてまさに諸行無常です。
そのバイアスも名前があるのだけで150から200種と
科学的にも分類ができない状態であるなんて
まさに諸法無我です。
このように人間らしさとは
弱く不完全で環境によって変わりあいまいにしか定義できない生き物であるのです。
ですが、それでいいじゃないですか。
これらをすべて受け入れることが
ありのままに生きるということなんですから。
無理に背伸びをして自分らしさを演出したり…
他人と比較することで自分らしさを実感したり…
これをやめることがありのままに生きるということです。
▼これについては私が語るよりこちらをご覧ください。
あいだみつをさんの書には
「人はみな不完全な存在である」
その誰もが認めたくないことを受け入れるいる覚悟を感じます。
「何度つまずいても立ち上がれる!」
「やり直す意志さえあれば再起は可能なんだ!」
それこそが『にんげんだもの』なんだ。
と言っているように私は感じます。
◆まとめ 詐欺師の仕立て屋には注意する
まとめです。
●自分らしい生き方にこだわると考え方が硬直する
そもそも「自分らしい生き方」は存在しないもの
多くの人が書籍やセミナーやSNSから得た「自分らしい生き方」を勘違いして取り入れて「なりたい自分」と同一化します。
この他人から見た「なりたい自分」を理想とすると
頑張ってもなれない自分を責めて苦しみます。
●人間らしい生き方とは
・人は不完全で生まれることで劣等感から成長を欲する生き物
・生活が集団で成り立っているために他人への優しくできる生き物
・合理的ではなく感情で判断するため、たくさん失敗するがそれを受け入れることもできる生き物
そして...
「自分らしく生きる」ことではなく「人間らしく生きる」こと
これが「ありのままに生きる」ということです。
『自分らしく生きる』なんて真理でもなんでもありません。
ただの自己啓発のタイトルです。
最後に注意点です。
詐欺師の仕立て屋について書きます。
マーケティングの本質は人間の欲求をつくことです。
コレ自体は悪いことではありません。
承認欲求も魔が差して奴隷になるまで
依存しなければ必要な欲求です。
ただ、無いものをあるといって売るのは詐欺です。
「自分らしく生きる!」
これは「自分らしく生きてない人には見えない服」なんです。
自己啓発の目的は”気づき”です。
過去の事例や他者の考えを受け入れて自分の見識を拡げることにあります。
(なるほど、そういう考え方もあるんだ...)
自分の考えとは別の考え方を知ることができた。
頭の中でこれに気づいたら
もうそれ以上の価値はありません。
その考え方を取り入れるのも、
取り入れないのもまったくの自由。
やらなければならない理由なんてどこにもありません。
大切なのは自己啓発のような意識改革ではなく
その後の行動改革です。
本当に夢や大きな目標がないのはダメなんですか?
人生において明確な目標や夢がある人の割合は
統計でみても100人中5人以下です。
「なりたい自分になる」は少数派なのです。
では残り95人の大多数は本当にダメなのか?
もちろん違います。
「ありたい自分であればいい」じゃないですか。
ありたい姿とは理想を自分でコントロールできることに集中して
いくつもの小さな成功体験を達成する。
そんな自分を自分で褒めてあげて
自信を深めて
自己成長と他者貢献にやる気を出していけばいいのです。
これが行動改革です。
そして行動改革は少数派も多数派もやることは同じです。
諸行無常の真理から考えると
過去の誰かの成功体験は前提条件が違いすぎるので
取り入れても実用性は本当に低いです。
いまはVUCAの時代
成功事例は全て特殊事例ぐらいの気構えでいたほうがリスクが少ないです。
成功法則や自己啓発本の内容も
すべて真に受ける必要性などないのです。
「幸せになりたい」
その幸せってなんでしょう。
幸せもまた自分の内側からでなく外側からやってくる不確かなものです。
だったら幸せよりも、自分の内側から沸き起こる喜びを増やすことをすればよくないでしょうか。
喜びは自分の心がけ次第でいつでもつくれます。
不確かなものよりは自分でコントロール可能なものに集中する。
それこそが、いま、ここ、ありのまま、ということです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
◆お知らせです。
●今回の記事は三部作の最終章で書きました。
テーマは
世の中の真理とはなにか?
そして人はどう生きていくべきなのか?
を問いた自分らしい記事です。
嘘です...笑
自分らしい記事なんてありません。
一般論の逆説をタイトルにして、序論+本論+まとめと小論文形式をベースに、エッセイ風にして口語体を取り入れて書いているだけです。
書き方はコチラに¥500で有料記事にまとめました。
●kindle出版もはじめます。
今までnoteに書いてきた記事をリライトして
kindle出版していきます。
企画段階で10冊の章立てができました。
kindle unlimitedに登録している人は
0円で読めるようにします。
超が付くくらい遅筆で、締切守れないですけど
とりあえず年内に一冊を目標に書いてます。
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