「幸せ」の積み重ね

蝉が鳴いている。

自室。正方形の、箱のような部屋。ここに閉じこもるような生活をしていると、季節感を失ってしまうらしい。

大学がオンライン授業になったとたん、外出の頻度が激変した。

わかったこともあった。私はきっと、そんなにアウトドア派ではないのかもしれない。思い返してみれば、今まで予定もなしに出かけることはほとんどなかった。大学に行くついでか、誰かと約束をしてから外出する。「ちょっとヒマだからどこか行こう」なんて、私には有り得ないことだった。

もう一つ。田舎が好きだと思っていたが、案外そうではなかった。休みのたびに山が美しいところに出かけ、壮大な山々とそこにかかる霞を眺めながら、いつかこういう場所に住むと心に決めていたのに。

今住んでいるのは、郊外の小さな町。田舎とまではいかないが、それでも家の周りには住宅街と公園しかない。ここ数ヶ月、私の世界は自宅周辺のこの世界だけだった。何もない。頭がおかしくなりそうだった。毎日通っていた、都心のあのビル群が恋しい。高い高いビルに囲まれ、絶えず人々が急ぎ足で行き交う街。笑い声、車のクラクション、数分おきにガタンゴトンと通り過ぎる電車。音が聞こえない瞬間などない。自分の意志とは関係なく、毎秒毎秒、世界が変わっていく。

私は面倒くさがりな人間なのだろうか。都会が恋しいのは、何もしなくても人や景色が勝手に動き、新しい世界を見せてくれるから?田舎では、そうはいかない。黙ってこちらを見つめ続ける山。澄んだ川のせせらぎも、とても穏やかだ。だから都会の人は田舎に行きたがるのかもしれない。周りの環境がとても静かで、何をするにも「自分」が主体だから。自分が動かないと、世界は変わらない。「とりあえず」目に付いたカフェに入ろう、なんてこともできない。常に人が行き交い、雑音が入ってくる環境では、落ち着いて自分の心の声を聞くことは難しい。

「自分」を主体に生きる経験をすると、人生の舵取りをしているのは自分だという自信が湧き上がってくる。それがたった数泊の田舎旅行であっても。今日はここに行く。ここのレストランでこれを食べる。そんな些細なことでさえ、自分の心と向き合って自分で決める。人生は小さな選択の積み重ねでできているのだ。決断力は、いつか人生の大きな岐路に立った時に必ず役に立つだろう。

お洒落なカフェや、トレンドのお店が自分を幸せにしてくれる訳ではない。ただ何となく手にしたのなら、それはただの物にすぎない。大切なのは、自分で考え、必要だと判断した上で、手に入れること。面倒くさがらずに真剣に自分と向き合い、小さな選択を重ねることで、日々の幸せは作られていく。