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8分小説 『ポップコーン・ロマンス』

……あれ?

スクリーンから放たれた光を頼りに見たカップの中身がさっきよりずいぶんと減っているような気がする。

無意識のうちにこんなに食べてたっけ……?

不思議に思いながら、Mサイズのカップからポップコーンを摘まんで口に入れる。少し舌で溶かしてからかじると広がるコンソメのフレーバー。初めて買ってみたけど悪くない。


 意識の半分を今映し出されてる男女の恋の行方に持ってかれながらもう一度手を入れたら、ポップコーンじゃないものに触れて驚いた。

な、なに? 今の……?

突然のことに挙動不審になりながら、周りを見やれば、右隣の男の人が慌ててジャケットのポケットに手を突っ込んでいた。

もしかしてこの男の仕業……?

私からの視線をひしひしと感じているだろうに、映画に夢中なフリをして無視を決め込んでるのが横顔からでも窺える。

だってほら、目尻がぴくぴくしてる。

あんなに気になってた画面上の二人は今や、ただの背景でしかなくなっていた。

 今後の二人がどうなるかより、私は上映が終了するまで残り30分の間にこの男がポップコーン泥棒なのかどうか見極めなくてはないのだから。

………はっ!

 いつの間にやら眠っていたらしい。

流れゆくエンドロールを見て、果たすべき目的を思い出す。バッと顔を振って、隣の男の所在を確認したらちょうど席を立とうとしているところだったから、腕を掴んで引き止めた。

「待って!!」
「……なに?」
「あんた、私のポップコーン盗んだでしょ?!」
「……は? 何言ってんの? 人のポップコーンを盗るやつなんているわけないだろ?」
「でもさっき慌てて手を引っ込めてた!」
「それでなんで俺がポップコーン泥棒になんの? 変な言いがかりはやめてや」

ムッカつく! なんだよこいつ!!

あまりに腹が立ったから

「……口の端にポップコーンの食べカスつけといてよく言うよ」

とテキトーに鎌をかけたら

「……!」

手の甲でサッと口許を拭う男。

「はい、確定! 現行犯逮捕!」
「ちょ、違うって!まじで!」

 動揺しまくる男にライトを浴びせるかのように、その場がぱっと明るくなるから

「じゃ、外で詳しく話を聞かせてもらおうか?」

映画の中の刑事ばりの台詞を吐いて私は、ほくそ笑んだ。

 近くのコーヒーショップに連れ込むと、男にコーヒーを奢らせ、空いていた席で脚を組んでコツコツと指先で机を叩きながら問い詰める。

「……で、いつから?」

どのタイミングから私のポップコーンを狙っていたのか、それが知りたかった。

なのに、男の返答は私の予想を遥かに上回るものだった。


「かれこれひと月くらいにはなるかな……」
「はああ?!」

せいぜい数時間前の話かと思いきや月単位ときた。

驚愕して目をパチパチさせる私に

「……気づいてなかったの?」

と、なぜか男は悲しそうに目を潤ませる。


泣きたいのは私の方だ。
今までにも散々盗まれていたなんて、そんな事実にわかには信じられない。

いや、信じたくない。

「気づいてないも何も、私たち初対面のはずだよね?」
「こうやって面と向かって話すのは確かに初めてだけど……」
「だけど……?」
「俺は三ヶ月前から毎週末、君のこと見てたよ?」

な、なにそれ、どういうこと……?

驚きすぎて私は口をパクパクさせることしかできない。

「毎週金曜日にレイトショー観にきてたでしょ?」
「え、うん……」
「あんなに席空いてんのに、毎回隣に人がいるの不思議に思わなかった?」
「全然。だってストーリーに夢中になってたから」
「うそつけ。先々週は爆睡してたじゃん」
「そんなことまで覚えてるとか、ストーカー?」
「ストーカーではないよ」
「なら、なんで……」

なんで毎回私の隣に座る必要があったの?

私の声にならない疑問に対して

「……君の横顔があまりにも綺麗だったから」

恥ずかしそうに目を伏せながら答えるもんだから、座ってた椅子を引くようにして男から距離を取る。

「な、なんでそこ引くの?!」
「だってこわいじゃん! 映画観るフリして人の横顔観察してたとか、恐怖以外の何物でもないでしょ?!」
「べ、別に上映中ずっと見てたわけじゃないよ?! 時々ちらっと目に映る姿が綺麗だなあって思っただけで……」

誤解だと言わんばかりに大袈裟に手を振って否定する辺りがさらに怪しく、不信感がつのる。

「……じゃあなんでポップコーン盗み食いしてたの?」
「……きっかけがほしかったから」

視線を逸らしながら、ごにょごにょと言い淀む。

「え、何? 聞こえない。はっきり言って!」
「……君に話しかけるきっかけがほしかったから」
「そうは言うけど、私が引き止めた時、逃げようとしてたよね?」
「そ、それは周りの目が気になって……」
「そんな回りくどいことしなくても、普通に話しかけてくれば良かったのに」
「そんな簡単に話しかけられないよ。泣いてんのに」
「…………」

誰の目も気にせずに思いっきり泣くために、わざわざ一人で鑑賞していたのに。まさかこの男にすべてを目撃されてたなんて。

「恋愛でも友情でも家族愛でも。誰かが幸せそうなシーンになると必ず泣いてるよね?」

私がどんなときに泣いて

「その反面、誰かが悩んだり苦しんだりしてるシーンでは意地でも泣こうとしない」

どんなときに泣くのを我慢してるのか

「そういうところがいいなあって思ってさ。うれし涙は一緒に流すけど、誰かを哀れんで泣くのは嫌いなのかなって」

ほんの数時間前までその存在すら知らなかった男は、いとも容易く私の気持ちを言い当てる。

「まあ、たまに爆睡してる時もあったけど」
「……そんなとこまで見んな、変態」
「ははっ、ごめんごめん。でも、ずっと気になってた。こんなに綺麗な涙流せるなんて、どんな人なんだろう? って」
「…………」

口を噤んだ私を不機嫌になったとでも思ったのか

「でも俺のせいで嫌な気持ちにさせたんなら謝る。ごめんな? もう俺、あそこの映画館には行かないから」

と一方的に言うだけ言って立ち去ろうとするから

「……待って!」

テーブルを叩いて立ち上がる。

「え?」
「私、まだあんたに今までのポップコーン代返してもらってない!」
「あ、そうだよな。ごめん……これで許してくれる?」

私の指摘に男は申し訳なさそうに戻ってくると、財布から一万円札を抜き取りテーブルに置く。

「そんなんじゃ全っ然足んない!」
「……え?」
「これから一生、私にポップコーン奢ってくれなきゃ許さない!」

自分でも何言ってんだろうと思ったけれど、考えるより先に口が動く。

「人の泣き顔散々盗み見といて、その程度で済むわけないでしょ?」

私の言葉に男は一瞬目を見開いてから、口許を緩めた。

「ふはっ、わかった。なら約束するわ」

そう言って男は向かいに座り直す。

「あ、でも、その前に名前聞いていい?」
「人に名前聞くときはまず自分が名乗るべきでしょ?」
「そうだね。安東優樹ゆうきです」
「……西山ミサキ」

いちいちつっけんどんになる私の言葉尻を気にするでもなく、穏やかに笑う。

「これから俺は一生、西山ミサキさんにポップコーンを奢ります」
「……当たり前でしょ?」
「じゃ、おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと一緒に映画観ような?」

……ああ、なんてこった。

こんなありきたりな台詞に簡単に惑わされてしまうなんて。

「……一生私の隣でポップコーン食っとけ、バーカ!」

かわいくない私の返事に安東優樹は、にやりと白い歯を覗かせた。

ロマンスは、案外近くに落ちている。


(20170128)

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