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『逃げる夢にも希望はあって、』 #シロクマ文芸部


逃げる夢に惑わされる私が
今日もここにいる。

人生は計画通りにはいかないと
頭ではわかっているけれど

ひとつくらい夢を
叶えさせてくれてもいいのにって

神様なんて信じてないけど
時々神様を恨みたくなる。

だってそうでもしないと
私は私を傷めつけることでしか

自分が生きていることを
自分が存在していることを
赦す方法を知らないから。

それでも自分で選んだ道だから
誰のせいにもできやしない。
するつもりもない。

どれだけフラッシュバックに苦しんでも
今でも私は誰のせいだとも思っていない。

むしろごめんなさい
私のせいで振り回して

本当はずっと気づいていたけれど
ずっと隠していただけ。

いつ爆破するのか
わからない爆弾を
ずっと抱えながら

自分にすら
暗示をかけて生きていることを
自覚していた。

いつかこんな日が来ることを
心のどこかで覚悟して生きてきた。

だって自分のことだもん
それくらいわかるよ。

この性格で生きていたら
どのルートを選んだとしても
行く着く先は遅かれ早かれ一緒だ。


もし平行世界があるのなら
この世界の私よりも平和でいてね
って願っちゃうのが私なんだよ。


叶えたい夢がたくさんあるのに
叶えられないことはひどく悔しい。


私は新しい場所に飛び込むことが好きだ。
逆に言うと同じ場所に居続けるのが苦手だ。

自分のことを深く知られそうになると
するりと逃げたくなる。

なのに……
出会う人がみんな優しくて
それがまた心苦しくて……


自分ですら大事に思っていない自分を
どうしてそこまで大切に思ってくれるの?


恵まれた悩みだってわかっている。

でも私には分不相応に感じられて
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

自分で支援を整えてきたというのに
弱い私はまた全てを捨てて
逃げたくなっている。

心の奥で孤立無援を望んでしまう。


幸せが怖いから。

正確に言うと私の幸せは
いつだって涙の味がする。

昔から父は帰りが遅かったから
ほとんど顔を合わすこともなかったし
兄ともしょっちゅう喧嘩をしていた。

でも父が単身赴任になって
兄が寮生活をするようになってからは

四人しかいない家族が揃うのは
盆と正月だけだった。

食卓に空席がないことが
単純にうれしかった。

みんなで同じ空間で
同じ物を食べられることが
純粋にうれしかった。

それでも盆と正月は
親戚の接待役として
駆けずり回っていたから

家族四人だけで
顔を付き合わす時間なんて
ほとんどなかった。

父のことをまじまじと見つめて
「本当にこの人が私の父親なのかな?」
と疑っていたほどだ。

ドラッグストアの前で揺れるのぼり
遺伝子検査キットで調べてみたい
と思ったこともなくはない。

でも顔は嫌というほど似ているから
たぶん家族なんだろうなって
そのくらいの感覚だった。


そんな私にとって
家族四人で一緒に過ごす時間は
とても貴重でたまらなく幸せで

だからこそすぐに離れ離れになることが
たまらなく寂しくてたまらなく悲しくて

「こんな気持ちになるくらいなら
 初めから幸せなんかいらない!」

と 気がついたら真夜中のベッドの中
一人声を押し殺してボロボロと泣いていた。


それからだ。

より一層 自ら幸せから
逃げるようになったのは。

いくら異性から好意を寄せられても
その思いに私は応えられなかった。

始まらなければ終わりは来ないから。

恋愛小説を読んでいた時期はあっても
恋愛ドラマや映画はほとんど見ない。

ハッピーエンドなんてクソ食らえ。
私が好きなのはいつだって失恋ソングだ。

異性に対してツンデレになるのは
相手に好かれないための防御策だった。

学生時代は仲良くなった友達が
音信不通になることが立て続けにあり

誰かと過ごす幸せには
必ず終わりが来ることをより実感した。

自分の中にほんの少しでも
好意が芽生えかけたら
花を咲かす前にこっそり抜いた。

そのうちそんな感情も抱かなくなった。

いや本当は
好きだからこそ近寄れなかった。

好きな人に私の存在で
負担をかけたくなかったから。

好きであればあるほど
私は無意識のうちに
その人から逃げた。

だから私は
家族からも逃げようとしている。
大切に思っているからこそ。


そもそも父の再雇用を機に
この地を選んだのは

私自身がキャリアを積める職場に
転職したからという理由だけじゃない。


父と娘の距離感を知らなさすぎて
異性に対して父性を求めそうで怖かった。

そして一人気ままに生活してきたせいなのか
家事能力ゼロの父をイチからしつけ直せば

母との共同生活が安心して
送れるだろうと思ったからだ。

それを乗り越えないことには
私は私の人生を歩むことができない
とわかっていたから。


私から歩み寄れば実った恋も
きっとあったんだろう。

周りがどんどん身を固めていく中
私も勇気を出して一歩踏み出そうと思った
その矢先だった。

今の病気になったのは。


神様はいつだって意地悪だ。

自己完結してるねと言われるほど
誰かに教えを乞うことも
助けを求めることもできず

全部一人で黙って背負って解決するか
抱えきれずにパンクするかしか
できない不器用な私に

端からも一目瞭然で
声を上げられなくても
誰かが助けてくれるような
身体にしたんでしょう?


でも誰かが言っていた。

こんな状態の私でも
見捨てない人や手を差し述べてくれる人を
大切にしなさい と。

きっと元気なままだと
私はどこかのタイミングで
行方を眩まそうと……

まあ今も考えているのだけれど。
前向きな意味でね。

人は一人では生きていけないと
わかっているけれど

両親が元気なうちに
自立することが今の私の唯一の夢だ。

両親にはここまで育ててくれて
心から感謝している。

だからこそもう
私から手を離してほしい。

かわいい子には旅をさせよ
というどころか

もう子というほどの
年齢でもないのだから。


いつか二人がいなくなってからも
兄にも負担をかけずに生きられるように
今から準備しておきたいだけ。


どうせこの病気そのもので
死ぬことなんてないのだから。

病気になった当初からも
支援者とともに自分の意思を
ずっと伝え続けて

何度も何度も
無理に決まっている! 現実を見ろ!
放っておけるわけないだろ!
家族なんだから支え合えばいい!
と怒鳴られて

声が出なくなるほど
ぶつかり合っても平行線のままで

車椅子レベルになってからは
より私の意思は通らなくなってきた。
支援者を味方につけても。

悔しいんだよ
悩んでいるんだよ
私だって。


親より先にこんな形になって
その度に心配そうな顔を見るのが
申し訳なくて消えたくなるくらい
つらいんだよ。

私のことで私以上に
悲しまないでよ。

家族間の空気を読んで
おちゃらけて場を和ます末っ子は
誰かがいる限り 一生泣き虫ピエロだ。

でも最近は私自身の
頑なだった意思が揺れている。


親孝行できない身体だからこそ
年老いていく両親から離れた場所でも
福祉サービスが整った環境で
自活することがいいのか

でもそれを押し通すことは
これまで育ててくれた恩義を無下にして
持病の多い両親を見捨てることになるのか


もうわからないんだよ。


一番大切な人達を
不幸せにしない選択肢が
どれなのか……

でもやっぱり両親に祖父母と私の
ダブルケアラーにはさせたくない。

そして私よりたくさん抱えている
病気の治療に専念してほしい。

離れててもいい。
楽しく笑って生きてくれていたら
もうそれだけでいい。

親からしたら
無謀だと思うかもしれない。

逆の立場から考えてみたら
心配する気持ちもわからなくはない。

でも今から自立しておかないと
二人がいなくなった途端
生きていけなくなるような
環境じゃダメなんだよ。

これからを生きるために
離れる選択肢であることを
どうか理解してほしい。


そんな先のこと今から考えなくても……
と両親や周りの人は言うけれど

人の命は無限じゃない。
人間致死率100%だ。

8050問題が今や
9060問題になりつつあることが
物語っている。

私は自分が
4070問題になりそうなことを
今から危惧している。

今は私のサービスで
下手したら私より重症な母の分も
補っているつもりだけれど

老老介護+私の負担を
誰か一人に加重しないように

私のことまで抱えて
介護疲れで潰れてほしくない。


確かに寂しい思いもしたけれど
バラバラにさせた私と
バラバラになることを選んだ兄で
互いの罪悪感を吐き出して

いるのにいない。
いないのにいる。

という家族という形を
ようやく分かち合えた。

だからそれでもう十分なんだよ。

私と兄は父と母に感謝している。
それは兄と私をここまで育てあげた
何よりの証拠だよ。

次は父と母の
自分の人生を楽しんでほしい。


大丈夫。
負けず嫌いで這いつくばって
山も谷も乗り越え生きてきた私だ。
(その分たくさん迷惑かけてごめんね。)


治る見込みは限りなく低いけれど
今は家族だけじゃなく
国のお荷物でもあるけれど
いつか絶対その分を返してみせる。

意識は朦朧としても意思はある。

身体は不自由なところだらけだけれど
心まで不自由なわけじゃない。


行動範囲も制限されて
ADLの低下も否めないけれど

掴みたくても逃げる夢の中に
もしかしたらまだ叶えられる
夢もあるかもしれない。


だから私はまだ諦めない。


 途中泣きながら書いたけれど、最終的には前向きに落ち着くのが私っぽい。

 ちなみに、ヘッダーはフリー素材ですが、ピンクのガーベラの花言葉は「感謝」です。これ以上の言葉が思いつかないくらい、私はいつもたくさんの「ありがとう」に支えられて生きています。ありがとぉ🤗💕

(ぶっちゃけパートナーさえ見つかれば、
 一挙解決なんだけどね……🙊🙊
 そのための阿佐ヶ谷姉妹同盟よ!)

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