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【バトンリレー企画】 『芽吹け!喜びの花よ!』 #人生は人喜ばせ合戦

 こんばんはー🤗✨ 193と申します。


 今回、初めてバトンリレーなるものにお誘い頂きまして、せっかくなのでチャレンジしてみようと思います🙋💕

羽根宮糸夜さん、バトンを渡して下さり、ありがとうございます👏✨(私も同じ企画に参加してるだけでなく、羽根宮さんの短歌や川柳といった表現の幅広さに憧れています🥺)

しかも私も修学旅行が北海道かマレーシアの選択制だったんですよ! 私の場合はマレーシアを選択していたのですが(たまたまパスポートを持っていたので)、燃油サーチャージ問題でみんな北海道行きという、まさかのハプニング付き……私も北海道で食べた味噌ラーメンが今でも忘れられない思い出です!(スキーで大汗かいて声ガラガラになるほど風邪を引いたけどね🥶)

 話が逸れちゃいましたが、元々の企画はこちらとなります。

(発案したこともさることながら
『人生は人喜ばせ合戦』というテーマが
 素敵ですね!)

人に喜んでもらったこと
してもらって嬉しかったこと

この二つのどちらかで書けるかな……🤔
(合戦なのでせっかくなら両方書きたいな)


 まあまずは、私のことを知らない方の方が大半だと思うので、軽く自己紹介を盛り込みながら書いていこうかと思います♪
(面倒な方は目次からお飛び下さいませ~)



【自己紹介】

 まあ生きてたらいろいろあるよね!
(ざっくりしてるな~😂)

 こちらも企画ものなのですが、私のキャラクターがよくわかるかと。(改めて読み返すと今回書こうとしている内容に少しかぶりそうですね……)

 病気になってから、より一層、人の優しさが身にしみるようになった話

 ざっとこんな感じの生き物ですワン🐶


【人にしてもらってうれしかったこと】


 これまでに書いたことは比較的、最近の出来事なのですが、学生時代を思い返してみてもやっぱり私は周りの人に恵まれているな、ありがたいなと感じることがよくあります。

たぶん、今までにはさらっとしか書いたことがないと思うんですが、私は小中学校をほとんど通えていない不登校児でした。(大学の卒研も『不登校経験者のレジリエンス』について書きましたね~その頃に読んだと思われる揺れつ戻りつ思春期の峠という本がとても印象に残ってます。)

不登校になったきっかけは父の転勤で、そこで出会った教師と上手く馴染めなかったこと、そして母が専業主婦になり、甘えられる環境になったことが大きいのかなと、大人になった今ならなんとなくわかります。

そして大人になって家族に打ち明けたけど、引っ越す前は家、近所、学校のトリプルでいじめられており(ひとつひとつは小さなことだったし、幼馴染みの友達だけが唯一の救いだったので、学校は大好きでしたが)毎日泣きながら寝るほどギリギリで生きていました。(身内とはつい最近、和解したよ~🙆私自身は喉元過ぎればタイプなので、そこまで根に持ってたわけでもないし、むしろこれからは助け合いながら生きていきたいから。)

だから自分の意思ではないにしろ
「やっとこの場から逃げられる!」ことが
うれしくてたまらなかったんですよね。
(仲良かった友達には申し訳ないけれど…)

引っ越した先で教師に虐げられていた当時のことはもうほとんど記憶に残っていません。(だから周りの人にも、生育歴を聞かれない限りはそこで暮らしていたことを話してません。嫌な記憶がよみがえりそうだから……)


 本来なら勉強も好きで学校も大好きだった私が学校に通えないという状態は悔しくてたまらなかったけれど、低学年の三学期という中途半端な時期に転入したというのに、その日には同じクラスで近所に住む子に誘われておうちに行って遊んでいました。(転勤族の多い団地みたいなところで、誰もが転入生に慣れていたみたいで……引っ越して別れた子とも年賀状のやりとりをしたり、約十年後に再会した友達もいたりします🙋💕

ゴム跳び、ケイドロ、かくれんぼ、鬼ごっこ、だるまさんが転んだ(『だるまさんの絵日記』という遊び方を知ってる方っていますかね? 今までいろんな人に聞いても「知らない」と言われてきたので🤔)等、いろんな遊びを教わったのもこの時期でした。

私が発案した謎の遊びを「面白いね!」と楽しんでくれたり、日時計を作って観察したり……(観察した結果、ただ日が暮れただけだった😇笑😇)

学校ではほとんど顔を合わさないのに行事の時だけ参加するような私を普通に受け入れ、普通に接してくれ、普通に遊んでくれたことが本っ当にうれしかったです。
(ちなみに私は親の前では隠してたけれど、男勝りな性格で、男ならいじめられないかもしれない! と考えていたからか、10歳くらいまでは一人称が「ぼく」だったんですが、誰からも突っ込まれませんでした🙊)

 その後、地元の小学校に戻り、しばらくは不登校時代を見破られないように気を張りつめて通っていたのですが、ひょんなことから同じグループの子に無視シカトされるようになり…

私としては、前述の友達が味方でいてくれてそのことを教えてくれ「負けてたまるか!」と思ったのに、その晩には熱が出てインフルエンザになって…

それ以降、学校に行く気力を失ってしまったのですが、担任のフォローのおかげかクラスの女子たちの発案でクラス全員での寄せ書きをくれ、毎日のように四コマ漫画や手紙を届けてくれ、今でも大切に保管しています。

また別室登校できる教室が設けられ、そこで出会った子たちの中には、今でも仲良くしている子もいます。

 中学校でも心機一転、知り合いの少ないところに進学したものの、早々に離脱した私ですが、たまたま同じグループにされただけかもしれないのに、文化祭も遠足も宿泊学習も修学旅行もみんな普通に歓迎してくれ

「みんなが普通に出来ることがなんで私にはできないんだろう?」とずっと悩んでいた私にとっては普通に接してくれるという、ただそれだけのことに、とても救われていました


【人に喜ばれてたらいいなと思うこと】

 
 これもどこかで書いたかもしれませんが、中学時代の不登校期間に中学生新聞というものを購読していて、私はその新聞の「いじめ伝言板」というコーナーのヘビー投稿者でした。

でもそれは悩みを相談する側としてではなく、友達がいじめられてて助けてあげたいと思っている子や、不登校になった友達に対する悩みを抱えている子などの投稿を見つけては、返事をメモに書き出し、傷つくような言葉が含まれていないか、押しつけがましい表現になっていないかを自分なりに推敲して、新聞社にメールを送っていました。

それで救われた子がいたのか、はたまた問題解決に至った子がいたのかはわかりません。(正直、そう簡単に解決できるなら、そもそも悩んだりしないよな、とも思います。)

ただ同じ時代を生きる、同年代で悩んでいる子に伝えたかったんです。自分のことを気にかけてくれる人が一人でもいるだけで心強いことなんだって、ありがたいことなんだって。

こういったことは新聞を購読しなくなってからも、よくやっていました。

まだTwitterやLINEといったSNSが普及してなくて、ガラケーを使っている人が大半だった頃、死にたいほど苦しんでいる人たちが集う掲示板を覗いては同じ気持ちの人と共感したり、メールを送り合ったり、手紙を交換したり、電話したり、時には実際に会ってみたり……(実際に会った時は初めてと思えないくらい意気投合したなあ~)

今でも自分のことで苦しくなると、そういう掲示板に行き、誰かのコメントを見に行きます。(それが私の心身のバロメーターになっているとも感じています。)

私は自分のことを思いやるのがとにかく苦手で、誰かを励ますことを通して客観的に自分と向き合うことが出来るんだと思います。(何とややこしいブーメランなんだ……🪃)

だから、お節介になりすぎない程度に誰かを労ることが相手にとってうれしいことに繋がっていれば、それだけで十分うれしいなと、私は思っています。(たとえ相手の表情が見えなくてもね!)


【人を喜ばせるために画策していること】


 なんだか重~い話になってしまったけれど、相変わらず身体は不自由だけど(ある意味、好き勝手に動いているけど😂😂)、心はフリーダムな私は今、リメイクにチャレンジしています。

それは、いつか自分の服を作れるようになりたい! という思いから始めてみたことではあるけれど、身体の不自由さを抱えててもお洒落を楽しめ、かつ脱ぎ着がしやすい服や、介助者に役立つグッズの構想も練っています🤗(まだ試行錯誤中ではあるけども! あと知育玩具もたくさん作りたいな~♪

 生き方も、性格も、手先も決して器用とは言い切れないけれど、そんな私だからできることがあるなら、どんどんチャレンジしていきたいです✊

だって、人生は人喜ばせ合戦なんだから!


その芽🌱がいつ花🌷開くかはわからないけれど、たくさんの人を喜ばせたい気持ちもありながら、やっぱりまだそんな大風呂敷を広げられるほどの自信はないので、世界中のたった一人だけでも喜ばせられたらそれで良し193いっきゅうさん(それすらも両親ともに受け取り拒否された悲しい作品もあるのだけど😇今度、更新するね……)


そこから喜びの花が広がることを願って。


長々と読んで下さり、ありがとうございました🙇(テーマにちゃんと合う内容になっているのかな……なって内容じゃないといいな、ドキドキ💓)

改めて、バトンを渡してくれた羽根宮糸夜さん、ありがとうございます!

また、素敵な企画を考えて下さったチェーンナーさんもありがとうございます!


 さて次のバトンをお渡しする前にお返しについて、抜粋させて頂きました。

【バトンリレー】のお返しについて


もちろん、バトンリレーに積極的でない方もいらっしゃいます
これは過去にぼくがやってみて、強く感じたことです
なので、強制ではありません
そのための「バトンリレーのお返し制度」があります

1.バトンをもらったけど、「人生は人喜ばせ合戦」を書きたくない、という方は、バトンをぼくにお返しください!

方法はこちらの2点です

①チェーンナーに返します、というnoteを書いて、今回のnoteをシェアしてもらえば、ぼくが引き取って、ぼくの「人に喜んでもらったこと」「してもらって嬉しかったこと」を書きます!
遠慮なくぼくにバトンを返してください!

②また、noteを書かないで、このぼくのnoteのコメントで、バトンを返します、とお書きいただいてもOKです

ご負担ない形でお願いします!

2.バトンをもらってnoteを書いたけど、バトンを誰かに渡したくない、という方は、ぼくにバトンをお返しください!

大切なnoterさんからもらったバトンなので、参加はする、バトンをお渡しするのは、他のnoterさんの負担になるので、回したくない…
そういったご判断もあります

その際、noteに、チェーンナーに返します、と書いていただければ、ぼくが引き取って、ぼくが、また、「人生は人喜ばせ合戦」を書きます!
遠慮なくぼくにバトンを返してください!

3.アンカー宣言

「人生は人喜ばせ合戦」にご参加されて、バトンをお渡しするのがそのnoterさんの負担になるので、回したくない

そういった方のもう一つの方法として、アンカー宣言があります
「人生は人喜ばせ合戦」をお書きになった後、「アンカー宣言」をしてそのままゴールを切ってください!
バトンをぼくが受け取って回すことなく、終了となります!
ぼくに回すのも申し訳ない、といった方のための方法です!

このような感じです
どうか、みなさん、ご負担ないよう、お楽しみください!


とのことです。

上記を踏まえて、yuhi(ゆひ)さんにバトンをお渡ししたいと思います。

yuhiさんの毎日超短話は短いながらも、しっかり物語になっているところがとても魅力的なのですが、様々な企画に参加し、春ピリカグランプリで入賞されるくらい、すごいお方なのです。(短歌や詩などあらゆる形で書かれているところもまた尊敬しています。)

そんなyuhiさんの「人生は人喜ばせ合戦」を読んでみたいという、なんとも個人的な理由で申し訳ないのですが……無理のない範囲で構わないのでよろしくお願いいたします🙇

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