5分小説 『ひかりとかげ』
校舎の影に、最近友達になった戸壁くんを見かけて、ちょっと脅かすつもりで背後から歩み寄った。
「かーべちゃん! 何してんの?」
「わっ、ひかりちゃん! ちょうど良かった。写真撮ってくんない?」
「え、何の?」
「俺の写真!」
「うん?」
よくわからないまま、戸壁くんが写るようにスマホをかざす。
「あ、できれば胸から上を撮ってもらえたら……」
「はーい、じゃいくよ! はい、ポーズ!」
注文をつけてくる辺りにほんのりナルシスト臭を感じながらも、私はシャッターを切る。
「これでい?」
「うん。バッチリ! ありがと」
画面の中の自分に満足したらしい戸壁くんは、すいすいと文字を打ち込む。
「何してんの?」
「んー? 市場調査」
「どういうこと?」
「これ見たらわかるよ」
顔を上げた戸壁くんが自分のスマホを私の目の前に突きつける。
それは青い鳥のSNSで、さっき撮った戸壁くんの写真と、新しい髪型になった自分に対する意見を求めるコメントが添えられた投稿が上がっていた。
「……なに、これ?」
「だから市場調査」
「髪型変える度にいつも周囲の反応伺ってるの?」
「うん」
「聞いて不評だったらどーすんの?」
「もー次からはその髪型やめるかなあ……」
「髪型以外にも逐一聞くの?」
「そうだなあ……ネットで買い物中に悩んだときとか。どっちがいい? って聞いたりするかも」
「……ふーん」
私が見ている間にも、スススッといいねやリプライで反応が返ってきていた。今のとこ概ね好評っぽい。
それを見て戸壁くんも安心したのか、突然馴れ馴れしく肩を組んできた。
「そうだ! ひかりちゃんも一緒に写真撮ろ!」
「え? なんで?」
「んー実験的な?」
「は?」
「ほらほら早く!」
言われるがまま、よくわからないまま、戸壁くんとツーショット撮影。もうなるようになれ。
「うん、実物よりは劣るけどかわいい!」
とかなんとか言いながらまたスマホをいじるから、私も自分のスマホを取り出して様子を窺う。
すると予想通り、すぐに新しい投稿がアップされた。
『最近仲良くなったひかりちゃん! 彼女としてアリかなあ?』
無駄にキラキラ加工された写真の中の私は、何もわからず少し怯えている。
そりゃそうだ。
そもそも私はSNSに自分の写真を公開してもいいと許可してないし、戸壁くんのことを男として意識すらしてないのだから。
『お似合い!』
『いい子そうやな!』
『トカゲにはもったいないだろ』
『えー戸壁くん私じゃだめなの?』
さっきより速いスピードで返ってくる反応に、自分の知らないところで自分を評価される気持ち悪さと恐怖が襲ってくる。
「まあまあいい感じの反応じゃん! 俺ら本当に付き合っちゃう?」
無断で投稿した張本人は冗談なのか、本気なのかわからないことを笑顔で言う。
私は水色のアプリを閉じると、スマホを制服のポケットにしまい、戸壁くんに詰め寄った。
「……こんなことして楽しい?」
「楽しい、楽しくないじゃないよ」
じわじわと笑みを消し、やがて真顔になった戸壁くんはいつもより低い声で話し出した。
「ただ誰かに“おまえにはこれが一番いいんだよ”って肯定してもらわないと不安なんだよ」
「評価されたのが自分が嫌いな自分でもいいの?」
「……仕方ないよ。それが世間の求める戸壁沅太なら。俺はそいつとして生きるしかない」
そのとき私はネット依存症よりもっと危ない戸壁くんの弱さを知ってしまった気がした。
戸壁くんは優しい。戸壁くんは面白い。戸壁くんは真面目。戸壁くんは少しどんくさい……
私が耳にしたことのある、戸壁くん評のどれだけが本当で、どれだけが偽りなのか。
それはもはや戸壁くん自身にもわからなくなっているのかもしれない。
「こんな俺見て引いた?」
「……わかんない」
正直に首を振る。そこに嘘はなかった。
「俺のこと、ひかりちゃんのアカウントに流してもいいよ」
穏やかな微笑みとは対照的なその確信を突いた言葉に、私の背筋に冷たいものが走る。
▽
校長先生は植毛している。
生物の○○先生と保健室の△△先生は付き合っている。
剣道部の顧問は部費を横領。
生徒会長は万引きの常習犯。
2年B組のいじめの主犯は……
SNSで校内のゴシップニュースとしてあることないこと呟いて、いいねをもらおうと躍起になってる私だって、きっと戸壁くんとたいして変わらない。
誰かに自分を評価されなきゃ、ネット上でもいいから誰かから注目されなきゃ、生きていく自信もないほど戸壁くんも私も弱い人間なのだ。
たとえそれが間違った方法だとわかっていても。
(20170611)
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