ガンガァクスの戦士達 −その7
「隊長を守れ!」
カイデラの叫び声に白鳳隊が引き返す。その場に留まり矢を放つ者もいる。矢は大きな一つ目を狙うが、その両腕に阻まれる。キュークラプスは手首と足首に鉄の防具を巻いている。
マールを踏み潰さんと、巨人が片足を大きく持ち上げる。カイデラが腕を伸ばすがとても間に合いそうにない。
巨大な足の裏が迫る。「姫っ!」カイデラが叫ぶ。
すんでの所でマールの身体は弾き飛ばされる。
「マール殿!」ドミトレスが何とか間に合う。「マール殿!」彼は彼女の兜をはぎ取り、平手でその頬を打つ。「マール!しっかりしろ!」しっかりするんだ。彼はもう一度頬を打つ。
「ぶはっ!」するとマールが大きく息を吐きだす。荒い呼吸で彼を見る。「…わたしは?」わたしはどうしてたのだ?
再びキュークラプスが動き出す。二人はぎりぎりの間合いで飛び退き、巨大な足が白銀の兜を踏み潰し、そのまま石橋のほうへ進んで行く。
「逃げるんだ!マール!」ドミトレスは飛びかかるゴブリンを切りつけると、彼女の手を取り走り出す。
キュークラプスが腕を振り上げる。石橋に留まる白鳳隊の数名が吹き飛ばされ、穴ぼこの底へと落ちていく。
背後からカイデラが槍を思い切り投げる。槍は巨人の背中に突き刺さる。巨人はむずがゆそうに悶え、刺さった槍を引き抜いて指でへし折る。
その僅かな隙を見て、三人は巨人の足もとをすり抜けていく。
「退却!退却!」ドミトレスが必死に叫ぶ。カイデラが剣を抜刀し、追いすがるゴブリンを振り払う。
そうして戦士たちが撤退していく。何人かの仲間がゴブリンどもに取り付かれ、石橋から落ちていく。扉の出口ではバジムが座り込み、待ち構えている。仲間の殿が見えはじめると、彼は自動ボウガンの取っ手を回しはじめる。
「左右に退け!」
それを合図に戦士たちは一斉に飛び退く。夥しい矢が発射され、ゴブリンどもを串刺しにしていく。ドワーフはすかさず次の矢の束を装填する。ドミトレスたちが扉に辿り着くと同時に、ふたたび矢が連射する。
「扉を閉めろ!」ドワーフたちが大急ぎで扉を閉める。かなり多くの魔物が入り込み、もみ合いになる。バジムは構わずに連射を続け、後に続く敵を足止めする。ボウガンにかかりつけになっているドワーフの背後には、クリクが援護に回る。キュークラプスは矢を嫌がり、弱点である一つ目の防御に集中し、歩みが遅くなる。巨人が入り込んで来る前に、何とか扉は閉まりそうだ。
◇
「扉が閉まるぞっ!」最後の仲間を引き込み、急いで扉を閉める。しかし直前にウォー・オルグを一体入れてしまう。扉を塞ぐドワーフ達に飛びかかるのをクリクが阻む。長剣をかわし、魔兵の片腕に湾刀を滑り込ませ、そのまま思いきり胴を蹴り込めば、その片腕が飛ぶ。それでも魔兵は止まらない。クリクは振り回される長剣を何とかかわすが、強かに胸を蹴り込まれ、吹き飛ばされる。そこで魔兵の脇腹に矢が深く刺さる。構わずもんどり打つクリクの方へ向かうも、次々に背中に刺さる矢に魔兵は振り返り、バジムに憎悪の瞳を向ける。
そこで扉から衝撃音が響く。敵の侵入を阻もうと戦士達が押し返す。向こう側からさらに強い力で押し返してくる。
「また破られるぞ!」
ドミトレスはゴブリンどもに囲まれて動けずにいる。扉を守る仲間たちの援護に回る者たちも、どうにも持ち場を離れることができない。
ウォー・オルグが襲いかかる。バジムは距離を取り、ボウガンで応戦する。しかしいくら矢を受けようが魔兵は突進を止めない。
片手の魔兵が長剣を振り上げる。バジムは慌ててボウガンを捨て、手斧を構える。
その瞬間、魔兵のもう片方の腕が宙を舞う。
マールの蓮の剣が青白い線を引く。冷たい刃が左足から脇腹に滑り、瞬く間にウォー・オルグの首を飛ばす。マールはそのまま、小鬼どもの群れに飛び込む。もみ合う仲間たちを縫うようにして、敵の急所を的確に突いていく。
白ツバメが次々に敵を片付けていく。踊るように動き、祈るように立ち止まる。振り向いたかと思えばしゃがみ込み、立ちあがったかと思えば飛び上がる。戦士たちはその剣技に魅了される。敵の侵入を許し、わずかな混乱を期した戦士たちの手が余るほどに、彼女だけが動き回り、敵を切り裂いていく。
「退却しろ!」マールが叫ぶ。
その声に我に返った戦士たちが再び退却をはじめる。バジムもボウガンを拾い、慌てて逃げ出す。すぐに扉が破られ、敵が押し寄せる。キュークラプスも動き出し、小鬼を踏み潰しながらずんずん進む。
「第一聖堂の手前まで走れ!」マールが叫ぶ。「白鳳隊は次の扉で弓を中心の陣形をっ!」カイデラに指示を送る。
◇
第一聖堂の扉が見える。「そのまま走れ!」ドミトレスが叫ぶ。今度は扉を閉めずに戦士たちはそのまま走り抜ける。足の遅いドワーフたちが少し遅れはじめる。
白鳳隊が陣形を整える。一列めが素早く弓を射ると、すぐに後ろと交代していく。矢は放物線を描いてドワーフたちを越え、敵の頭上に降り注ぐ。小鬼どもの勢いは止まらないが、キュークラプスの足止めにはなる。
「すこし時間稼ぎが必要だ」ドミトレスが走りながら言う。マールとクリクが頷くと、弓隊の前で止まる。剣を手にした部下たちも前に出てくる。
「矢を打ち尽くしたら合図を!」マールが叫ぶ。カイデラが弓隊を指揮する。
ドワーフたちが聖堂の奥へと逃げて行く。白鳳隊と戦士たちがゴブリンと衝突する。方々で激しい戦いがはじまる。
マールとドミトレスがその場から離れ走り出す。再び奥からやって来たウォー・オルグの相手をするためだ。
キュークラプスは矢を嫌がり進もうとしない。手首に巻いた防具のせいで、一つの目玉は守られてはいるが、二の腕から肩にかけて、すでにかなりの矢が刺さっている。
三体のウォー・オルグを、マールとドミトレスが相手をする。ドミトレスが派手に長剣を振るい、魔兵を引き寄せ、マールはその周りを素早く動き回り、撹乱するようにして確実に魔兵の手足を切断していく。
明らかに二人の実力は上ではあるが、それでも痛みを感じぬ魔兵にとどめを刺すのは手間がかかる。直接首を切り落とせれば早いのだが、さすがに魔兵どももそれを許しはしない。
「弓が尽きます!」カイデラの合図に兵達が引いて行く。頃合いをみてマールたちも引き上げる。
そうして第一聖堂を一気に駆け抜ける。
「足を止めるな!このまま前線まで走れ!」
マールとドミトレスとクリクがしんがりを務める。広い聖堂で魔物どもを振り払いながら進む。足の速いグールが先行しはじめる。すると、クリクが四つ足で走り出し、石柱を縫うように進み囮になる。かなりの数の魔物がクリクにつられ石柱の周りを右往左往する。
「いいぞ!クリク!」
「いいぞおれ!」クリクは得意になって、敵を引き連れていく。かなりの時間が稼げ、ほとんどの仲間たちが聖堂を抜けていく。
そこへキュークラプスが入ってくる。その肩には二体のウォー・オルグが乗っている。「こりゃまずい」クリクは全速力で撤退する。広い聖堂で自由になった巨人が走り出す。肩の魔兵が手弓を放ち、逃げるウルフェリンクを狙う。
「早くっ!急げ!」ドミトレスが扉の前で叫ぶ。クリクは的を絞らせないようにつづら折りに走るが、扉の前で背中に矢を受けてしまう。
「しっかりしろ、クリク!」ドミトレスがクリクに肩を貸す。「…大丈夫だ、まだ走れるぜ」クリクが苦悶の表情をうかべて言う。「へへ、おれってば、すげえだろ?」「ああ、よくやった」ドミトレスは深く頷く。
◇
扉を抜けて螺旋状の上り坂を走る。長い魔窟をずいぶん長い間走り抜けてきた戦士たちの息があがる。負傷者を連れた者がさらに遅れをとる。
「もうすぐだ!走れっ!」そう叫ぶマールの体力もすでに尽きている。鎧が重たく感じ、足がもつれる。
背後にはキュークラプスが迫ってくる。巨人は坂を登らずに飛び上がり、向こう側の坂に飛びつく。そうしてどんどん距離を詰めていく。
「しまった!」遅れていたドミトレスとクリクが巨人に追い越されてしまう。背後には小鬼どもが迫り、巨人の肩からウォー・オルグが飛び降り、ドミトレスと剣を交える。
マールが脚を切り返し、カイデラも後に続く。
「来るな!」ドミトレスは叫ぶが二人は止まらない。
ウォー・オルグが奇妙な叫び声をあげると、キュークラプスが振り返り、マールたちを阻む。巨人の両手が二人を捕らえよう立体的に動き回り、何度も空を掴む。動き自体はそう素早くもない巨人の攻撃を、二人はかわしていく。
しかしその巨体に阻まれてはドミトレスの援護には廻れない。螺旋の向こう側にゴブリンとグールが迫って来るのが見える。
ドミトレスはクリクを庇いながら二体の魔兵からの攻撃をかわす。まずいぞ。彼は考える。ここを打破するすべがまるで浮かばない。魔兵は動きも太刀筋もそれほど鋭くはない。それでも物凄い腕力で剣を振るってくるので、一撃を受け止める度に腕が痺れてくる。攻撃を避けようにも、クリクを狙われてはまずい。…どうする?
マールがキュークラプスの足元から向こう側を覗うと、ドミトレスが魔兵に押され、どんどん坂道を下がっていくのがみえる。さらに下方からは、魔物どもが物凄い数を成して押し寄せてくる。
「ドミトレス!」強引にでも進もうとするが、巨人がそうはさせてくれない。油断してその大きな手に掴まれでもしたら、一撃で命はないだろう。
「マール!いいから逃げろよ!」クリクが声を振り絞る。
すると、突然、上空から強い風が吹いてくる。
そうかと思えばキュークラプスの頭上に白い何かが真っ直ぐに降りて来て、そのまま突き抜け、過ぎ去っていく。
気がつくと巨人は目玉から血を噴き出している。
巨人が物凄い叫び声を上げてもんどりうつ。辺り構わず腕を振り回し、地団駄を踏む。それから視力を失い混乱した巨人が坂道を踏みはずし、断末魔の雄叫びと共に、真っ逆さまに落ちていく。
「やったぞ!」カイデラが思わず叫ぶ。だがマールはすでに走りだしていて、彼がその姿を捉えた時には、すでに魔兵の首を切り落としている。
残りのウォー・オルグが憎悪の瞳を向ける。涎を垂らし、牙をぎりぎりと鳴らす。
魔兵がマールに飛びかかる。だがマールはその場を動かない。刀身を下げ、立ち尽くしている。怒りに身を任せた愚かな魔兵は気が付かない。己の頭上のすぐそこに、バードフィンクの刃が迫っていることを。
「このまま撤退。増援が間に合いそうにないんだ。魔窟入り口で再び防衛線を張る。」魔兵にとどめを刺したピークスが空中浮揚したままで、早口で言う。
ドミトレスは頷き、負傷したクリクを抱えて先に走る。
「マール君、きみも撤退だ」後に残ったマールたちに言う。
「ですが、足止めを。」
「それはおれの役割だ」ピークスの声がみるみるうちに遠ざかる。「心配ないよ、おれは簡単に離脱できるからね」そう言うが早いか、彼はすでに、敵の群れに飛び込み、突風のように蹴散らして回る。
◇
ピークスは泳ぐように舞い上がり、もの凄い速度で下降し、小鬼の群れを遊撃していく。それはまるで鰯の群れを狙う水鳥のようだ。彼の奇妙な流線型の剣に狙われた敵の群れは、逃げ惑うこともできずに頭上からついばまれていく。
仲間を狙う瞬間を捕らえようとしても無駄だ。ピークスは上空で急旋回し、小鬼どもの予期せぬ方向からやってくる。彼の風の剣はバードフィンクとの相性が良い。急旋回にも空気の抵抗を受けずに振るうことができる。
ゴブリンとグールの群れは、上空からの攻撃に対応できず、ピークスの狩りによって、簡単に散らされていく。
そこで不意に、奇妙な叫び声がする。すると敵の群れが真っ二つに割れる。ピークスは上昇し、螺旋の下を見ると、巨大な醜い羊の群れが、すごい速度で回廊を駆け上がってくる。
「グイシオン!こりゃあ、まずいぞ」羊の背にはそれぞれウォー・オルグが乗っている。ピークスは小鬼どもの狩りを中止し、翼を働かせ、急上昇していく。
◇
防衛柵にほど近く、魔窟の穴の入り口でバジムと数人のドワーフたちが待ち構えている。ぞくぞく到着する白鳳隊の面子のなかに、ドミトレスらの姿はまだ見えない。
「橋桁を渡れ、そこで防衛戦だ」白鳳隊は息も絶え絶えに走っていく。洞窟から喧騒が響き、闇の中からドミトレスとクリクの姿が見え、その後ろからはマールが後を追う。
すると、さらに後ろから、凄い勢いでピークスが飛んでくる。マールとドミトレスを追い越すと、防衛戦を張るドワーフ達の前で急停止する。
「すごい数のグイシオンの群れが来るぞ!橋桁を上げるんだ!一気に突破されるぞ!」
バジムは頷き、座り込んで自動ボウガンの準備をする。
「では、橋桁が上がるまで、最後の足止めが必要なようだな」他のドワーフたちも弩弓を構える。
ピークスはその様子を察すると、静かに地面に降りてくる。
彼はそれぞれのドワーフの仲間たち肩を叩き合い、頷き合う。それから「頼んだ」それだけを静かに言い、再び飛び立つ。
すぐにバジムの背中をドミトレスが追い越していく。
「ドミトレス、相棒の犬ころを頼んだぞ」ドミトレスはバジムの背中に頷く。事態を察して残ろうとするクリクを押さえつけて、彼は橋桁を渡る。
それからマールが到着して、バジムの隣に待機する。
彼女も剣を構え、敵を待ち構える。
「行け!」バジムが叫ぶ。
「わたしもここで、」
「行けというに!」他のドワーフも叫ぶ。
「行くんだ!ここはドワーフの持ち場だ」バジムは振り向き、マールの瞳をじっと見る。
「おお、そうだった」そこで柔和な顔つきになる。「…お嬢さん。自己紹介がまだだったな」優しい眼差しを向け、赤い髭をひと撫でする。
「わしは機工技師バジム。相棒の犬ころはクリクという」
「…もちろん知っています」マールは感情を押し殺して、なんとか微笑む。
「クリクをよろしくな」バジムは彼女に背を向け、自動ボウガンを回しはじめる。
「明日に命あらば…」そうして静かに呟く。
それを受け、マールはしっかりと頷く。
「…明日に命あらば、決してその名を忘れはしない」
彼女はバジムの背中にそう伝え、踵を返して橋桁を目指す。
−その8へと続く
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