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枕詞で武装する


2023年7月8日(土)朝の6:00になりました。

KREVAがOZROSAURUSの曲に、フューチャリングする日がくるだなんて。

どうも、高倉大希です。




感じ方は人それぞれです。

今日のこの記事を読んで、首を縦に振る人もいれば横に振る人もいるでしょう。


書いてあることが、必ずしも正しいとは限りません。

考えを押しつけるつもりは、これっぽっちもありません。


あくまでも、いち個人の見解です。

所属している団体とは、なんの関係もありません。


拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

それでは、本題に移ります。


ちゃんと考えて話すというのは、“相手の言っていることから、その奥に潜む想いを想像して話す”ということでもあります。

安達裕哉(2023)「頭のいい人が話す前に考えていること」ダイヤモンド社


わたしたちは、枕詞を並べます。

「あまりまとまっていないかもしれませんが」とか。

「まちがっていたら申し訳ないのですが」とか。


自分の意思を表明する前に、保険をかけたくなってしまうのです。

この保険をかけるという行為は、自分を守るためでしかありません。

期待値をぐんと下げておくことで、がっかりされないようにするわけです。


それではなぜ、子どもが保守的で変化をおそれるかというと、無力だからですよね。身体もちいさいし、弱い立場にいる。生存戦略として、保守的にならざるをえないのが子どもなんですよ。

糸井重里、古賀史健(2018)「古賀史健がまとめた糸井重里のこと」ほぼ日


ところが、大抵の枕詞は、コミュニケーションにおいて蛇足でしかありません。

なぜなら、相手からすれば知ったこっちゃないからです。


相手はべつに、なんの期待もしていません。

なんの期待もしていないのに、勝手に言い訳がはじまるのです。


なんだかまるで、こちらがプレッシャーをかけているかのような構図になります。

「あなたの考えなのだから堂々と話してくれればよいのにな」と思います。


同調圧力を強く感じながら育ってきた日本の子どもたちにこれを教えると、他人を否定してはいけないと習うので、誰がどんな意見を言っても、「イエス、イエス、イエス」となり、「そうですね、そういうこともありますね」と同調するだけで終わってしまう。自分自身の価値観をもとに考えを表明することさえできません。

平田オリザ(2022)「ともに生きるための演劇」NHK出版


ひとりの人間が、自分の意思で言葉を紡ぐ。

これだけで、十分におもしろいのです。


十分におもしろいはずなのに、自分を守るために武装します。

そんなに守ってくれるなよ。






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