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『乳と卵』感想

*ふざけてます。

日本文学、しかも現代小説となるとさっぱり疎いのですが、最近社会人になってどんどん文学が遠のいてきたこの離岸流でちょっと文体やらトレンドやらを勉強する旅に出たいなという思いがあって、溢れかえる棚や崩れ落ちそうな積読の砦から目を逸らし逸らし新しい本を物色したわけで、英米で翻訳されるくらい話題になってるしヨーロッパかぶれのわたしにとってもとっつきやすいかしらんと買ってみたのがこの川上未映子の『乳と卵』。なぜこの小説が評価されているかというのはレビューを読まずとも数ページ読めばわかります、性への関心や嫌悪感、血のつながりに対する卑近な感覚が緻密に描かれているけれどそれを緻密に感じさせない手腕、文体は「意識の流れ」を想起させるけれどそうでもない詰まったかんじで ははあ、これが川上節なんかあと他の作品も知らんくせに訳知り顔で外雨降りしきる室内でページを繰っておりました。語り手の意識に読者を引き込んでくるのも巧みやけへど、地味な共感・あるあるが散りばめられていたのも印象的で、特にああめっちゃ分かるわと独り頷いてしまったところが以下温泉のシーンからの引用。

「[…]ここでは体自体が歩き、体自体がしゃべり、体自体が意思をもち、ひとつひとつの動作の中央には体しかないように見えてくるのやった。わたしはそれを思いながら行き来する女々の体を追ってると、よくある、漢字などの、書きすぎ・見すぎなどで突如襲われる未視感というのか、ひらがななどでも、い」を書き続け・見続けたりすると、ある点において「これ、ほんまにいぃ?」と定点決まり切らぬようになってしまうあの感じ[…](52)」

実は元々『夏物語』が読みたかったんやけど続き編やと知って『乳と卵』を先に読んだ、しかしながらいまなんとなく『夏物語』を買うかまよてます、続きものといわれれば絶対意地でも完走したい性のせいで昔『デスデモーナ』シリーズでさえうんうん呻きながら読破した人間が珍しいことなのですが、これは新生活の疲れのせいにでもしときなひょか。というか先ほど読み終わったところなので頭に馴染んでしまった川上先生のノリでこの文章書き始めてしまってるんやけど誰も止めてくれへんし完全にやめどきを失ったわこりゃ。模倣にもなってない文章でえろうすんまへん。


あはれというより断然をかしの文だったので、個人的にはもう少し潤いが欲しかったとも思わんこともないけれど、これはこれでうどんみたいにずるずる飲み込めました、ごちそうさん。   



*追記

川上未映子『ヘヴン』
NYTimesも注目の話題作ということで、海外文学としてはどう受け取れるのかな~と思いながら読んでみた。
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主人公の、斜視持ちーつまり二次元の視界で生きているーの「僕」は中学校でいじめられている。同様にいじめの標的である女子コジマと交流をしていくのだけど、彼女はすべてのものーー苛められる日常すらーーに意味があると信じ、「大事なのは、こんなふうな苦しみや悲しみにはかならず意味があるってことなのよ」と彼に告げる。
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対して、暴行を行ういじめっ子たちの中でも常に冷めた態度を崩さないクラスの人気者、百瀬は言う。


「君の苛めに関することだけじゃなくて、たまたまじゃないことなんてこの世界にあるか?[…]権利があるから、人ってなにかするわけじゃないだろ。したいからするんだよ。[…]『自分がされたらいやなことは、他人にしてはいけません』っていうのは[…]自分でものを考えることも切り開ひらくこともできない、能力もちからもない程度の低いやつらの言いわけにすぎないんだよ(216-222)」


つまり主人公が苛められるのは、非があったからではなく、ただ巡り合わせが悪かっただけだ、嫌なら立ち上がり抵抗すれば良いだけの話だと彼は言う。そして「僕」コジマとは正反対の意見に「僕」は呆然とするのだが……。
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この小説のテーマは一つじゃないけど、いちばんわたしの好きな「人間同士の分かり合えなさ」が前面に押されていたのが良かった。無配慮と無関心に満ちた世界の冷たさ、暴力を野放しにする思考停止の愚かさがよく描かれている。
他の人の感想とかも読んでたんやけど、百瀬「論破」にのせられてる人も結構いてぞっとしないな、と……川上さんはあえて両極端の詭弁を描くことで暴力の不正義を問おうとしたんだろうけど、考えてみるまでもなく身の回りには曖昧な不正義の捉え方がコジマと百瀬の間にグラデーションのように広がっている。……嫌いなものを嫌いと言って何が悪い、欲しいから手を伸ばして何が悪い、いやそれは主観的な話だ、法律で決まっているからだめなんだ、具体的なエビデンスを示せ、世界のどこかでどんな悲劇が起きていようと自分には関係ないのだから……云々。


コジマの「抵抗しないことに意味がある」という信念はガンジーの非暴力のようでいて全然違う気持ちの悪い信仰だし、百瀬のニヒリズムは人間の人間性の否定ー哲学の話はしないけどーに近い。あ、『ファウスト』の甘言にちょっと近いかもしんない。
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この作品の良いところは、たぶん、何故「悪」が「悪」なのか自問し続けることが大事なのですわよ……みたいな綺麗事を言わないところ。ネタバレになるから言わないけど、ちょっと物足りないとはいえラストの落とし所はあぁなるほどね……という読了感がある。好きではないけど評価の理由が分かる作品でした
    
           
            

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