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公正とは何か?

1 今年のADCCと同じ週に、「CJI(クレイグ・ジョーンズ・インビテーシナル)」というグラップリングの大会が開催される。

 クレイグは、以前から「プロ・グラップリング選手のファイトマネーが低すぎる」と繰り返し訴えていたし、今年のADCCもそれを理由に出場を辞退していた。
 
 だが、まさか彼自らADCCに対抗して、賞金トーナメントを開催するとは思いも寄らなかった。

 CJIにおいては、参加者全員に1万1ドルが支払われ、(トーナメントの)優勝者には100万ドルの賞金が与えられる(これに対して、ADCCでは、優勝賞金が1万ドルであり、参加費は各選手の自弁らしい)。

 クレイグは、CJIを開催する理由について「プロ・グラップリング選手がその働きに見合った公正な報酬を得られるようにするため(だ)」と語っている。

 このニュースが流れた当時(約一ヵ月前)、CJIに参加を表明していたのは、(クレイグが率いる)B-TEAMのメンバー(ロドリゲス兄弟やニッキー・ライアン等)を除けば、前回のADCC以降MMAに挑戦していたルーカス・バルボーザや、(ADCCの招待状が来ないと文句を言っていた)ロベルト・ヒメネスくらいで、ADCCに対する不満分子の寄せ集めという印象が強く、大会の成立自体が疑問視されていた。

2 CJIが本当に開催されるのか?すら危ぶまれていた流れを変えたのが、ビクトル・ヒューゴー参戦のニュースである。

 ビクトル・ヒューゴーは、シャンジ・ヒベイロの弟子であり、『柔術大学』から出てきたような選手なので、私も応援している。

 その彼が、業界における待遇改善のために選手が団結すべき事を説いているのを目にして、「CJIは、プロ・グラップリングの選手達にとって、ADCC(ひいては、プロ・グラップリング業界全体)に対する一種の組合活動のような位置づけなのかもしれない」と私も考えを改めた。

 物事の価値は、主観的価値(ある事物に対して、特定人が抱く評価)と客観的価値(その事物に対する市場の評価)の二つに分けて考える事が出来る。

 プロ・グラップリング業界においては、選手個々人が自身に対して抱く主観的価値と、彼らに対する客観的価値(=ファイトマネー)との間に著しい乖離が存在する。

 選手達の客観的価値が低いのは、ADCCがプロ・グラップリング・イベントのトップに君臨し、そこでは(優勝者以外には)報酬が支払われないという慣行が出来上がっていたから(というのが一つの要因)だろう。
 だから、CJIがADCCに対抗する形で大会を行う事で、市場原理を導入すれば、選手の客観的価値が(主観的価値に近づくという意味で)是正される可能性は高い。

 ビクトル・ヒューゴー参戦のニュースを機に、ADCCの出場を辞退して、CJIへ出る事を決めた選手は多いが、次のニュースは衝撃的だった。

 ルオトロ兄弟がCJIに出るというニュースが流れたので、現時点でCJIに参加する選手のリストを調べてみたが、既にこれだけの選手達が集まっている。

 この事実は、「ファイトマネーが安すぎる」という訴えに端を発する、プロ・グラップリングにおける主客の価値が乖離する現状に対して、不満を抱く選手が多数存在する事を意味している。 

 「公正とは何か?」を巡っては、リベラルとリバタリアン(さらには、コミュニタリアン)の間で争いがある。

 ADCCの選手に対するファイトマネーが安すぎて「不公正」だから、選手の価値は市場で「公正に」決めるべきというクレイグの考え方は、リバタリアンの発想に近い。
 
 これまで(プロ・グラップリングの)ファイトマネーについては、市場が全く機能していなかった(から、適正なファイトマネーが支払われなかった)のならば、今回のクレイグの試みは正義に適っているとすら言えよう。

3 クレイグは、今のところ初開催となる今回のCJIを成功させるのに全力を注いでいるので、収益化云々の話は大会終了後になると思うのだが、いつまでも匿名の投資家が金を出してくれるとは限らない。

 プロ・グラップリングの選手達のファイトマネーが(例えば)UFCと比べて低いのは、やはり(PVの)視聴者数に圧倒的な差があるからだと思う。

 MMAの試合を見る人の大半は、MMA未経験者だが、プロ・グラップリングの試合を見る人の多くは、グラップリングやBJJの経験者だと予想される。

 グラップリングやBJJの未経験者を相手に、どうやって試合を魅せればいいのか?ひいては、プロ・グラップリングの市場規模を拡大し、それを大会の収益に繋げる事が、プロ・グラップリングに携わる選手達の待遇改善にとって不可避の課題になる。

 CJIの件は、プロ・グラップリングの選手達が置かれている経済的苦境を明らかにしただけではなく、「公正とは何か?」という点についても興味深い問題を提起している。
 プロ・グラップリングのファイトマネーについて、公正な価格を決定する市場が機能していないのか?それとも、市場場規模が小さいがゆえに、市場が公正な価格として安いファイトマネーしか提示できないのか?という問いである。

 クレイグの試みがプロ・グラップリングの市場規模を拡大し、選手達の抱く主観的価値と経済的価値のギャップを埋める役割を果たす糸口になって欲しい。
 今度のCJIは、YOUTUBEで無料配信されるそうなので、私も時間を作って見るつもりでいる。

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