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試合に勝つ

1 ブラジリアン柔術(BJJ)に限らず、対戦相手の存在する「試合に勝つ」事とは、イコール自分がやりたい事の押し付け合いに勝つ」事だと私は思っている(以下の話は、「格闘スポーツ」の試合を念頭に書いている)。

 自分のやりたい事を対戦相手に押し付けるためには、①フィジカル(身体能力)で相手を上回るか、②相手の知らない技術を駆使して情報格差で勝ち上がる、必要がある。

 ①フィジカルで相手を圧倒するために用いられる最も極端な(しかし、稀ではない)手法がステロイドを始めとするPED(身体強化薬)の使用になるが、ここでは、BJJにおいて毎年のようにPEDの副作用で死んでいる選手がいるという事実を指摘するに留めたい。

 また、②相手の知らない技術を駆使して情報格差で勝つ、というのは(一昔前の50/50や)モダン柔術の各種テクニックがこれに該当する。
 こうしたテクニックが、「知らなければ防ぎようがない」という意味で、試合に勝つための有効な手段である事は間違いない。

 ただ、本稿をBJJに関する記事として読んで下さっている方ならば、誰でも知っている(であろう)都内のジムの、あるインストラクターの先生は、まだ20代なのに「ベリンボロ」のやり過ぎで首と腰を傷めて、今はモダン柔術に取り組むのを止めてしまったそうである。
 
 要するに、試合に勝つために①相手をフィジカルで上回るにせよ、②情報格差で勝ち上がるにせよ、それらの方法は「自分の身体に無理を強いている」という事である。

 試合に勝つために努力する事は素晴らしいことだと思うが、その努力が自分の身体に無理を強いているという事実を自覚しておく必要がある、というのが本稿の趣旨になる。

2 一昔前の日本のBJJ実践者は、皆「スパイダーガード」を使っていた。

 そして、私は「スパイダーガード」を前にして、それをどうやって「パスガード」したらいいのか分からず、もがき苦しみ続けたわけだが、それでも自分で「スパイダーガード」を使う気にはなれなかった。

 上の記事にもあるように、「スパイダーガード」は、手指に過度の負荷が掛かってしまうため、長期間指を酷使した結果、靭帯を伸ばしてしまったり、軟骨がすり減ったりして、指を真っすぐに伸ばせなくなってしまった人を何人も見て来た。
 
 私は、BJJの稽古を始めてから今日に至るまで、ただの一度も「スパイダーガード」を用いた事がない。
 私が「スパイダーガード」を用いなかった理由は、「ノーギ・グラップリングで使えない技術は覚えない」という方針もさることながら、やはり「指の怪我が怖かったから」である。

 以前、ウチの道場にいた会員さんで、「スパイダーガード」に熱心に取り組んでいる人がいた。

 彼は、その師匠(ただし、私の先生ではない)に勧められて「スパイダーガード」を始めたようだが、「スパイダーガード」が指の怪我に繋がりやすいというリスクを指摘したら、それだけで憤慨していた。

 およそあらゆる技術にはメリット・デメリットがあり、「スパイダーガード」も万能ではないという事を伝えたかっただけなのだが、どうも彼は私のアドバイスを自分と彼の師匠に対する人格攻撃と受け取ってしまったらしい(その師匠とやらから、私がSNS上で激しく叩かれていたと知ったのは後日の事である)。

 その彼も、今は柔術をやっていない。

 私は、「スパイダーガード」をやってはいけない、という趣旨で本稿を書いているつもりは毛頭ない。

 ただし、試合で有効な技術は、自分の身体に無理を強いるモノが多いから、「選択問題」について自分の態度を決めるに当たっては、自分なりにその技術のメリットとデメリット、とりわけ怪我のリスクについて理解したうえで判断して欲しいと思っている。

 日本のBJJ村を見ていると、この怪我のリスクについて、ほとんど誰も教えてくれない。
 
 一個人としての私は、「モダン柔術は見るモノであって、やるモノではない」と考えているが、1で述べたインストラクターの人の話を聞くと、やはり「普通の人がモダン柔術をやろうと思うなら、その怪我のリスクを十分承知の上で取り組む必要がある」と思わざるを得ない。

3 昨年足を怪我した際に、「ブレイクダンス」の動画を見たのがきっかけで、一時期はバトル動画を見るのにハマっていたが、最近はあまり見なくなってしまった。

 ブレイクダンサー達の動きは、派手でカッコいいと思うのだが、特に「パワームーブ」や「フリーズ」を見ていると、どうしても無理な身体の使い方をしている点に目が行ってしまう。

 「ブレイクダンス」を練習した事がないので、本職の方からすれば的外れな事を述べているかもしれないが、「ブレイクダンス」のバトル中に誰でも出来るムーブ(技)をやってもジャッジ(の心には)響かない。
 逆に言うと、「誰にも出来ない難度の高い」ムーブや、「これまで誰もやった事のないオリジナル」なムーブだからこそ、ジャッジや観客に受けるのだと思う。

 当然の事ながら、「誰にも出来ない」あるいは「誰もやった事のないオリジナル」なムーブは、身体に極度の緊張と無理を強いる。

 だから、「ブレイクダンス」のバトル動画を見ている分には楽しいが、試合中のみならず練習の過程で怪我に苦しんでいる人が大勢いるのではないか?と想像すると、バトル動画を素直に楽しめなくなってしまった。

 ここで取り上げた記事以外にも、アクロバットな技の着地に失敗して膝の靭帯を断裂してしまうとか、肘や肩を脱臼したり等々・・・残念ながら「ブレイクダンスにも怪我は付き物」らしい。

4 こうして見てくると、対戦相手のある試合であれ、ジャッジの評価を競う試合であれ(フィギュアスケートや体操競技もそうだろう)、試合に勝つためには「身体に無理を強い」ざるを得ないという現実について無自覚である事は出来ないと思う。
 
 今回のパリ五輪でのSHIGEKIX こと半井選手の活躍に私も期待しているが、メダルの色はどうあれ、彼にはまず怪我せず無事にラストまで踊り切って欲しいと願っている。

 BJJに対しては、やはりテクニックのメリットばかりを強調し、デメリットやリスクに触れない現状に対してささやかでも警鐘を鳴らしたいと思う。

 本人がデメリットやリスクをきちんと理解した上で、あるテクニックに取り組んだ結果怪我をしたのであれば、その怪我に対して自己責任を問う事が出来るが、BJJ初心者の大半はそうしたデメリットや怪我のリスクを知らずに、一生懸命頑張って怪我をしている現状を見ると、その責めは本人ではなく指導者側が負うべきではないだろうか?

 

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