見出し画像

少女ドラゴンへの路〈8席目〉

※〈当該小説PR&目次&登場人物〉の記事はこちら
※ 縦書きが好きな方はこちら
(縦書きは第4章の冒頭から始まります。ご了承ください)

  8席目 再会ラッシュ

 前回は、主人公キン子を押しやって出張りまくるキャラの濃ーいタマサカ先生を更に押しやって、途中から出張ってきた顔の濃ーいあの人が最後を飾って終りましたが、今回からは、今度こそ、キン子で始まって……ではありません。
 顔の薄ーい、そして平たーい、あの人たちからこの一席は始まります。
 それが、何がどうしてどうなって、奇縁、因縁、腐れ縁。血縁、無縁、何でお前そこにおんねん……のお話になっていくのか。
  ――パン!

 緑色全身タイツの異装の一人を含む三人が迷彩シートをめくると、バンの後部荷台の扉が見えた。
「これって、間違いなくPTAですよ」
 個人タクシーの運転手が言った。
「どうしてわかる」
「だって、このP世界に自動車はないですもん」
 サンの疑問に運転手が答えた。このP世界で車と言えば、牛馬で牽く荷車である。
  パン。

 遡ること体感で一刻前。高速道を走るタクシーの車中、
「成り行きって言えば、成り行きで、またお客さんがいるんですけどね」
「やっぱりお前、斡旋屋じゃねーか」
「だから違いますよぉ。偶然、前にも載せたお客さん、拾っちゃって」
 運転手がミスター・スタンのことを語った。
「頼まれた荷物を取りに行って、帰りにコイン商のところで換金しようと思ってたんですけど……。座標軸設定をまた間違えちゃったらしくて、偶然、ココに出ちゃったんですよね」
 また間違えた? 聞き捨てならないセリフのように思いますが……。普通のタクシーならナビの設定間違えちゃって、変なところに出ちゃったってことですよ。大丈夫かね、この運転手。
「でも、なんて超ラッキー。フィッシュヘッドの方が目の前で手を――じゃなかった髪の毛を挙げているじゃないですか」
 合流地点のP世界アジトにお連れする前に、ちょっと寄り道して先方と顔合わせしてください。頼まれた荷物も渡したいんで。
「もっとも、前にもお客さんたちがお世話されたことのある方なので、初対面ではないですけどね」
 あっ。あと、その前に
「コイン商の方のところに立ち寄っていいですか?」
 寄り道の寄り道ですみませんけど、ディープなマニアを顧客に持つコイン商のところで、スタン通貨を換金しなくちゃならない。前客の方の、あなた方への手数料の支払もありますし。
「スタン通貨? いいぞ、そのままで。伝手あるし」
 商売柄、そういう繋がりがサンたちフィッシュヘッドにはある。オプションでロンダリングも請け負うこともあるぐらいだ。
「ホントですか。またまた超ラッキーだなぁ」
 じゃあ、前客の、待たせちゃってるクライアントさんのとこに行きますか。  パン。

 そうしてやってまいりましたミスター・スタンが待っているはずのP世界。今度はちゃんと例の空き地に到着だ。
 ところが
「あれ? いない」
 ミスター・スタンの姿が見えない。
「もう、動かないでって言ったのに……もしかしておしっこかな? その辺の木陰にいるのかな」
 運転手がキョロキョロとその辺の木陰や藪を覗き込む。
「おい、これなんだ」
 サンが空き地の隅にある迷彩シートが掛けられた物体を見つけた。 
  パパン。

 こうして、タマサカ一行が乗ってきたバンタイプPMWが発見されてしまったのであった。 パン! パパン!

 迷彩シートに包まれたPTAという思わぬ物を前にして、しばし思案に暮れる三人。
 ほどなくして、運転手が口を開いた。彼がいの一番に、思案の結論に達したらしい。
「お客さん、外しちゃってるみたいなんで」
 それで、いつも戻るともわからない。自分はしばらく待ってみるとして
「お仕事の打ち合わせは、改めてまた後でってことで、お二人はこのPTAでお仲間のところに一端、戻ってください。お仕事柄、PTA車がいくつあってもいいでしょうから、コレ、そのまま、もらってっちゃって良いですよ」
 もらってけって、コレ、お前のじゃないだろうに。
「もらうのはいいけどさ、あたしら運転できねーわ」
 スルーが手を横に振った。PTAを運転するのは部下たちで、スルーもサンも動かせない。もちろん、運転する部下の全員が無免許。彼らが所有するPTAも全部盗難車。
「えー、そうなんですか……。あっ、ちょっと待ってくださいね」
 運転手がタクシーのダッシュボードをガサガサと漁る。
「あった、あった。マニュアルありますよ」
 取扱説明書と書かれた冊子を取り出した。
「でも、これ一部しかないからな。うーん……コピー取るしかないか」
 え? コピー? ここって牛馬が車の世界じゃないの? コピー機なんてないだろう。サンとスルーが顔を見合わせる。
「すんません、コンビニでコピー取って来るんで、ちょっと待っててください」
 ちょっくら近くのコンビニのあるP世界に飛んできますと、さっと運転手はタクシーに乗り込んだ。
 かたがコピーでP世界超えするんかい! パン‼

「あ、そうだ。もし、前のお客さん――クライアントさんが現れたら、動かないで待っとくように言っといてください」
 モジャ髭の、頭はスルーさんで体型がサンさんのような人ですからと、運転手が説明する。
「髪の毛がモジャモジャなんですが、スルーさんをもっと濃くした感じの――それで、体つきもカエル体型なんですけど、サンさんより平べったくはない感じの。顔が『うーん、マンダム』って感じで、そうそう、全体の見た感じが男・欧陽菲菲っていうか、髪のある頃のラジニカーントっていうか……ま、そんな感じ」
 感じ、感じって、余計わからんわい!
「じゃ、さくっと行ってきますね」
 さくっとって……お前、大丈夫か。座標間違いとかよくするんだろう!
 頭の中を駆け巡る山ほどの疑問と不安をサン&スルーが突っ込む暇もなく、瞬く間にタクシーはひゅんと姿を消した。 パン。

「しょうがねぇ」
 サンが迷彩シートの小山の前に、どっかりと座り込んだ。間が抜けたところはあるが、そこは一組織のボスである。いざとなると開き直って、居直る。スルーもシートに寄りかかり、
「待つしかないか」
 足元の石ころを蹴った。
 スルーの蹴った小石は、思いのほか跳ね上がって、近くの藪に落ちた。
「痛え!」
 藪から男の声がした。すぐにガサガサッと藪が激しく揺れて、三人のいかにも不審者ですと行った面構えの男たちが現れた。あれれ。どこかで既視感。この男たち、ぼったくり茶屋を襲った夜盗にして、キン子を掠った人さらいたちにして、ミスター・スタンに追い剥ぎを仕掛けた、あの三人組であった。
 この辺にまだいたんですねぇ。 パン。

「バレたからには仕方がねぇ」
 三人組が凄んだ。
 何が仕方がないんだ? サンとスルーが顔を見合わせる。スルーはサンの点のような三角眼が、サンはスルーの線のような糸目が、笑っているのを認めた。点と線でよくわかるな。
 全然、怯まないカップルに、逆に男たちがちょっと怯んだ。
「金品、身ぐるみ……置いていってもらおうか」
 たじろぎながらも、気を取り直して再び凄む男たち。身ぐるみの言葉の後にちょっと間があったのは、スルーが全身緑タイツであったからだ。一瞬、もしかして、人間じゃないかも、とも思った。
「おい、あれ、カマキリの妖怪じゃねえだろうな」
 男の一人が仲間に囁いた。「バッタじゃねえか」「いや、キャベツに付いてる毛虫だろ」「となりの鮫顔は魚の妖怪か」「陸地に海や川の妖怪がいるかよ」「いや、でも妖怪ならありじゃね?」ひそひそと囁き合う。
「おい、何をごちゃごちゃ言ってるんだい」
 スルーが茶化すように声を掛ける。サンはおもむろに立ち上がると低い声で
「てめえらこそ、金品置いてきな」
 逆に男たちを恫喝した。「あれば、だけどね」スルーが鼻で嗤う。さすがP世界を股に掛ける犯罪者集団のボスとブス――じゃなかったドンのカップルである。PWPはちと怖いが、この手の輩は全然怖くない。
「な、何だと? やっちまえ!」
 サン&スルーの言葉に一丁前にカチンときたのか、三人組が二人に襲いかかった。 パン!

 瞬殺であった。
 スルーの左脚が動いたかと思ったら、電光石火、最前面にいた男の顔を回し蹴り、次の男を回し返す脚の踵でこれまた顔面を吹っ飛ばす。最後の男の顎を足先で蹴り上げ、左脚一本で瞬く間に全員、伸(の)した。
 みっともなく地に伏した三人の元に、ジャリっと土を踏みしめてサンが歩み寄った。
「ひぃぃぃ、お助けを」
 やっぱり妖怪だ。とって食われる。呪い殺される。地面に額を擦り付けて命乞いする三人組に、サンがニヤリと笑みを浮かべた。
「だったら、言うことを聞け」
 何やら思いついたらしい。たぶん、いや、絶対間違いなく、悪いことではありましょう。
  パパン。

 サンは、三人組に荷車を用意しろと命じた。それから、それを牽くための人数を集めろと。
「かなり重いからな。頑丈なやつだ。人足も力のある連中がいい」
 迷彩シートに覆われたPTAバンを運ぼうというのである。
「何でわざわざ移動させるのさ」
 スルーがサンに尋ねると
「あのタクシーがいつ戻ってくるかわからんじゃないか。待ってる間に、このPTAの持ち主が戻ってきたら面倒だ」
 PWPの警察車両じゃないようだが、どういう奴が持ち主かわからん。揉め事にでもなったらやっかいだ。別の場所に運んで隠しておこう。
「あと、俺たちが外している間にタクシーが戻って来るかもしれんからな。連絡係を木立の中か藪の中に忍ばせとこうぜ」
 俺たちが戻るまで、今度は運転手の方を待たせとけばいい。
「あと、コレ、何とかならねぇか」
 サンが両手首にぶら下がった手錠をじゃらりと振った。 パン。

 サンに命じられた三人組は、
 ――ぴゅーっ‼
 と甲高い指笛を吹く。指笛の三重奏は、空き地の空高く上がり、周囲の山々にこだまする。
 すぐに、隣の山から同じく「ぴゅう!」と指笛が応え、狼煙が上がった。ほどなくして森の中からゴロツキ人相の男たちがわらわらと出て来た。早いな、おい。
「この方々は、この辺の山には詳しいので、道もよくご存じでして」
 サン&スルーに揉み手で説明する三人組。随分と低姿勢になったもんだ。
「へぇ。ずいぶん手際がいいもんだ」
 スルーがゴロツキさんたちを値踏みするように見回す。
「実は、最近、こういう方々の派遣業もぼちぼち始めていまして」
 何と、ゴロツキ集団の派遣業を副業で始めていた夜盗にして人さらいにして追い剥ぎの三人組であった。
「こっちも手際がいいな」
 サンが手錠から自由になった両手を振り、更に肩もぐるぐると回しながら言った。
「へぇ。屋敷や倉の錠前を開けて仕事するときもあるんで」
 箸ほどの長さのマドラーよりも細い金属棒を手にした一人が
「見たことのない手鎖で戸惑いましたが、何とかなりやした」
 なかなかの腕前の錠前破り。ちょっとばかりドヤ顔。こちらも夜盗業の思わぬ副産物であった。 パン。

 ところで。わらわらと出て来たゴロツキの皆さんは、何者たちなのか。これがまた、実は――パン!

 キン子親子を襲った山賊であった。何しろ、この辺りは山賊さんたちの根城だもの。すぐ近くでゴロツキさんを調達っていったら、そうなる。
 やっぱり、すぐにゴロツキさんを用意できちゃうこの山って、かなり物騒なところです。
 それにしても、ゴロツキ派遣業を副業とする夜盗で人さらいで追い剥ぎに、ゴロツキ仕事を副業で請け負う山賊、このP世界でも、どこぞのP世界同様、副業ブームなんですかね。 パン。

派遣ゴロツキの山賊さんたち、すぐに鉄製車輪の頑丈な大型荷車をどこからともなく調達してきた。元々、所有していたのかもしれませんね。商売柄、重量のある略奪品の運搬のために。
 さて、迷彩シートのPTAをよっこらせと荷車に乗せて、夜盗にして人さらいにして追い剥ぎの三人組と山賊のゴロツキ連合は、荷車をよっこらせと動かす。
 ごろぉり……
 何せ大重量なので動きが鈍い。
 ところで、このPTAバンには、お留守番の睡眠モードカットちゃんと気絶寝しているミスター・スタンが乗ったままなであった。奴らはどうなった。
 二人は、相変わらず寝ていた。車外の騒ぎも何のその、今また車ごとどこかへ運ばれようとしているのに、二人とも全然、目を覚まさない。神経が太いのか、配線が太いのか、寝汚いのか、ぴくりともしない。このまま二人もどこかへ運ばれてしまうのか。
  パン!

 ようやく荷車の車輪が一回転したところで、空き地の下方の道から人の話し声が聞こえてきた。
「……車の中に金粉きんぷんも金粒も忘れるなんて」
 ゴッちゃんが呆れた。
「すまん、すまん。キン子は忘れずに、金粉きんこは忘れた。なーんてな。はっはっはー」
 タマサカ先生の寒さすら感じないダジャレに、シーンと静まりかえる同行者たち。突っ込みようがないっつうの。
 タマサカ一行が所持金を車内に置きわすれたことに気付いて、戻って来たのである。 パン!

 P世界が変わると文化習慣道徳、ものの価値などなど、いろいろと変わることが多い。同じP世界内であっても、国や地域、経済圏が違えば通貨が違う。
 だが、先にもちょっと触れましたが、金本位制のP世界がどういうわけか多いのである。よって、異P世界を訪れるときは、まず金――ゴールドを所持していく。
 持ち運ぶ金の形状は、行く先のP世界事情に応じて選択する。延べ棒だったり、コイン状だったり、板チョコ状、シガレット状……。金の価値がどのぐらいの量で、どの程度になるのかわからない場合には、できるだけ小さい形状で持っていくのが無難である。
 このキンパンP世界では、物価水準が低いようなので金粉と麦チョコぐらいの粒状のものを用意した。
 出がけにタマサカ先生が、なぜか嬉しそうにニヤつきながら
「金色のウサギのうんこって、言わないのぉ?」
 子供たちに麦チョコサイズの金粒を見せたが、「は?」と冷たく返されてしょんぼりしたのは、皆様のご想像のとおりであります。
 それにしても、金、金、金って、タマサカ先生、何気にお金持ちな様子がします。ええ、そうです。そこそこ金持ってます。財産資産あります。何しろPTA開発者ですから。付随した技術の特許もいろいろありますしね。
 だから、キン子もパン太もサクッと引き取れちゃう。子供の一人や二人、軽ーく養えちゃいますから。例えキン子が底なしの大食いだとしても、無問題ってなもんです。 パン。

 仮名ポニーちゃんの前足がカッと空き地に踏み込んだ。
「やれ、やっと着いた。早く……」
 タマサカ先生が前方、PTA車があるはずの方を指さすと、その指の先には、屈強な男たちが取り付いた大きな荷車があった。荷車の上には迷彩シートを被った物体が載っている。
 男たちは、驚いた様子で動きをピタリと止めた。その側で、緑色全身タイツの女と足の短い魚顔の男がこちらを見て、同じく動きを止めている。まるで『達磨さんが転んだ』みたいだ。
 サン&スルーとゴロツキ連合は、どう反応したら良いのかわからず戸惑っていた。
 ロバに乗ったじじいがこっちを指さして固まっている。その後ろにいるUヘアー巨体おっさん、子豚のような丸々とした子供とメガネザルのような小さい子供も、ピタリとその場で固まっている。
 ゴロツキ連合全員の頭の中に『西方漫遊記』という物語が浮かんだ。あの子豚は超八快? まさか実在してた? そして、サンは『三蔵大冒険』、スルーは『念仏戦隊 猿豚河童ジャー』を思い出していた。
(まてよ。あのジジイ、どっかで……)
 サンは、タマサカ先生の顔に見覚えがあるような気がした。仕事関係者ではないし、親戚でもない。はて? どこで見たのだったろう。
 その場の沈黙とフリーズを破ったのは、カラスが迷彩シートにびったり! と音をさせて落とした白いフンだった。
「「「「あー、汚ねぇ!」」」」
 タカサカ一行が全員揃って絶叫した。すると金縛りから解けたようにゴロツキ連合が
うぉりぁぁぁ‼
 唸り声を上げた。続けて「何だ、てめえら」「邪魔すんな」「どけ」「しばくぞ」とタマサカ一行に向かって口々に怒声を浴びせる。
「それ、ウチのPTAじゃないか!」
 何をほざくとばかりにタカサカ先生が叫ぶ。
「あっ。思い出した」
 サンの声にスルーも「あ」と何かを思い出したようである。
 タマサカ一行は、タマサカ先生に続けとばかりに「泥棒」「盗人」「窃盗の現行犯」などと口々に糾弾の声を上げる。
 うるせぇ! と、元来、物理で物事を解決するのが仕事であるゴロツキ連合がタマサカ一行に襲いかかった。やっちまえ! うぉぉー!
「おい! るなよ! 捕まえろ!」
 サンがゴロツキ連合に釘を刺す。もし、自分の思うとおりだとすれば、あのジジイは利用価値がある。
 先行する仲間たちの襲撃に自分たちも加わろうと、荷車を支えていた男たちも放り投げるようにして荷車から手を離した。ガタリ! と大きな音を立てて荷車が傾き、衝撃で車輪の一つが外れた。
 激しい揺れに車中で気絶睡眠していたミスター・スタンが目を覚ました。
「何事だ!」
 カットちゃんも衝撃に危機感知センサーが反応、自己防衛システムが作動して、パチッと起きた。
 むっくりと身体を起こした二人は、互いにいけ好かない人物の顔とバチリとはち合った。
「「ぎょぇぇぇっ!」」
 びっくり仰天した二人は、揃って絶叫すると、カットちゃんは扉を開けて飛び出し、ミスター・スタンは座席にあったタマサカ先生愛用のクッションを頭に被ってうずくまった。ほんの一瞬だけ(屁臭い)と思ったが、僅かでも我が身を隠してくれるものを、まるでお守りのように固く握りしめて放さなかった。
 車から飛び出したカットちゃんは、外が暴力沙汰の騒ぎであったことに、またしても仰天。
「何、何」
 状況を把握せんと乱闘で土煙の上がる周囲を見回すと、パン太が転ぶのが目に入った。それを大の大人が踏んづけようとしている。
「何してんのー‼」
 カットちゃん、伸び縮みする足を最大限に縮めてから思い切り伸ばして、ビヨ~ンと跳んでいく。そして、パン太を踏みつけようとしている男に向かって、ハサミを閃かせた。
 ――チョッキン!
 男の頭頂部の髪が河童ハゲ状に切り取られる。
「うへぇ」
 ビビる男にハサミをチャキチャキといわせて凄みながらジリジリと迫るカットちゃん。
「カットちゃん‼」
 タマサカ勢が喜声を上げた。
 元相撲レスラーのゴッちゃんが敵を張り飛ばし、投げ飛ばしまくってはいたが、何しろ多勢に無勢。
 キン子も頑張っていた。キン子を張り倒そうとする腕を掻い潜り、パン太の襟首を掴もうとするヤツの手を払う。スルーの足技からコロコロの体をコロコロ転がして逃げ、その辺のゴロツキさんを「S」と唱えてはしばく。「H」と唱えてはひっぱたく。「K」と唱えては蹴る。ゴロツキさんが振り下ろしてくる棍棒をはっとばかりに「S」避ける。そして「H」引っ掻く。更に「K」噛みつく。考えてみれば驚きである。つい数ヶ月前までは、上げ膳据え膳、食っちゃ寝食っちゃ寝の金満お嬢だったキン子が逃げながらもゴロツキ相手に戦っている。だが、やっぱり多勢に無勢。
 しかし、なぜ「」「」「」と唱えるのだ。なのに全然カンフー技じゃない。なぜだ。
 套路は覚えたけれど、型をお遊戯のように覚えただけで、キン子は使い方を知らなかった。キン子だけじゃなく、誰も知らなかった。指導する側のカブ師匠も、知らないから教えられなかった。言い出しっぺのタマサカ先生も、実用を全然、考えてなかった。これっぽっちも思い至らなかった。
 格闘技の型でありながら、組み手とか、乱取りとか、全然スポンと頭から抜けていた。
 美味しそうだが食べられない食品サンプル、買ったはいいが着付け方を知らない和服、インストールしたが使い方がわからないソフトやアプリ……そんなものと一緒である。 パン。
 タマサカ先生も仮名ポニーちゃんを操って、何とか敵を蹴飛ばしているが、いかんせんウンチである。仮名ポニーちゃんの自動運行システム頼りだ。おぼつかない防戦一方である。
 戦力不足のタマサカ勢、圧倒的に不利。完全制圧時間の問題。そこにカットちゃんの登場だ。
「また妖怪!」「ハサミ妖怪!」「冗談じゃねぇっ」と妖怪ハサミ人間の参戦にゴロツキ連合が怯んだ。
「何ビビってんだい!」
 全身緑のカマキリ? 青虫? 妖怪が檄を飛ばすが、怖いもんは怖い。ゴロツキ連合、正直言ってどっちも怖い。
 人間相手の暴力沙汰なら場数を踏んだベテランのプロフェッショナル・ゴロツキだが、得体の知れない人外は相手にしたことがない。
 まるでアクション映画のナイフ使いのようにヒュンヒュンとハサミを振り回し、ゴロツキ連合に迫るカットちゃん。逃げ惑うゴロツキ連合。
 さあ、タマサカ勢、一気に形勢逆転だ。
  パン、パパ、パンパン!

「ひゃっはー!」
 気勢を上げて暴れ回っていたカットちゃんが、突然
ギャン‼
 一瞬、棒立ちになり、バタリと倒れた。カットちゃんの体から少し煙が出ている。
「は、ははは……ざまあみろ」
 倒れたカットちゃんの背後から現れたのは、
「えっ、ミスター・スタン?」
 タマサカ勢一同、目を疑った。タマサカ家厨房の敵、ご飯泥棒の元隣人ミスター・スタン。なぜ彼がこんなところにいるんだ。
 彼の手には、彼が浮かべている黒い微笑みとお揃いのような黒いスタンガンが握りしめられていた。
  パンッ‼

 クッションを頭に被って、車の窓から怖々と外の乱闘の様子をうかがっていたミスター・スタン。その乱闘の中に妙に勢いづいているカットちゃんを見つけて、なぜだか無性にムカついてきた。そっと車から出ると、調子こいているカットちゃんに忍び寄って
 ――バチリ‼
 スタンガンを押しつけたのであった。
  パン‼
 
 話は変わって、ミスター・スタンに逃げられた茶屋の姐さん軍団は、ミスター・スタンの「跡」を追っていた。何しろ、ミスター・スタンは、道なき雑木林と藪でうっそうとした森を闇雲にかき分けて逃げているから、あちこちの小枝が折れ、草が踏まれ、逃亡の痕跡がくっきり残っていた。
 途中、沢に出たところでミスター・スタンの痕跡が消えたが、小便を引っ掛けられた舎弟が顔を洗いたいというので足場を探していたら、運良く沢岸の濡れた土の上に奴の足跡を見つけた。少々時間のロスがあったが、再び見つけたミスター・スタンの足跡を丹念に拾い続けて、姐さん軍団はしつこく彼を追尾していたのであった。まるで猟犬か警察犬のようである。
 そんな彼らの耳に、どこからか怒声のような緊張感のある声が聞こえてきた。もしやと、声のする方へ進んでいく。どんどん剣呑な声の応酬が近くなる。そして、突然、ぱっと木立が消え、空き地に出た。

「何じゃこりゃ」
 そこは、乱闘の真っ最中であった。
 車輪が外れて傾いた巨大な荷車があり、その上には迷彩シートの掛った巨大な食パン形の物体がある。どういう連中なのか、どういう状況なのか、土煙がもうもうとしていて、遠目では誰が誰だか判断が付きにくい。
 小さな子供が転んだ。踏みつけようとした男を荷車のシートの中から飛び出てきたハサミ妖怪が成敗した。
「えっ。まさかカットちゃん?」
 姐さんの呟きに、舎弟たちの目が一斉に姐さんに集まる。姐さん、あの妖怪とまさか知り合いなの?
 勢いよく暴れ回っていたハサミ妖怪が、急に「ギャン‼」と叫んで倒れた。その背後から姐さん軍団が追ってきた饅頭泥棒のあの男が現れた。
「野郎!」
 標的を見つけた姐さん軍団が空き地にどどっと駆け込んだ。
  パパン‼

 カットちゃんの退場に、ゴロツキ連合は一気に勢いづいた。
 ハサミ妖怪が消えれば、恐れるのは緑妖怪だけだ。緑妖怪は味方だ。ひゃっはー‼ もう怖いもんはねぇ。
 一気にタマサカ勢に襲いかかっていく――とその時――パンッ‼

 ――ジャリン!
 どこからかうなりを上げてチェーンが飛んできた。そして、ドヤ顔でカットちゃんを見下ろしているミスター・スタンを、あっという間に絡め取る。
 その瞬間、握っていたスタンガンがミスター・スタン自身に触れた。電流が走る。
ギャン‼
 先ほどのカットちゃんと同じ音を発して、彼は気を失った。
「捕まえたよ。手間掛けさせやがって」
 姐さんがニヤリと笑う。
  パン、パパン!

その姿を見たキン子が叫んだ。
「えっ、姐さん?」
 キン子の驚きに重ねるように
あかねーっ‼
 タマサカ先生の大絶叫が響いた。
「えっ?」
 振り向いた姐さんの目が驚愕に見開かれる。
「げぇぇ! 伯父貴オジキ
  バン!

 ぶわっさー
 突然、乱闘する一団の上から、でっかい漁網が降ってきた。敵味方の別なく、その場の全員が漁網に捉えられる。まさに一網打尽である。……あ、いや、ちょっと足りなかった。何しろ大勢いますからね。収まりきらなかった一部には、小さめ漁網が別に掛けられた。
「もう、何でこんな騒ぎになっちゃってるのかな」
 あの個人タクシー運転手が棒状のスタンガン片手に立っていた。
「遅いぞ、お前!」
 魚網の中からサンが文句を言う。
「すみません。間違えてどっかの漁村に出ちゃって。おまけに干してあった網にうっかり車を引っ掛けちゃって、引きずって……。そんなこんなですっかり手間取ったもんで」
 運転手が頭を掻いて謝る。網、二つも引っ掛けちゃったんですよ。
「でも、二つとも捨てなくて良かった。適当なところに捨てたら怒られるかと思って車に積んできたんだけど、思わぬところで役に立ちましたね」
 こういうの、塞翁が馬っていうんでしょ。
「どうでもいいから、早くどうにかしろ!」
 今度はスルーが怒鳴る。ちりちりヘアーに網が絡まって、心底不快だ。水の中ならどこでもスルスルーっと抜けられるけど、漁網は天敵な魚頭――フィッシュヘッドである。
「はいはい。そんじゃ、危険物の排除からいきますか」
 運転手がまずはキン子に近づいた。
「あっ。キン子ちゃん! くっそう。カットちゃんが無事なら、こんな網、どうってことないのに」
 小さいパン太は、重い漁網の下で藻掻くこともままならず、キン子の危機をただ見ているしかない。ギリギリと歯がみする。
 キン子は、近づいてきた運転手の顔を思いっきり頬を膨らませて睨みつけた。と、キン子の目が驚きで点になる。サンの目よりも点になる。
「えっ、センセイ?
「久しぶり」
 いわゆるイケメン。どういう造りか顔立ちかと問われても答えようがないがイケメン。捉えどころがないがイケメン。特徴がないがイケメン。でも見れば、ああ、あの人だとわかるイケメン。しょうゆ顔でも塩でもなく、もはや水なイケメン顔がそこにあった。
「ちょっとごめんねぇ」
 運転手は、キン子に、顔と同じく水のようにさらっと軽く謝りを入れると
 ――バチッ!
 スタンガンの衝撃を受けたキン子が声もなく気絶した。
「キン子ちゃーん!」
 次は、悲痛な声を上げるパン太に近づいて
 ――バチッ!
「子供に何てことするんだヨ、人でなし! 鬼! 悪魔! サイコパス!」
 うるさいタマサカ先生を
「キン子、パン太、タマサカ先生っ」
 わーんと泣き出したゴッちゃんを
「てめぇ、何者なにもんだ!」
 凄む姐さんを、そして恐怖で戦く姐さん軍団を次々と
 ――バチッ!
 スタンガンで眠らせた。
  パパン!パン!パン!パァン‼

 いやはや。とんでもないことになりました。キン子、絶体絶命であります。少女デブゴンへの路、路の途中で、ジ・エンドなんでしょうか。
 ほほう。コメントぞろぞろと出て来ましたね……。
《主人公補正があるから死なんだろ》《もったい付けるなw》《でも予定調和なしって言ってるじゃん》
 いやぁ、今日日きょうび主人公がラスト間際に死んじゃったり、ラスボスだったなんて物語、ザラですからね。
《その予定調和なしっていう予定調和もなし》
 その予定調和が何を言ってるのか、この物語、そこからもう、さっぱりわからなくなっちゃってますからねぇ。パン

 この一席で、ばらばらーっと、ばらまかれた奇縁、因縁、腐れ縁。血縁、無縁、何でお前そこにおんねん……次回は、その続編となります。では。お楽しみに。

    ✂ ✂ ✂ ✂ ✂

 7席目のあと、丸一日中入りとなったタマサカ家の面々、朝食もそこそこに動画鑑賞だ。
 8席目は、30分ほどであっけなく終った。
「短かったね、今回は。まだ10時のおやつ前じゃん」
 キン子が時計をチラリと見て、ちょっと残念そうにする。
 カットちゃんが物足りなさそうに、ハサミを二回チャキチャキとさせた。
「ネタのばら撒きで終った感じ」
「次回は、伏線回収回かな。全10席なんでしょ。この辺で、もう伏線回収しないと締めらんないよ」
 アイン君が言う。パン太は少し心配そうだ。
「みんな、大丈夫なのかな。生きてるよね」
「ワタシらがモデルの話なら、全員生きてるからね。大丈夫でしょ」
 タマサカ先生は、全然動じていない。
「とにかく、次、次。この辺の話は、わたしはまだ直接見てないから知らないんだよね」
 アイン君が急かすと、キン子が訴えた。
「おやつはどうするの。次が終ってから? 待てないよ」
「ポテチの袋抱えて、そんなこと言ってるんじゃありません」
 叱られた。

 〈続く〉


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?