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少女デブゴンへの路〈4席目〉

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 (縦書きリンク先では、第2章冒頭から始まります。ご了承ください)

  4席目 師匠カブ

  ――パン。
 本日もご視聴、ありがとうございます。
 前回は、キン子とパン太の新しいP世界での生活ぶりをお話ししましたが、今回から、ようやくちょっとばかし、少女デブゴンの名にふさわしいお話となってまいります。
  パパン。

 泥棒猫騒動が収まって二、三日経った頃、タマサカ先生は行き詰まっていた。
 風呂掃除ロボ、バブルス君の開発がうまくいかない。浴室の上から下までフレキシブルに動き回って、蛇口周りなど細かな部分も掃除できるようにと、サル型ボディにしてみたが芳しくない。バブルス君自身が水を被ったり、洗剤の加減ができなくて浴室が泡であふれかえってしまったり、次々と問題が発生する。問題を解消しようとバブルス君を弄れば弄るほど、バブルス君の動きはぎこちなくなって、別の問題が新たに発生する。泥沼化の一方だ。
「やっぱり蜘蛛型の方が良いんじゃないっスかね」
 ゴッちゃんが提案する。蜘蛛型の方が足が八本あって、壁を移動するのに具合が良いのではないか。
「でも、蜘蛛が嫌いだっていう人は多いからね。生理的に受け付けられないんじゃないの」
 タマサカ先生にしては、常識的なお答えである。ゴッちゃんと議論を重ねても、妙案が浮かばない。さすがのタマサカ先生もスランプを自覚し始める。
 気分転換が必要だ。「たまには漫画でも読むかな」とこの間きれいに並べ揃えた長谷川町子コレクションを思い浮かべる。サザエさんはもちろん、エプロンおばさん、新やじきた道中記も、勿論、いじわるばあさんも全巻揃っている。
 キン子もパン太も、タマサカ先生のところで漫画という読み物を知って、夢中になっている。パン太のお気に入りは『キテレツくん』と『ドラえもん』だ。パン太らしい。キン子は柔道漫画の『YAWARA!』。柔道に興味があるのではなく、主人公の祖父が食っているお菓子やご飯に釘付けなのだ。他のお気に入り漫画も、おいしそうなシーンしか見ていない。キン子にとっては、ストーリーよりもおいしそうであるか否かが重要なのである。
 そうそう。キン子もパン太も、児童書の名作『いやいやえん』『ぐりとぐら』も大好きだ。で、やっぱりキン子の好きな理由は、「おいしそう」である。漫画に限らず、おいしそうな挿絵があれば、難解な本であってもキン子は読もうとする。食らいつく。そう。食らいつくのである。 パン。

 書庫に入ったタマサカ先生、たまたま机の上にあった古い本が目に付いた。先日、子供たちが見つけた『秘拳SHK 奥義』だ。
「忘れてた。どこに仕舞おうかな」
 本を手にした途端、タマサカ先生が閃いた。 パン!

 この本にある套路(タオルゥ)のポーズとポーズを繋ぎ、動きの流れをアニメーション化しようと思いついた。いい気分転換になる。
 早速、作業に取りかかるタマサカ先生であった。取りかかると、ちょっと気分転換のつもりだったのが、いつの間にやらもう夢中。ゴッちゃんにも手伝わせて、奥義の最後、欠けた部分を除いてあっという間に完成した。
 完成したら、今度は実際に誰かに套路を踏ませたくなった。
「ゴッちゃん、やってみてヨ」
「相撲の動きとだいぶ違うんで、自分にはちょっと無理ッス」
 うーん、じゃあ誰にやらせようかなぁと思案するタマサカ先生。自分はウンチだから、できないの。
 ポッと電球が点くように、タマサカ先生がまたまた閃いた。
「キン子!」
 お魚泥棒をミラクルダイブで捕まえたキン子……イケる。イケるヨ。
  パン!

 子供たちを「アニメ見る?」と騙くらかして――とりあえずアニメはアニメですけど――呼び寄せる。アイスキャンディも配って、SHK套路アニメーションの、さあ鑑賞だ。
 本にあったイラストからおこされたアニメーションに、パン太は「わぁ、こんなの作れるんだ」と興奮気味であったが、案の定、キン子は上の空。アイスキャンディに夢中。だって、このアニメは、おいしそうじゃないんだもん。
 そんなキン子に向かってタマサカ先生、己の気まぐれな野望を熱心に説く。
「キン子、SHKを習得せんかね?」
「え?」
「キン子ならできるヨ。きっと」
「いやいや、何で」
「だって、せっかくだから実践してみないと、つまんないじゃない」
「じゃあ、タマサカ先生がやればいいじゃない。ゴッちゃんでもいいでしょ」
 ワタシ、ウンチだもん。できないんだよ。ゴッちゃんも無理だって。タマサカ先生、しょんぼりする仕草をして情に訴えてみるも
「あたしだって、無理」
 無下もない。
「やってみなきゃわからないでしょ。ねぇ、やってみて」
 今度は、上目遣いでおねだりするタマサカ先生、年季の入ったいい大人である。
「もしできたら、デネーズの裏メニュー」
 ふと思いついて、キン子の食いつきそうなご褒美を提案する。
 デネーズとは、ファミリーレストラン「デリーズ」の俗称である。俗称であるが、このファミレスを本名で呼ぶ人は、ほぼ皆無である。正式名称がデネーズだと思っている人が多い。たまにネットに「デネーズの本名とは?」なんて記事が出たり、クイズの出題になったりするぐらいだ。
 この店は、チェーン店とは思えないほど、注文してから料理が出てくるまで時間が掛かる。手持ち無沙汰の客は、ドリンクバーを追加する。ドリンクバーはお替り自由だが、ちゃんとそこは採算が取れる仕組みになっている。空きっ腹に水物ばかりは限界がある。SNSでは、ドリンクのがぶ飲みで腹の膨らんだ客が残した料理を使い回しているなんて陰口も散見される。ゆえに銭ゲバの「ゼニーズ」とか「マネーズ」なんていう人もいる。ちなみにデリーズの名前の由来は、おいしいのデリシャスと手頃な食事処であるデリ――デリカセッテンを掛け合わせている。
 そんな店、客があるのかと思うのだが、どっこい、そこそこ繁盛している。なんたって、意外に料理が旨いのだ。おまけに人々の興味をそそる仕掛けがある。
 デネーズ……じゃなくてデリーズには、メニューに載っていない裏メニューがあるのだ。メニューには載っていないがネットで拡散されているので誰でも知っているけれども、それを注文するのは、ちょっと通っぽくて楽しい。
「えっ! 本当!」
 キン子の目がキラキラと輝く。
「じゃあ、裏スイーツ! 『チェリー・ブロッサム・ストーム』か『プリンセス・ゴージャスのパーティドレス』がいい」
 どちらもメガ盛りスイーツだ。チェリー・ブロッサム・ストームはパフェ系で、頭文字をとって「CBS」と一般に呼ばれている。プリンセス・ゴージャスのパーティドレスはパンケーキ系、こちらは「PGS」。
「待って。『シークレット・ヘブン・ケバブ』も良い。本当に裏の裏メニュー、デネーズ幻メニューって言われてるやつ。通称SHK!」
 何の偶然でしょうか。それとも運命か。秘拳の名称と一緒だ。いや、たまたまでしょう。たまたま。
「検索しても画像が出てこない」
「本当にあるのかどうかもわからない」
 パン太とキン子が興奮気味に言い合う。少なくともそれ、スイーツではなさそうですが。
「よし、決まりだ!」
 タマサカ先生の気まぐれから、キン子はデネーズ裏メニューを条件に功夫カンフー修行をすることになった。さてはて、どうなることやら。
  パン! パン!

 翌々日、善は急げとばかりにタマサカ先生
「さあ、ドライブだ。功夫カンフーの師匠を迎えに行こう」
 タマサカ先生たちの元P世界にいる功夫師匠を連れてこようというのだ。
 さっそく、タマサカ先生を筆頭にキン子、パン太もPTA型番PMWに乗り込む。ドライバーはゴッちゃんだ。
 PMWに乗り込みながら、パン太はふと思った。
「タマサカ先生は機械に詳しいのに、どうして運転しないの」
 自動車もバイクも自転車すら乗らないよね。
「それはワタシがウンチだから」
 運動音痴だから乗り物の運転も苦手なのだ。
「自分、運転好きだしね」
 ゴッちゃんが微笑みながら、PMWのキーをチャラリと指で回す。
「ゴッちゃんは、こう見えてA級ライセンスを持ってるんだヨ」
「A級ライセンス?」
 ゴッちゃんがキーを差し込み、エンジンを掛ける。
「自動車レースに出られるプロの免許って言ったらわかるかな?」
「あ。動画で見たことある。『レースキング』って物語」
 キン子がポンと手を打った。そういう映画がある。
 主人公はやさぐれヤンキー。ひょんなことからスーパーマシンを開発した天才エンジニアに拾われた主人公が昔の悪仲間の誘惑や同僚の嫌がらせなど数々の試練を乗り越え、ライセンスを取得、スーパーマシンを乗りこなし、一流のレースドライバーになる物語である。ハラハラ、ワクワク、ドキドキして楽しかった。主人公が片思いするヒロインがウェイトレスをしているダイナーのハンバーガーもジューシーでおいしそうだった。思い出したキン子は思わず、じゅるりとする。
 
 PMWはすーっと流れるように走り出した。三メートルの助走の後、何の衝撃も振動もなく、静かに亜空間に入る。何も見えない。夜のような暗闇でもない。白でも黒でもない。透明でもない。無色無臭無音無動……ただ何もないとしかいえない空間だ。色即是空。そんな言葉を思い浮かべてしまう空間でございます。 パン……。
 
 「すごいなあ」と子供たちはゴッちゃんに尊敬の目を向ける。照れながらも嬉しそうなゴッちゃん。でも
「キン子とパン太のいたP世界で人をはねちゃったけどね」
 あれは痛恨だった、と沈んだ表情を見せた。
「けど、全然、平気だったじゃん。あの人たち」
 キン子がさらりと言う。そうだねと、パン太がこれまたさらりと言う。
「そうそう。無問題モウマンタイ、無問題。発着点の整備されていないPW連邦外のP世界だと、出るところがどういうところかわかんないからね。仕方ない。博打みたいなもんだヨ、はっはっはー」
「タ、タマサカ先生……」
 無問題、無問題とタマサカ先生と子供たちは明るく唱和する。
「ところで、何でタマサカ先生たちは、連邦未加盟の――タマサカ先生たちからしたら未開のP世界に来たの?」
 今更の質問がパン太から投げかけられた。キン子も「そう言えば、何で?」と問う。
「捜し物だよ」
「「捜し物?」」ハモる子供たち。
「そう。PTAの型番PM2・5と……」
  パン!
 
 そこで、ポンと急に窓の外に色柄と音と動きが現れる。無から有に出た。
 P世界移動車PTAの発着場は、ほとんどがPWP署の敷地内か、PW連邦運輸庁の管理地にある。P世界間の人の移動や物資の輸送は、現段階では自由に行えない。厳しく制限されている。移動できる人は、原則としてPWPやPW連邦職員、PW外交官の公人のみ。物資輸送は、PW連邦運輸庁に属する車両とドライバーが担っている。通常、PTA車の発着は、物資輸送車は運輸庁管轄の発着場を、その他はPWP管理の発着場を利用する。PW連邦政府特別顧問であるタマサカ先生が主に利用するのも、PWP管轄の発着場だ。
 タマサカ先生は、PTAの試験や試乗、元P世界への里帰りなどのために、個人で比較的自由にP世界間を移動できる。もちろん、その際はPWPに届け出る。行方知れずのPM2・5の捜索に出掛けるときもだ。
 PM2・5捜索は、基本的にPWPの仕事であるが、ちょっと事情があり、タマサカ先生自らも捜索している。
 タマサカ先生が探しているというPM2・5は、前回説明しましたとおり型番PM2のなんちゃって改造型です。なぜ、これが行方知れずとなったのか。この件につきましては、お話を読み進めていく中で、おいおいわかってまいりますので、首を長ーくしてお待ちください。
 ちなみに、このPM2・5の捜索にPWPも玉坂先生も使用してるのが、P世界間探知機、愛称「ポチ」である。最近、PWPのPTA盗難が相次いでいて、その捜査にも使用されている。まだまだ改善が必要な代物で、現在、実施検証とデータ収集を重ねているところである。
 P世界間探知機「ポチ」は、P世界を跨いでの落とし物探しとか、行方不明者や指名手配犯の捜索などで、対象を探知するための機器である。ポチに対象のデータを入力して、PTAのカーナビに連動させ、亜空間内を走行すると、データに合致する「気配」を察知したときに、その方向をカーナビ上に示してくれるのだ。PTAカーナビにオプションでつける警察犬みたいなものである。なので愛称「ポチ」。命名はもちろんタマサカ先生です。 パン。

 さぁて、目的地のPWP署の発着場に着いたところで、ゴッちゃんがマスクを全員に手渡す。
「ここ、小人コビト19っていう悪い風邪が流行ってるんだっけ」
「COVID―19な」
 キン子の言葉をゴッちゃんが訂正する。
「ワタシのお国では、コロナって一般的には言ってるんだってさ」
「太陽大気もコロナって言うんでしょ。この間MHK(みなさんの税金でまかなってます放送協会)の教養チャンネルで見た。紛らわしくない?」
 首を傾げるパン太にキン子が
「響きがかわいいからじゃないの。マカロンみたいで」
 脳内神経回路がどうしても食分野に向かう。
「眼鏡が曇るぅ」
 マスクを装着したパン太の眼鏡が粋で白く曇る。パン太は眼鏡を頭の上にズリあげて、つぶらなお目々をシパシパと瞬きさせる。キン子は慣れないマスクに呼吸が荒い。息する度にマスクの中央が凹んだり膨らんだりしている。
 ゴッちゃんは、特大サイズなのに顔の中央に海苔が貼付いてるみたいになっている。黒のマスクだったものでね。だから海苔感がする。ゴッちゃんなりに小顔に見せようとして黒を選択したんでしょうけれど、まったく功を奏していない。
 意外なのがタマサカ先生。マスクをかけた普通のおじさんにしか見えない。
「タマサカ先生、普通の人みたい」キン子がパン太にそっと囁いた。無言でパン太がコクコクと頷く。眼鏡もカクカクと頷く。
 PTA車型番PMWは、普通自動車走行に切り替えて発着スペースからゆっくりと発着場の出口へ向かう。
 出入り口の詰め所にいたマスク姿の当直警官が「ども。お久しぶりです」と声を掛けてきた。警官といっても、普通の駐車場の管理人にしか見えない。
 このタマサカ先生の出身P世界は、連邦未加盟である。なぜなら、このP世界の住人は、P世界があることを知らないからである。正しくは、理論的に「あるかもしれない」という仮説は存在する。しかし、実際に確認する術がない。技術がない。タマサカ先生がたまたままさかでPTAを開発しちゃったけれど、「P世界はあるんです」とタマサカ先生が発表したとして、頭おかしいと誰も相手にしない。下手したら世間の皆さん、学会の皆さんから社会的に抹殺される。
 それで、PW連邦と協議相談した上で、タマサカ先生はPW連邦加盟P世界へ移住した訳なんです。
 このP世界は、連邦未加盟ではあるけれど、発見された以上は、P世界に絡む犯罪に利用されぬよう監視する必要がある。タマサカ先生も、公式ではこのP世界の人間であるから、時々帰省する必要もある。確定申告とかでね。
 そこで、PWPの交番を置くことにした。PTA発着場を普通の契約駐車場に偽装して、交番は出入り口にある管理室。駐在の警官らの詰め所は、近所にある玉坂不動産の管理するアパートだ。
 この玉坂不動産もまた偽装。いや、ちゃんと登記してますよ。このP世界にある国の戸籍とパスポートを持つタマサカ先生が代表になっていて、偽装駐車場も詰め所のアパートも、タマサカ先生の名義だ。
 玉坂不動産で働くのは、不動産資格を持った所長とお茶汲みなど雑用事務員の二名のみである。所長は事情を知るこのP世界の住人だが、お茶汲み事務員はPW連邦職員である。当然、この人物にはP世界の戸籍も何の登録もないが、蛇の道は蛇。お隣の国の戸籍のない黒孩子だったという人物を、ある人物の養子にしたとして戸籍を作ったのである。
 この偽黒孩子は、学校には行っていないが戸籍のある兄の教科書のお下がりで勉強し、この兄が大学の日本語学科に進学したので、またしてもお下がりで勉強して、兄にも教わって日本語を習得、白タクならぬ白観光ガイドとして働いたところを、そのある人物と出会ってうんぬんというストーリーまで作り上げた。用意周到である。
 ここまで手の込んだ偽装がどうしてできたか。そう。協力者がいるのである。類は友を呼ぶ。変人ファニー・サイエンティストには、変人ファニー・ロイヤーの友がいた。某P世界の某国ではロイヤーはライヤー――嘘つきなんて陰口があるようですけど、ある意味当たっているかも。偽装の片棒担いでるんですからね。
 その変人ファニー・ロイヤーは、どういう人物か。気になる方もいらっしゃるでしょうが、今読んでおります『少女デブゴンへの路』の筋には登場しませんので、割愛させて頂きます。悪しからず。 パン。
 
 これらの偽装工作には、他にも協力者が若干名おります。全部はご紹介できませんが、このお話にも、これから登場してくる人物がおります。まったくもって、蛇の道は蛇海を泳ぎ回る魚に領海線は関係ない。 パン!
 
 顔面の半分がマスクに覆われた駐車場管理人に偽装した警官に、「はて」となっているタマサカ先生とゴッちゃん。警官は首から提げたIDカードを掲げて見せた。
「ああ。近藤君かね」
 タマサカ一行もマスクをかけているのに、近藤君はよくわかったもんである。しかも、タマサカ先生は普通のオジサン化している。なぜか。ゴッちゃんですね。顔の中央に海苔付けた程度じゃね。仮にも警官の近藤君である。不審者や指名手配犯の変装の見分け方の訓練も受けているから、マスク姿、ひげ面、女装、老けメイク……ありとあらゆるパターンに対処できる。すぐにわかろうというものだ。
 タマサカ先生とゴッちゃんは、顔見知りの近藤君と、しばし世間話をする。
「ここのところ、PTAの盗難が相次いでいるっていう話だけど、ここの発着場はどう?」
「幸い、今のところ大丈夫です」
「そうそう、この間、指名手配中のフィッシュヘッドの、まさに|《ヘッド》が捕まったんですよ。意外なところで発見されて」
 あるPWP署の発着場で、気絶してのびているのが見つかったのだという。現在、取調中だが、ずっと黙秘しているそうだ。
「大方、PTAを盗もうとして忍び込んだんでしょうけれど、一人でってのも解せない」
 PTAの盗難には、単独犯も希にいるが、大方がチーム仕事だ。特にフィッシュヘッドは組織で行動する。ましてや頭である。倒れた組織のトップを仲間が放置していくものだろうか。
「下っ端の一人ぐらい落としても、気付かないことがあるだろうけれど、頭ですからね。それとも内紛ですかね」
 何があったんすかねぇ。。
「一番の謎は、奴がピンクの全身タイツだったってこと。全然、意味わかんないですよ」
 普通、窃盗犯って全身黒タイツじゃないですかね。
  パン!

 発着場からカンフー師匠の家までは、PWPの偽装駐車場から車で五分ほどのインターチェンジより高速道路に入って小一時間、高速から降りて十五分ほどで到着する。随分と離れているように感じられるが、そうではない。むしろ近い。超近い。何しろ、このP世界にPTA発着場は一つしかない。目的地がPTA発着場と同じ国にあるだけでも超ラッキーである。目的地によっては、車や列車を乗り継いで、飛行機も乗り継いで、船に乗り、バイクに乗り、馬や駱駝や象に乗り、何日も歩いて……なんてこともある。良かったね。近くて。
 高速道路では、途中、パーキングエリアで休憩を二回とった。年配者と子供はトイレが近いのだ。結局、高速に上がって下りるまで小一時間のはずが、一時間半余りとなった。だって、子供たちが初めての高速道路、初めてのパーキングエリアに大興奮、はしゃぎまくっちゃったから。トイレに行って、ご当地名産品を見て回り、お土産を買う。お菓子も買う。
 人集りができている一角を発見して、何だろうと覗いてみれば、白い渦巻き状のドロリとした物体を筒になった最中の上にのせて老若男女が嬉々として食している。
「ええっ。白いウンコ?」
 さすがの食意地モンスターキン子も怯える。あんなもの、いくらあたしでも食べない。パン太が
「普通のうんこも食べてるよ」
 茶色のチョコソフトクリームを指さし、同じく怯える。
「うぇっ。白と茶のうんこを混ぜてるぅ」
 バニラとチョコのミックスソフトに、キン子の声が驚愕にふるふると震える。更にはピンク色のうんこもある。
「君たち、またうんこって言ってるね」
 タマサカ先生が「はっはっはー」と楽しそうに笑った。
「麦チョコをネズミのうんこって言っただけのことはあるねー」
 麦チョコを初めて見た子供たちが、驚いて騒いだ。ダースチョコに至っては「このウサギの糞はどうして四角いの?」と怯えたのはキン子で、「このサイズは鹿じゃない? で、どうして四角に固めたの?」と冷静に考察したのはパン太だ。外れだが。彼らの住んでいたP世界には、板チョコしかない。
「コーヒーは、墨汁って言ったっけ」
 ゴッちゃんもニヤニヤしている。
 キン子とパン太は、顔を見合わせた。
「……ということは、この白と茶とピンクのうんこも、うんこじゃないってこと? おいしい食べ物ということでOK?」
 タマサカ先生は、そうそうと頷いて、
「食べてみよう」
 白とピンクのソフトクリームを一つずつ買ってくれた。スプーンもそれぞれに付けてもらう。
 スプーン付きのソフトクリームを手に、思案顔の子供たち。さすがにちょっと勇気がいるなぁ。
「早く食べないと、溶けちゃうよ」
 タマサカ先生の忠告に、キン子が意を決する。周囲の人々の真似をして、白いソフトクリームの頭頂を口に含んだ。
「あれ? 冷たい。甘い。おいしい!」
 ミルクの味がする。キン子の言葉にパン太もピンクのソフトクリームの頭頂をパクリ。
「ホントだ! これ、イチゴの味がする」
 あとはもう、キャッキャとはしゃぎながら、手の中のソフトを食んだり、なめたたり、スプーンで互いのソフトをすくったり、あっという間に完食だ。 
  パン!パン!

 そんなこんなで、タマサカ先生一行は、予定時間を大幅に過ぎてようやく目的地に到着した。
 タマサカ先生いうところのカンフー師匠――カブ師匠の家は、タマサカ先生の背丈ぐらいの高さの垣根に囲まれた二階建ての趣のある日本家屋だ。
 こじんまりした和風門の前でインターホンを押すと「はい」と少ししゃがれた声が応えた。ゴッちゃんが名乗ると
「来たね。入っておいで」
 門のロックが外れる音を確認して、ゴッちゃんが門を開ける。電子錠だ。防犯意識が高い。
 綺麗に手入れされた庭木の並ぶ小径の先、開け放たれた玄関の引き戸の前に、タマサカ先生よりご高齢の、作務衣を着たちんまいお婆さんが立っていた。パン太よりは大きいがキン子よりは小さい。
 キン子がパン太に耳打ちする「っこいよ」。パン太が「まさか」と囁けば、キン子が「小人19に」二人揃って「かかったの?」とひそひそ。
「おいこら。聞こえてるよ。あたしゃ、コロナに感染なんてしとらんて。PW連邦から送られてきたキッドで陰性だったから、お墨付きだよ」
 小まいお婆さん、耳は遠くない。耳はお達者、むしろ近すぎる。
「第一、コロナで背は縮まん。まったくもう」
 ちょっとプリプリしてきた小まいお婆さんに、タマサカ先生がおもむろに紙袋を掲げた。
「カブ師匠、ご無沙汰してます。十万石まんじゅう。お好きでしたよね」
カブ師匠がにんまりとした。 パン。

 ちんまいお婆さんの名は、鏑木正子かぶらぎまさこ。通称カブ師匠である。
 カブ師匠は、多才な人である。三味線のお師匠さんで、日本舞踊と長唄のお師匠さんでもある。
「ワタシは、カブ師匠から日本舞踊と三味線を習ってたんだけど」
 タマサカ先生にそんな趣味があったとは以外である。
「ウンチだけど、ゆーっくりした日本舞踊ならできるんじゃないかなぁって思って始めたわけなんだけど」
 三味線もギターがダメだったから、ちんとんしゃん……っておっとりしたのならイケるかと思って始めた。三味線だって、津軽三味線とか激しいのもありますけどね。
 でも、どっちもさっぱり上達しない。
「だから諦めちゃった」
 運動音痴なだけじゃなく、楽器も音痴だったというわけだ。
「お稽古はやめちゃったけど、カブ師匠は、ワタシと同じくマイケル・ホイの大ファンでね」
 マイケル・ホイって何だ? 子供たちが顔を見合わせる。
「今時は、そういうの、推しって言うんだよ」
「そう、推し仲間」
「そのせいもあってか、カブ師匠はカンフーに詳しいんだヨ」
「カンフー映画に詳しいんだよ」
「それで日本舞踊のお師匠さんでしょ。『舞は武に通ず』というからね。適任じゃないかと思ったわけ」
「なんなんだい、その無茶ぶり」
「でも、まんざらでもないでしょ。面白そうってお師匠さん、言ってたじゃない」
「うん。乗り気だよ。一回やってみたかったんだよね、カンフー師匠」
 何だかんだで、どこか類友な元師弟であった。 パン!

 ここでちょっと疑問に思っている方もいらっしゃると思いますので解説しておきましょう。
う。
 住んでいるP世界が違うカブ師匠とタマサカ先生は、どうやって連絡を取り合っているのだろう? そもそも、違うP世界同士でどうやって通信しているのか? 更にPW連邦下においては、P世界間の自由往来が制限されているが、通信は良いのか?
 P世界間の通信は、ウェブです。送信元のP世界から発信された通信波を亜空間に設置された中継機を経由して、送信先のP世界に送っています。何だスマホと同じじゃんと思うでしょうが、このP世界間の通信波は、スマホの電波とはまた違った原理で成り立っている「波」なんです。亜空間は何にもなーい空間ですから空気も当然ない。そこにウェブが発生するってあるのかよって話ですが、『カシミール効果』というものがなんちゃらかんちゃらで……発生するんだって。これを詳しく説明すると長くなっちゃって本筋がどっかいっちゃうんで割愛します。
 えっ。お前がわからんからだろうって? はい。そうです。さっぱりわかっていません。どっぷり文系なものでしてね。
 でも、操作とか機能とかの使い勝手は、アナタが今お使いのスマホやPCのインターネット通信と同じです。
 あるPWP署から別のP世界のPWP署に「メールを送る」といえば、PCやタブレット、スマホ等で作成したメールを、この亜空間通信波ネットワークに接続して送るわけです。ただし、P世界間通信仕様の機器に限られます。
 ちなみに、P世界間通信の管轄局は、PW連邦の通信局です。全然、ひねりも何にもない名称です。
 P世界間通信は、現在、一般人の自由通信は原則禁止されています。PWP含め、PW連邦機関の職員が業務上の必要においてのみ行うことが許可されています。タマサカ先生もPW連邦特別顧問ですからOKです。じゃないと、仕事にならんですからね。
 しかし、例外はあります。PW連邦通信局から委託を受けた民間通信試験の協力者です。これは、将来、実施が見当されているP世界間でのツアー旅行や物資輸送の前段階として始められた試験事業で、一般には知られていないプロジェクトなのです。
 カブ師匠は、この民間通信試験の協力者なのであります。
 どういう経緯いきさつでカブ師匠がそうなったかといいますと、通信局で民間通信試験の実施が検討され始めたとき、タマサカ先生が自ら試験者として「ハイハイハイ」と手を上げたんでございます。何しろ研究熱心ですから。加えて好奇心旺盛。もうモリモリ。キン子の食欲とタメ張るぐらいモリモリ。自由人、規格外の人、人生是研究の人、普段からやることなすこと、どっからどこまでが公務で、どっからどこまでが個人の趣味なのかわからない。話を聞きつけた瞬間に飛びついた。
 あっさりと「じゃ、お願い」と通信局から委託されたタマサカ先生の、試験通信の相手方として選ばれたのがカブ師匠です。犯罪歴なく、常識や良識をとりあえずわきまえており、日本舞踊などその道では評価があり、社会的にも信用がある。そして、気軽に自分の好奇心に乗っかってくれるはず……てなわけでタマサカ先生がご指名した次第です。
 問題は、カブ師匠の居住地がタマサカ先生が元いたPW連邦非加盟P世界であったことです。P世界の概念と仮説はあるが、一般的住人の意識が空想科学の域を出ていない世界です。
 でも、あっさり許可が降りた。何で? それは私にもわかりません。お上の発想や視点って、時々、一般人にはよくわからないことありません? 
  パン!

 話をカブ師匠宅に戻しましょう。
「それにね、カブ師匠は、太極拳もできるんだヨ」
「二十四式な。市民文化センターのシルバー健康講座で習ったやつ」
 気功もそう言えば習ったな。あとフラメンコとエレキギターと英会話とインドネシア語と……。指折り数えるカブ師匠、好奇心旺盛で多趣味である。やっぱり似たもの元師弟。
 キン子とパン太は、この似たもの師弟の話を笑みを浮かべて聞いてはいるが、知らない言葉がたくさん出てきてよくわからない。
 フラメンマってメンマをフライしたのかな? エレキって動物のバターがあるのかな? と思い浮かべているのは、もちろんキン子である。この辺の話は、意味がわからなくてもすぐに生活に支障がでるようなものではなさそうだから、今は適当に流しておこうと判断したのは、パン太である。勤労児童だった苦労人パン太は、幼くしていわゆる大人の事情的な勘所をすでに備えている。
 二人同じく曖昧な笑顔を浮かべて頷きながらも、頭の中は全く別であった。 パン。

 さて、互いの紹介が済んだところで、さっそく軽くカブ師匠のご指導開始だ。
「ともかく、何をするにも基本は大事だよ」
 三味線だって、踊りだって、勉強だって、基礎が大切なんだ。数学も、足し算、引き算、九九ができなけりゃ、小難しい数式なんて解けやしない。
 というわけで、まずは柔軟体操。縁側にみんな並んでイチ、ニ、サン、シー。
「やっぱり子供は体が柔らかいねぇ」
 キン子もパン太も、バレリーナのように開脚ぺったんとはいかないものの、座って伸ばした足先に手が余裕で届く。練習すればぺったんできるようになりそうだ。
 元相撲レスラーのゴッちゃんは、股割りなんてお手のもの。一八〇度に開いた足の間に上体がぺったんとつく。
「ゴッちゃん、すごーい」
 子供たちは、お目々キラキラと尊敬のまなざしをゴッちゃんに注ぐ。
 一方、タマサカ先生はといいますと
「いてててて……ギブ、ギブ」
 足を開いても四五度ぐらいしか開かない。上体は床と垂直に突っ立ったまま、全然倒れない。「ふん、ふん」と鼻息だけは威勢が良い。前に伸ばした腕がゾンビのようにちょっとだけ揺らめく。あまりの硬さに業を煮やしたカブ師匠に背中を押されても、ちっとも曲がらない。遂に床を叩いてギブアップ。
「あんた、鏡餅なみにコッチコチじゃないか」
 カブ師匠に呆れられると、「だってぇ……」口をとんがらかして拗ねる。だって泰造アラ古希なんだもん。体も硬くなっちう。
「ふん。あたしゃ、アンタよりずっとお姉さんだけど、上体床にちゃんとつくよ」
 カブ師匠に笑われて、タマサカ先生は、仰向けにばったりとひっくり返り、体を丸めてくるりとみんなに背を向けた。あ。いじけた。 パン!

 柔軟体操の後は、いよいよカンフーの基本だ。
 なんたってド・素人たちだ。まずは拳の握り方から。親指以外の四本の指を関節から折りたたむように曲げる。残った親指も関節から曲げ、内側側面を人差し指と中指の第一関節と第二関節の間の部分に沿うようにくっ付ける。
「親指、突っ立てたらだめだよ。突き指してしまうから」
 そして基本動作の練習だ。
 縁側にゴッちゃんが大型モニターをよっこらせと運んできた。
「これを見て、その通りにやるんだよ」
 えー、カブ師匠、実演しないの。英語の授業で発音練習はテープまかせって、昭和の先生みたいじゃない。ああ、今はネイティブの英語指導助手先生まかせか。ネイティブだって滑舌悪い奴、訛ってる奴もぎょうさんおるのにな。ええんかい、それで。 パン!

 画面に映し出されたのは、青ジャージを着たカマキリみたいな黒縁眼鏡のお兄さん。ジャージは、側面――肩から腕にかけてと腰から足首にかけて白い二本線が入り、手首と足首は、ゴム編みが入ってすぼまっている。随分とレトロなデザインである。この動画、いつの時代のものなのだろう。そんで、このお兄さんは誰?
 気をつけをしたお兄さんが、二の腕を脇にぴったり付けたまま、直角に肘を曲げ上向きの手のひらを握りこぶしにする。画面下に〈背筋を伸ばして、肘は脇につける〉と字幕が出る。
 縁側に面した庭に降り立った子供たちとゴッちゃんが、お兄さんと同じポーズを真似る。
 お兄さんが拳を捻るように下方向に回しながら、ゆっくりと腕を真っ直ぐ伸ばす。そして伸ばした腕を元の位置に戻しながら、反対側の腕を同じように伸ばす。それを数度繰り返してみせる。字幕には〈この要領で突きを繰り返します〉。
 その後、お兄さんが先ほどと打って変わって素早く腕を前方に伸ばし、ビシッと力を入れて止める。ビシッ、ビシッと繰り返していく。
 三人も真似をするが、イマイチ、ビシッとしない。
 次にお兄さんは、四本の指を揃えて伸ばし、親指だけ曲げて手のひらにつけて見せる。手刀の形だ。そして先ほどと同じ要領でビシッと手刀を繰り出す。
 真似する三人、さっきより更にビシッとならない。
 すっかり見学決め込んだタマサカ先生が「こらこら、真面目にやりなさい」と茶々を入れる。「えー、真面目にやってるよ」子供たちが口を尖らせた。
「お前もやりな」
 カブ師匠がタマサカ先生を縁側から庭に蹴り落とした。 パン。

 画面は次の動作に移る。お兄さんが腰に手を当てて片脚を膝を曲げた状態で上げる。腿が地面と並行になる位置までくると、脛(ずね)から先をピシッと素早く蹴り出す。字幕に〈つま先も伸ばして素早く〉。それを交互に繰り返す。
 真似る子供たちは、ぴょこん、ぴょこんとお遊戯のダンスをしているかのようだ。どすん! と上げた足が土埃を撒き散らして落ちるゴッちゃん。タマサカ先生は、下手くそなコサックダンスのようだ。
 無様な視聴者の様子など知るべくもない画面のお兄さんは、クールにさっさと次へ進む。
 両腕を真横に伸ばし、手先が上に向くように手首を直角に曲げる。手の形は手刀と同じだ。
 その状態で、膝を真っ直ぐに伸ばしたまま、足を上に蹴り上げる。〈膝を曲げずに、つま先は上を向くように〉と字幕。お兄さんの足が頭頂を蹴らんばかりに高々と上がる。それを左右交互に繰り返しながら前へ進む。
 次に、同じポーズで上げた足を外側に大きく回しながら進む。足先が横に伸ばした手先をパシッと軽く叩く。左右交互に繰り返しながら前へ進む。そして、今度は逆だ。内側に足を回して、またしても足先で反対側の手先をパシッ。
 えー、できるかい!
 案の定、誰もできない。子供たちは、よろけながら足先でちっちゃな円を描いているだけ。ゴッちゃんは、さすがに体幹が強いだけあってよろけはしないが、足が回っていない。なぜかさっきと同じ。上げてはどっすん! 上げてはどっすん! タマサカ先生に至っては、マリオネットが阿波踊りしているみたいである。
「もう無理」
 タマサカ先生、ギブアップ。縁側に逆戻りしてのびちゃった。 パン。

「次は站椿たんとうだよ。これで足腰を鍛える。ついでに気も練って溜めるんだよ」
 ゴッちゃんがモニターをよっこいせ、と片付ける。お。カブ師匠、いよいよ自らお手本ですか。
 カブ師匠が足を肩幅に開き、膝を少し曲げて腰を落とした。腕は前方に伸ばし、手のひらを内側に向けて大木に抱きついているかのような輪を体の前に作る。
「腕で作った輪の中に見えない空気ボールがあるイメージでな。ボールだから弾力がある。そう思う。感じる」
 そのまましばらく静止。
「呼吸は止めずに、鼻から静かに吸って、口から少しずつ、ゆっくりと吐く。吸った息は腹のこの辺」
 カブ師匠がへそのちょっと下あたりを指でちょんと押す。
「その奥に溜めるようなイメージで。気を溜めるんだ。息を吐くときは、気は残して空気だけ吐く」
 そう言われたって、子供たちにはさっぱり意味がわからない。
「気ってなあに」
「元気の気。陽気の気。陰気の気。気合いの気。そういうもんだよ」
「ますます、わかんない」
「……神通力みたいなもの? そういうものがあるって気分? ってこと?」
 パン太が一丁前にマンダム・ポーズで呟く。
「神通力。それって仙人じゃね? じゃあ、これやったら西方漫遊記の超八快みたいになれちゃうの?」
 飛行雲に乗って、ぴゅぴゅーんって飛んだり、快熊手でバッタバッタ妖怪を倒したり、いろんなものに化けたりできるようになるの? 子供たちが目を煌めかせて興奮する。
「いや、それは全然違うが……まあいいか。そういうものがある。そういう気分ってことだ。あくまで気分な」
 カブ師匠は、やれやれと苦笑い。大人にだって、気を説明するのは難しい。 パン。

 ところで、西方漫遊記とは何ぞや。キン子たちのP世界に伝わる昔話を元にした、誰もが知っている有名な読み物でございます。
 超八快は主人公で、神通力を身につけた仙人ならぬ仙猪せんちょである。豚の妖怪みたいなものです。
 あるとき「聖地を詣でよ」と神のお告げを夢に見た皇帝が神官に代理巡礼を命じた。任じられて聖地巡礼の旅に出た神官が途中で出会った腹を減らした猪豚、らくだ、カラスに皇帝から旅のおやつとして賜った神の力が宿る特製月餅を与えると、この二頭と一羽の動物が神通力を持った人型となった。つまり、擬人化した。この神官とお供の仙猪、仙駱駝、仙烏たちが、盗賊の襲撃、魔物の誘惑、化け物や怪物退治、妖怪の妨害などなど、数々の苦難を乗り越えて聖地を目指す冒険活劇なのです。
 《どっかで聞いたような話だ》。ええ。古今東西、上下左右斜めのP世界、あちこちに似たようなお話がございます。
 《その話をもっと知りたい》と、申されましても……これは少女デブゴン、キン子のお話でありますからねぇ。《別にスピンオフでいいから》って。でも、講談は実際にあった話を読むものでございまして、フィクションは管轄外でございます。ご了承くださいませ。
  パン!

 気を取り直して、続きでございます。
「今度は、もう少し腰を下げて、また同じようにしばらくじっとしている。いいかい。呼吸は大事だよ」
 しばらく静止した後、腿が地面と垂直になるまで、更に腰を落とす。そしてまた静止。
「ううう。イライラするぅ……」
 キン子が呻いた。パン太はふうふう苦しい息だ。ゴッちゃんは涼しい顔で、憎いほどの余裕である。さすが元プロのどすこい。
 腿をぷるぷるさせて耐えていたパン太が「もうダメ」とぺたりとお尻をついて座り込んだ。同時にキン子が大爆発!
「がーっ‼ もう無理! イライラする!」
 ひっくり返って手足をバタバタさせる。カブ師匠「やれやれ」とため息だ。
 突然、縁側でのびてたタマサカ先生がひょいと起き上がった。
「ねーねー、これって、人差し指を上にビシッと立ててやるんじゃなかったっけ」
 人差し指を立てた腕をカブ師匠に向かって突き出す。
「それで、頭と両肩と両膝に水の入った茶碗をのっける。お尻の下には太い鉛筆みたいな先っちょのとんがった棒を置くの。茶碗を落としたり、水をこぼしてもいけない。腰が下がりすぎると、太い鉛筆がお尻をチクリ。ジャッキーがやってたでしょ」
 パン太がキン子にヒソヒソと話しかける。
「それって、予習って言われて見せられた映画のシーンにあったやつじゃない」
「あれって、映画的演出ってやつじゃないの。フィクションでしょ。盛ってるとかっていうやつ?」
 二人とも、短期間で随分と別P世界ズレした――いや慣れしたもんです。
 子供たちがヒソヒソとやってる間に、大人たちは喧々ガクガクGOGO「気功教室でこう教わったんだよ」「気功と、功夫とかの武術とかって、違うんじゃない?」「気功は功夫の一部だよ。鍛錬のために必要なんだ」「自分が漫画で見たのでは、拳をにぎってこう……」「漫画ぁ」「そっちだって映画じゃないっスか」「だってジャッキーだヨ」「リアリティとしてはジェット・リーの『少林寺』の方が……」「ジェット・リー?」「李連烈のこと」「ああ、あれ。あれはスポーツ武術じゃなかったかい。体操みたいなもんじゃないの」「違う! 違う!」……話がどんどん明後日の方に向かっていく。
 そんな大人たちを尻目に、子供たちはタブレットで正解を検索する。いやいや本当に、ついこの間まで中世オリエンタルなP世界の住人だったとは思えませんな、この子たち。すっかりデジタルなP世界の子と化しています。
 タマサカ先生が言ってるやつは、やっぱり映画の中だけのお話っぽいよね。ゴッちゃんが言ってるのって、これだよね『馬歩站椿』。そんでもって、カブ師匠が教えてくれたのが『站椿功』かなぁ。待って、待って。いろんな型があるって書いてる人もいるよ。どれも正解みたい。
「たぶん」
 タマサカ先生以外は。
  パァン。

 カラランと、グラスの中で氷が涼しげな音を奏でた。五人は、縁側に並んで座って冷たいカルピスを飲んでいた。論争の収拾がつかなくなったので、ひとまず休憩と相成ったのである。
 一汗流した後のカルピスって、いやー染みる。最高ですね。ヒートした頭もすっきりして、優しい穏やかな気分になってくる。
 結局、カブ師匠式站椿であれ、ゴッちゃん式站椿であれ、站椿は「イライラして嫌だ」とキン子が言い張るので
「それじゃあ、スクワット」
 カブ師匠があっさりと手法替えした。
「単調だけど、動きがあるからまだいいだろう。要は足腰が鍛えられりゃあいいのさ」
 気は?
「站椿がイライラするんじゃあ、逆効果だし。套路を踏んでいくうちに自然と少しは身につくさ」
 そういうもんなんですかね。私は素人だからわかりませんけど……って、カブ師匠もなんちゃってカンフー師匠でしたね。結構いい加減。出たとこ勝負、行き当たりばったりのご指導で、修行、大丈夫かと心配になってはまいりますけれども……。 パン!

 カルピス休憩の後は、さっそくスクワット開始だ。
 相変わらず余裕のゴッちゃん。あっという間に20回、30回……どんどんいくよ。
 パン太は、またもや腿をぷるぷるとふるわせて、わずか3回でがっくりと膝をついた。キン子は、4回で「もう無理」とギブアップ。
「でも、パン太より多いよ」
 あんた、パン太よりお姉さんでしょ。もう。やっぱり筋肉より脂肪の方が勝っているからなのか、単に根性が平均値をはるかに下回っているからなのか。すぐにギブる。なにせ、少し前まで食っちゃ寝食っちゃ寝の、金満お嬢だったわけだから、仕方がないか。
 タマサカ先生はというと、もう最初っから見学者を決め込んでいた。 パン。

「最初はこんなもんだろ。しばらくは毎日、これらの基本練習を繰り返すんだよ」
 カブ師匠の言葉に、キン子は「えーっ」思いっきり不満ヴォイスを発する。
 そこへ、タマサカ先生が「デネーズの」とそっと耳打ちすると、途端に
「やる。キン子、やります。頑張ります」
 一転、気合いの入ったヴォイスでキン子が宣誓した。何という食意地パワー、見上げたものである。
  パン!

「じゃあ、そろそろ帰りますか。カブ師匠は、一応、二週間の自宅待機ね。ちゃんとカブ師匠のために強力除菌空気清浄機付きの離れの座敷牢用意してますから。三味線も踊りも、オンライン指導ができるように環境も整えてありますヨ。なーんも心配ありませんよ」
「座敷牢かい! あたしゃ、時代劇の気の触れた殿じゃないんだから、普通の部屋でいいんだよ」
 カブ師匠がぷぅっと膨れる。
「えー、せっかく作ったんだから、使ってくださいヨ」
 牢の格子枠はオール檜、十二畳の床の間のあるお稽古部屋に、隣接するウォークインクローゼット付きの家具付き八畳居室、バストイレ付き。日当たり良好。
「好物件ですヨ」
 タマサカ先生、不動産屋みたいなことを言う。
 それにしても、いつの間に座敷牢なんて作ったんだ。実は、前日にタマサカ家総出で牢の木材を格子に組み、それにキャスターをつけて、敷地内にあるゲストハウスの和室のふすまの前にガラガラと運んできただけである。なんちゃって座敷牢であった。ゲストハウスがあるなんて、凄いぞタマサカ邸。ただし、プレハブだけど。
「足腰が衰えないようにサイクリングマシーンも用意したんだから。ボケないように『ボケ殺し』っていうゲームだって用意しましたヨ」
「ゲームならオンラインでいいから麻雀やりたい。パチンコは……まあいいか。オンラインパチンコもあるけど単調なんだよね。あのジャラジャラいう玉の音と威勢の良いBGM、出た出ないの雄叫びがないと気分が盛り上がらない」
 麻雀は、ボケ防止に良いとは聞きます。健康麻雀なんて推奨しているお国もありますからね。でもパチはどうなんでしょうね?
「そっちでも、ネットで馬券は購入できるんだよね。競馬中継でも、そこそこテンション上がるから。本当は馬場で馬券を握りしめてレースを見るのが最高なんだけど……あの高揚感、緊張感、たまらないね」
 カブ師匠、うっとり。かなりのギャンブル婆さんです。いやはや、今日日きょうびの年寄りは……。若いもんの方が敵(かな)いません。
  パパン!

 さて、PW連邦支給の抗ウィルス透明アクリル板で囲んだ特設席にカブ師匠を座らせて、PMWは帰路につく。
 往路よりは短い時間で高速を降り――子供たちもお年寄りたちも疲れて寝てましたからね――普通の駐車場に偽装したPTA発着場に到着。これまた管理人に偽装したPWP警官の近藤君と大人たちが挨拶を交わす声に、子供たちも目を覚ました。
 パン太は、バイバイと手を振る近藤君にキン子と共に手を振り返しながら、ふとフィッシュヘッドという謎の言葉を思い出した。
 亜空間に入ると、パン太が尋ねた。
「フィッシュヘッドって何?」
 魚頭――フィッシュヘッドというのは、P世界間の密航を斡旋するブローカーである。
 現在、民間人が勝手にP世界間を移動することは禁じられている。だが、法を破ってでも、危険を冒してでも、諸事情で別のP世界に移動したい人たちがいる。フィッシュヘッドとは、そんな人たちに別P世界を斡旋し、移動させる犯罪組織なのだ。
「海には人が決めた領海ってのがある。海の上に、こっちからここまでは自分たちのものと決まってますから、勝手に入らないでくださいって線引をしてる」
 ゴッちゃんの説明に、
「海の上の国境線ってことだよね」
 パン太は、何となく理解する。
 でも、海を泳ぐ魚には、人が決めた線引きなど関係がない。自分たちの都合で、人の領海線なんて越えて自由に行き来する。
「地図と違って、実際の海に線なんて画けんからね」
 描けたとしても、人のルールなんて魚には関係ないし。
「そんな魚が海を泳ぎ回るように自在勝手に亜空間をスルスルーっと泳いで行ったり来たりして別のP世界に人を送り込むことから魚頭――フィッシュヘッドと呼ばれてるんだヨ」
 キン子が「ん?」と首を傾げた。
「ねえ、タマサカ先生たちも自由にP世界を行ったり来たりしてるよね。じゃあ、タマサカ先生たちもフィッシュヘッド?」
 カブ師匠が「かかか」と笑った。
「確かにな。あたしゃ、密航させられてんのか」
「違いますよぅ。犯罪者と一緒にしないでください。ちゃんとPW連邦に届出してます。許可もいただいてますヨ」
 タマサカ先生が口をとがらす。
「冗談だって」
 カブ師匠がまた「かかか」と笑う。
「ところで、あたしゃ、何て理由を見繕ってP世界移動の許可もらったんだい」
「今、PWP警官向けのアシストスーツを開発中で」
 PW連邦外のP世界で隠密かつ安全に監視活動を行えるように、着衣の下に装着しても気付かれない、もしくは普通の衣服に見えるタイプのアシストスーツを開発中のだという。特に「ウンチ」な事務系のPWP警官向けに、アシストスーツに護身術の動きをインプットしたものを作りたい。タマサカ先生曰く『薄型インナーすじコップ』である。
 タマサカ先生、随分といろいろな仕事を同時並行でこなしてるんですな。そんな風には見えないんですけどね。いろんなことして遊んでるなっていうようにしか見えない。 パン。
「カブ師匠は、そのための絶好の被験者であるから、ぜひ必要だって」
 試作品には、とりあえずカンフー師匠のカブ師匠の動きをまずはトレースしたい。加えてカブ師匠は小(ちん)まいお年寄りであるので、そのちんまいお年寄りでも無理なく装着使用できるものであれば、「ウンチ」事務系警官にも
「ベリーグッドでしょ」
 タマサカ先生、ドヤ顔だ。
「でも、あんた、たまたままさかのタマサカだから……目的どおりのものができんのかねぇ」
 ゴッちゃん「あー」と肯定のため息を漏らす。タマサカ先生の助手として、数々のたまたままさかを見てますからねぇ。実感があります。
「そんなのばっかりじゃないヨ」
 タマサカ先生はプリプリと憤慨するが、タマサカいじりは止まらない。そう言えば、あれもこれもと、タマサカ先生をイジっている間に、PMWは亜空間を抜け、タカサカ邸のあるP世界に到着でございます。
  パン!

 今回は、お話が長くなりました。みなさん、お疲れでしょう。私も疲れました。次回は、日をまたいでの中入の後となります。
 では、ごきげんよう。
  パン!

     🥤 🥤 🥤 🥤 🥤
 
 タマサカ一家は、本日、朝からリビングで先日の続きの動画を鑑賞していた。もちろん、朝ご飯をしっかりと食べた後だ。
 四席目が終って、ゴッちゃんが動画の自動再生を一次停止にした途端、それまで静かに視聴していたタマサカ家の面々がガヤガヤとざわめき出した。うめき声を発して伸びをしたり、大きな息を吐いて立ち上がり腰を叩いたり、カルピス飲みたくなっただの、何だのかんだの……。
「カルピス、あったかな」
 冷蔵庫を覗き込んでいたアイン君が、ふと、先の動画を思い出して
「たまたままさかのタマサカだって」
 ぶっ、と吹き出した。タマサカ先生が「おっほん」と咳払いをする。
「もう。いつもいつも、たまたままさかじゃありません」
 プーとふくれっ面をするが、みんな無言でニヤニヤしている。
「大体、発明や発見って、そういう偶然がもたらしたものが多いんだから。失敗から別の発想や理論が生まれたり、新たな発見、発明がなされたり」
 それはそうだなとゴッちゃん。
「ノーベル賞を創設したノーベルのダイナマイトも、失敗から発明されたものだし、医薬品にもそういう偶然や失敗、うっかりから開発されたものが案外に多い」
 あれやこれと思いつくものを列挙する。
「あ、そうか。キン子やパン太のいたP世界にも、このP世界にもノーベル賞はないか。ここでは、イェーイブル賞っていうんだ。後で調べてご覧、パン太なら興味がそそられると思うよ」
 パン太は、さっそくスマホに手を伸ばし、検索する。――イェーイブル賞っと。
「ソース、柿の種、コーンフレークなんかもそうだった気がする。あと納豆。兵糧の茹で大豆を腐らせてしまって、勿体ないって食べてみたら旨かったっていう説があったなぁ」
 キン子がピクリと反応する。食べ物には、デフォルトで反応するように脳神経回路ができあがっているキン子である。
 ゴッちゃんの言に援護射撃を得たりとばかりに、たまたままさかのタマサカ先生が勢いづく。
「発明や開発っていうのは、人生行路みたいなもんだヨ。予定どおりに事が運ぶとは限らない。むしろその逆ばかり。偉大な発見や発明が、偶然や間違いから生まれたなんてことはよくあるが、もっと身近な日常でも、そういうことはあるだろ。セーター編もうと編み物を始めたのに、できあがったらマフラーだったなんて、よくあるじゃない」
 そんなプレゼントをもらったことでもあるのか。あるいは自分が編んだのか。
「弁護士になろうと勉強してたのに、気が付いたら体張ったガチンコ芸人になっていたとか。不動産王になろうとしていたのに、借金王になっちゃったとか。オリンピックで金メダル獲りたくて頑張ってたのに、邪魔なライバルを蹴落とそうと襲撃して犯罪者になっちゃったとか」
 極端な例えだが、大人たちは「だよなぁ」と呻く。
「植木ロボを開発しようとしてたのに、ヘアカット無機質系人型類が誕生しちゃたり、タイムマシンを作ろうとしていたのに、P世界移動マシンが出来ちゃったりするのだって、そんなにおかしなことじゃないんだヨ。むしろ、普通」
 無機質系人型類たちが「それがなかったら自分たちいなかったわけだし」「成功は失敗の母か」「そして自分たちの母」などとしんみりとした口調で呟く。
 周囲の反応に気を良くしたタマサカ先生は、どんどん勢いづく。
「発明、発見なんて、ある意味、昔話のわらしべ長者みたいなもんだヨ。文無し主人公が、つまづいて転んで思わず握った道端のわらしべが、ミカンに替わり、反物に替わり、馬に替わり、その馬だって死にかけていたのに、どういうわけか回復しちゃって、最後に馬がお屋敷に導いて、主人公が逆玉に乗っちゃうじゃない。小さなつまづきから大きな成果が導き出されることだってあるんだから」
 思わず得心するキン子とパン太。この子供たちは、僅か数ヶ月前まで、こんな生活を想像さえしていなかったのだから。予定外で、予想外で、想像外で、想定外中の想定外が積み重なる人生を身をもって体験している。
「前にも言ったけど、逆浸透みたいに原理が解明されていないけれど、何かできちゃってるってことだってあるし、マルハナバチだって、理論的にはあの身体にあのサイズの羽で飛べるわけないのに飛べちゃってるし」
 逆浸透もマルハナバチも、実存で現実で事実だ。
「だからね、キン子が功夫マスターになったって、何ら不思議も不都合もないのだヨ。算数の苦手なパン太が科学者になったって、おかしなことではないのだヨ」
 キン子とパン太が複雑な顔をする。だからそれで何であたしが功夫マスターになるって話になるんだよと、心の中で鼻白んでいるのはキン子である。確かに算数は苦手で、でも科学者さんになりたいのも確かなんだけど、どこか引っ掛かると思っているのはパン太だ。
 子供たちの心中などお構いなしのタマサカ先生は、饒舌に語り続ける。
「でも、パン太には別に才能があるから、それはそれで伸ばそうね。キン子だって、意外な才能が見つかって、花開くかもしれないから、いろんなことにチャレンジしようね」
 だから、功夫マスターに挑戦しようと、アツく説くタマサカ先生には、だから何でそこに拘るんだと、突っ込むキン子の言葉は、全然届かなかった。

 タマサカ先生の独演会終了を見計らっていたかのように、ゴッちゃんがタマサカ先生にお伺いを立てる。
「ところで、喋ってるヤツは、日をまたいで休憩らしいけど、ウチらはどうします?」
「次の話の長さは……これなら、こっちはトイレ休憩で次行ってみよう」
 それを聞いて、パン太が「おしっこ、おしっこ」と慌ててリビングを出て行く。その後を「あたしも、あたしも」とキン子が追いかけ、その後に人類たちがぞろぞろと続いた。
小便しょんべんか……人類って、面倒くせぇな」
 ふんぞり返るようにソファの背もたれにメインアームをのっけたカットちゃんがニヒルに呟いた。

 〈続く〉


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